【ざまぁ回】第30話 勇者、徹底的な敗北を味わう
「まさかこの私が、魔法の打ち合いで後れを取るとはな……」
勇者ハロンが立ち上がる。
相手に撃ち込まれた攻撃魔法は、魔力でガードすることができる。
勇者ハロンには、そこまで大きなダメージはないだろう。
「こうなれば、近接戦闘に持ち込むしかないな」
「そうはさせない!」
僕は土属性魔法を発動し、勇者ハロンの足元の地面から大型インスタントゴーレムを5体作り出す。
魔力をかなり多めに投入した、戦闘特化のゴーレムだ。
インスタントゴーレムが勇者ハロンに掴みかかる。
「ぐっ……!」
勇者ハロンが剣でゴーレム達の腕をさばく。
だが、いくら勇者と言えど5体のゴーレムを一度に相手にできない。
わずかだが、ゴーレム達が押している。
「甘いぞナット! この程度で私に勝てると思ったか!」
その瞬間、勇者ハロンが握る聖剣バーレスクが深紅に輝いた。
矢のような速度で、勇者ハロンがゴーレム達のわずかな隙間から飛び出してくる。
そのまま勇者ハロンは、異常な速度でアルカに迫る。そして、剣を振り下ろす。
”ギイイイイイィン!”
勇者ハロンの一撃を受け止めたアルカの剣が、真ん中で折れた。
「大丈夫ですマスター、まだ戦えます!」
アルカと勇者ハロンが剣で打ち合う。
勇者ハロンには、最初の一撃のような異常な勢いはない。アルカは、折れた剣でもパワーとスピードにまかせて勇者ハロンの攻撃をさばき切っている。
「見せてやろう、ナット。これがお前に見せたことのない、私の切り札だ」
再び勇者ハロンの聖剣バーレスクが深紅に輝く。
「アルカ、危ない!」
僕はとっさにインスタントゴーレムを作りだす。そしてインスタントゴーレムに命令して、アルカを突き飛ばさせる。
「必殺、【サウザンドスラスト】!」
”ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!”
何が起こったのか、僕の動体視力では捉えることができなかった。
一瞬のうちに深紅の光が何度も勇者ハロンの手元から放たれたようにしか見えなかった。
アルカをかばって攻撃を受けたゴーレムは、バラバラに切り刻まれていた。
もしアルカに直撃していれば、戦闘不能にはならずとも大ダメージを受けていただろう。
「我が聖剣バーレスクは、魔力を推進力に変換する特殊能力を持っている。そして【サウザンドスラスト】は、剣の推進力を利用して超高速で10連撃を叩き込む技だ」
そうか、最初にゴーレムの包囲を抜け出してアルカに切りかかった時の異常なスピードは、聖剣の力だったのか。
聖剣に魔力を流し、剣の推進力を利用して自分ごと高速で移動する。
単純ながら、なんて恐ろしい能力だ……。
だが、問題はない。
「間近で見て、【サウザンドスラスト】の軌道を学習しました。その技は、もう私には当たりません」
「ほう? 面白い、では防いでみろ!」
聖剣バーレスクが再び深紅の光を纏う。
「【サウザンドスラスト】!」
勇者ハロンが目視不可能の10連撃を放つ。
迎え撃つのは、アルカの折れた剣。
”キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキン!!”
甲高い金属音が闘技場中に響く。
――アルカには、傷一つ無かった。
「……馬鹿な。折れた剣で、私の斬撃を全て防御しただと……!?」
勇者ハロンは、呆然としていた。
「ま、まぐれに決まっている! 私の【サウザンドスラスト】が、破れるはずがない!」
勇者ハロンがもう一度、サウザンドスラストの発動体勢に入る。
「「【サウザンドスラスト】!!」」
”キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキン!!”
勇者ハロンと同時に、アルカも【サウザンドスラスト】を放つ。
衝撃で、勇者ハロンとアルカが一歩ずつ後ずさる。
「嘘だろう? 聖剣バーレスクの能力なしで、それどころか、折れた剣でサウザンドスラストを再現するなど」
勇者ハロンの手は震えていた。
「そんなことが、あってたまるか!」
勇者ハロンが叫び、アルカに突撃してくる。
「「【サウザンドスラスト】!」」
またも、互角。
「「【サウザンドスラスト】!」」
何度も【サウザンドスラスト】同士が激突する。
そしてぶつかり合いを繰り返す度に、徐々に勇者ハロンが押されていく。
勇者ハロンは戦いが長引けば疲労するが、アルカに疲労はない。長引けばこちらが有利だ。
「こんなことが……!」
勇者ハロンが歯ぎしりする。
「こんなことがあっていいわけない! 私は、勇者にして、誇り高きモルナック家の長女だぞ!!」
激怒して剣を構える勇者ハロンに、アルカが
「私に構うのもよいですが、何か忘れていませんか?」
と声をかけて、勇者ハロンの後ろを指さす。
――そこには、僕が最初に作ったインスタントゴーレム達があつまっていた。
「あっ」
一瞬フリーズする勇者ハロン。ゴーレムが、加減したチョップを勇者ハロンの頭に見舞う。
「ぐえっ」
勇者ハロンがよろめく。その一瞬の隙を、アルカが見逃すはずがない。
「――勝負あり、ですね」
ピタリ、と。アルカが折れた剣の刃の部分を、勇者ハロンの首に突きつける。
『決まりましたー! 勝ったのは、ナット&アルカ!!』
「「「ワアアアアアアアアァ!!」」」
「やったなアルカ!」
「はい! ついに私達、勇者に勝ちましたよ!」
僕とアルカはハイタッチをきめる。
「――まだだ、まだ私は負けていない!」
勇者ハロンが再び剣を構えて、アルカに背後から襲い掛かる。
「サウザンドスラ――」
「勇者ハロンさん。あなたの行動パターンも、もう学習済です」
”キキキキキキキキキキン!!”
アルカは振り向かないまま、右腕を背中側に回して、折れた剣で全ての攻撃を弾いた。
衝撃で、聖剣バーレスクが勇者ハロンの手を離れ、宙に舞う。
そして聖剣バーレスクは、アルカの手に柄がすっぽりと収まるように落ちてきた。
アルカがそのまま聖剣バーレスクを自分の腰の鞘に納める。
『今度こそ決着ー! 圧倒的! 圧倒的です! 序盤の素人のような剣さばきが嘘のような見事な剣術! 流石ナットさんの作ったゴーレム、ハイスペック過ぎますね♪』
闘技場が拍手で溢れる。
『ところでここに、この決闘でもし勇者ハロンさんが負けた場合に読むようにと言われた、冒険者ギルド長からの手紙がありまーす!』
リエルさんが、一通の赤い手紙を懐から出した。
すると、ぼうぜんとしていた勇者ハロンが凛々しい表情に戻る。
「フフ、分かっているぞ手紙の内容は。ずばり、勇者の序列アップだろう?
私は今最下位の13番勇者だが、12番勇者と交代というわけだな?
そろそろ勇者としての私の活躍がもっと評価される頃だと思っていたさ」
一体、どこからその自信が湧いてくるのだろう。
『それでは、読み上げますね♪』
リエルさんの口元には、とても楽しそうな笑みが浮かんでいた。
勇者ハロンは、リエルさんが手紙を読むのをワクワクした表情で待っている。
『それでは読みますよ。
”第13勇者ハロン=モルナック。
ナット=ソイルレットとの決闘で破れ、聖剣を失った貴殿は勇者としてふさわしくないと冒険者ギルドは判断する。
よって、貴殿の【勇者の資格を剥奪】する。――冒険者ギルド長”。……だそうです♪』
「……え?」
勇者ハロンは、何を言われたのかわからない、という顔をする。
『剥奪ですよ、剥奪。勇者の資格を剥奪。只今をもって、ハロンさんは勇者ではありません。【元勇者】なら名乗っていいですよ♪』
「そ、そんな……嘘だろう!?」
『本当です。ダンジョン探索は赤字続き、貸し出しているゴーレムを壊す、街のゴミ捨て場を荒らす、などの問題が多数報告されています。さっきの背後からの攻撃も、報告すれば問題でしょうね。
さらに、聖剣を無くして戦闘力が落ちたとなれば、勇者の資格が疑われるのも当然というものです♪』
「ぐぅっ……!!」
言い返せない勇者、ではなく元勇者ハロンは拳を握る。
『さて、勇者の枠が1つ空いてしまったわけですが』
勇者の最大の役目。それは、13あるS級ダンジョンの番人だ。
S級ダンジョンは定期的にモンスターを討伐しないと数が増え、街にあふれ出てくる。
なので、勇者の枠を開けておくわけにはいかない。
『1週間後、新たな勇者の選抜試験を行います! 対象は、推薦されたプラチナ級冒険者!」
新しい勇者誕生か……。
どんな人が勇者になるんだろうか。楽しみだ。
シルバー級冒険者の僕には、関係のない話だけど。
『何を残念そうな顔をしているんですか、ナットさん。はいこれ、ナットさんの分の推薦状です』
「……え?」
『私が推薦しておきました♪ 私が知る限り、今一番勇者にふさわしい冒険者はナットさんですから』
「でも僕は、まだシルバー級で……」
ははは、とリエルさんは笑う。
『なれば良いじゃないですか。1週間でプラチナ級冒険者に。今のナットさんなら、難しくないはずですよ』
リエルさんはまじめな顔をしている。とても冗談を言っている風には思えない。
『どうしますナットさん? やめときます?』
「やります! 1週間でプラチナ級冒険者になって、勇者選抜試験に参加します!」
リエルさんは満足そうに頷いた。
「勇者ハロンを倒したお前ならやれる!」
「頑張ってくださいっス、ナットさん!」
「応援しているぜェ!」
闘技場に集まった人たちも応援してくれている。
「頑張りましょう、マスター! マスターの力があればきっとできるはずです!」
こうして僕は、諦めていた、少年時代夢見ていた【勇者】の称号を得るための挑戦を始めるのだった。