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競馬

作者: くらっち

午後3時

会場に入ると地面が揺れるような大歓声

見渡すとほぼ埋まっている観客席

燦々と照らす太陽の元にホームストレートで

ものすごい速度で走る競走馬

歓喜で溢れる歓声と同じかそれ以上に溜息混じりの

残念な声も聞こえて来る


僕は今日初めて先輩たちと競馬場に来た

一昨日の金曜日の仕事を終えて職場の面子で

飲んでいると先輩たちが競馬の話になり

僕も一度行ってみたいと言うとじゃあ日曜に

府中競馬場でG1があるから一緒に行くかと言われて

お酒のせいもあり快く承諾した

土曜日は昼過ぎに起きて飲み過ぎて痛い頭を

抑えながら何か予習せねばとディープインパクト

の動画を30分ぐらい観た


休日にやっている中央競馬はだいたい午前10時から

1Rが出走して午後4時の12Rでその日のレースが

終わる

メインレースが11Rなのに12Rまであるのは

メインレースで負けた客が熱くなった回らない頭で

12Rで取り返そうと金をぶち込ませるためだとか

やはりギャンブルは残酷だと思った


先輩たちはというと1レースからやるのではなく

いつも10R見て馬場を確認してメインレースの

パドックという馬が歩いているところで馬の

状態を見極めてメインレースを買っているらしい


ちょうど着いた時に10Rが終わったので早速

新聞紙を持参してパドックへと向かった

僕がゼッケン番号と名前を照らし合わせていると

先輩たちがあの馬が落ち着いているだの

まだ絞りきれていないなど歩く馬たちを

評価していた

僕も先輩たちの会話を聞きながら馬を見てみると

他の馬と何が違うか全く分からなかった


いざ馬券を購入するとなると先輩たちは

どうやら軸となる馬を1頭決めてそこから

馬連、3連複と流しているらしい

馬券購入に使うマークシートは黒く埋まっていた

対する僕のはというと難しく買っても

分からないと踏んで単純に1着を予想する単勝と

言われる買い方にして2番人気のアーモンドアイと

いう可愛らしい馬に1万円かけた


書き終わったら受付のおばちゃんに持っていき

馬券に交換してもらう

1万円と引き換えに渡された馬券は薄っぺら

だったが1万円と交換したと考えると急に重くなった


先輩たちとビールを買って乾杯してレースを

待っているとメインレースだけあってさっきより

人が増えているようだ

驚いたのはもっとおっさんばかりかと思ったが

若い女の子やカップル同士で来ている人も結構いた


そうこうしているとファンファーレとともにレースが

始まった

アーモンドアイはちょうど馬群の真ん中にいた

4コーナを曲がりホームストレートに入り縦長だった

馬群が横に広がるとわぁーと周りから今日1番の

大歓声があがった

両隣の先輩たちもいけーとかさせーとか叫んでるので

僕も必死にアーモンドアイを応援した


そんな必死な応援とは裏腹にアーモンドアイは

するするっと先頭に抜け出して余裕そうにゴールした

実況が僕の買った馬の名前を連呼している

このとき僕は例えようのない快感に全身が

包まれたようだった


先輩たちは自分たちの馬券を見直して

ガチガチだなートリガミっぽいなと文句を言いながら

僕の的中を褒めてくれた


早速馬券を持って返還機にそれを入れるとニュッと

万札が4枚出てきてそらを掴んだ

僕はカップラーメンを作る半分の時間で3万円を

稼いだと考えるとなんだかすごいことをしたような

感じがした


全員の換金が終わると先輩がなにはともあれみんな

的中ということで飲み行くからと言ってそのまま

競馬場を後にした

そこから今日のレースのことや過去の印象に残ってる

レースのことなど先輩たちは大袈裟に楽しそうに

話しはじめた

いつもなら何がそんなに楽しいのかと思うかもしれないが今日初めて競馬をしてみて先輩たちの話が分かるような気がする

なにより競馬で当てたお金で飲むお酒はこれ以上なく美味しく感じた


飲み放題の終わりの時間が来てだいぶ盛り上がっていた僕たちはその熱を持ったまま店を出た

5時前から飲んでいたので外はまだそこまで暗くなかったので先輩たちはこれからソープに行くけどお前も

行くかと聞かれた

いつもなら断っていたが今日は臨時収入があるので

財布が少し厚くなった僕はお供することにした


翌日出勤すると先輩たちに昨日はどうもとあいさつ

すると良かったかと言われて最高でしたと答えて

先輩たちを笑わせた

実際昨日はここ最近で1番充実した休日だったと

思うまた今度お供させて下さいと言うと先輩が

いいぞとうなづきそれから今の時代ネットでも

買えるからテレビ見ながら買えるぞと言われた


なるほどそれはお手軽でいいと思い昼休み

教えてもらったサイトを登録しようとしたら

て今日されないらしくそれを先輩に言ったら

金曜にお金くれたら週末に買ってあげると言われ

お願いすることにした


早速その週末に1万円渡して土曜日に観戦した

残念ながら負けてしまい日曜のメインレースを

かけられなくなってその次の週からは2万円を

渡すようになった


当たると月曜日に出勤すると先輩が昼休みに

お金を渡してくれてその時のレースについて

話すのが楽しみになっていた


それから1年もするころには競馬のことが

段々解るようになってきて買い方も3連複、3連単と

複雑になってきた

そうすることで買手が増えて購入金額も上がったが

当たると返還金も多いので得をした錯覚に

陥ってしまった


その頃には彼女もいて充実した生活を送っていたが

デート流してにもふとした時に競馬のページを

開いている自分が居たが彼女からはそれを咎める

ことは一切しなかった


ギャンブルとは波があり全然あたらないときもあった

先輩はそういうときは一回かけるのを辞めてみたり

100円とか賭け金を減らすといいとアドバイスしてくれたが当たって大金が返還される感覚を知ってしまった僕はその申し出を拒否した


当たらなくらなると生活に余裕が無くなる

やけ酒は増えて彼女と遊ぶ回数も減った

そして負けが続くと純粋に競馬を楽しむのではなく

取り返そうという1番悪い考えに及んでしまい

先輩に渡す金は月々増えていった


先輩は辞めた方がいいと強く注意してくれたが

僕は自分の金なんで好きにさせて下さいと

突っぱねた

もしかしたらじゃあもうお前からは競馬のお金を

貰わないと言われるかと思ったが意外にも

先輩は分かったと渋々了承してくれた

その時から先輩とは金を渡し貰うだけの関係になり

競馬の楽しい話はすることも無くなった


貯金を削って競馬をし続けたがその不安をかき消す

ように酒を飲んだ

そうすると気分が高揚していつか逆転勝ちできる

という根拠のない自信に溺れていった


月日はさらに経ち冬に入った

彼女と毎年冬には少しいい旅館に泊まろうという

決め事を作っていた

今年も例外なく年末のお互い休みの日に行こうと

いう話になった

だがそらよりも気になっているのは年末1番の大勝負

有馬記念が控えている

この有馬記念とはファン投票に選ばれた馬が

優先的に出走できるレース


僕は前々から初めて買った馬券を当ててくれた

アーモンドアイに投票している

あのときからアーモンドアイは成長して今では

日本トップクラスの競走馬になっておりファン投票も

堂々の1位だ


先輩には冬のボーナスを合わせて50万程の大金を

渡している

これを超鉄板のアーモンドアイの単勝に賭けて

資金を増やして彼女と高級な旅館に行く

そうすれば最近デートの回数も減って

彼女ともあまりいい関係を築けてなかったが

それを回復するきっかけとなる


有馬記念当日

不安と期待に膨らんだ胸をできるだけ落ち着かせて

テレビを付けた

テレビに出てる予想家も新聞の関係者もこぞって

アーモンドアイに◎をつけていた

オッズもどんどん下り最終的には2倍を切っていた


いよいよファンファーレとともに各馬が出走し

アーモンドアイも高位に追走していた

有馬記念はコースを2周するので1周目の

ホームストレートに入るとテレビからでも分かる

大歓声に包まれる

そして第4コーナを曲がり最後のホームストレート

に入った


肝心のアーモンドアイはいつくるいつくると注目

していたが一向に伸びてこない

実況もアーモンドアイの心配を口にするが

やがてジョッキーは諦めたように追うのを辞めた

この日アーモンドアイは生涯初めて掲示板から消えた




一瞬にして50万円を無くすとどうなるか

胸にぽっかり穴が空いたような感覚と激しい自己嫌悪感に襲われた

当然僕は彼女と温泉に行くお金なんてなかった

それどこらかコツコツ貯めてた貯金も底をついた

仕事で当日会えなくなったとラインを入れると

彼女からもそっけなくそう、お仕事頑張ってと

連絡が来た

彼女との関係もここまでなのかもしれない

その年の年末年始

僕は久しぶりに休暇の大半を実家で過ごした

社会人になってからの休暇のなかで1番長く虚しく

感じたものになった



年明け最初の仕事始め

珍しく先輩に仕事終わり家にこいと言われた

一緒に飲みに行くことは多くあったが家に誘われた

のは初めてだった

僕は少し不審なら思ったが今まで競馬を買ってもらっていた後めたさもあり無言で頷いた


仕事が終わると先輩と合流して電車で先輩の家に

向かった

その間これといって2人は話すこともなくただただ

重い空気だけが流れていた


初めて目にした先輩の家は立派なマイホーム

今日は妻と子供はいないから遠慮するなと

いい家に入るので僕もそれについて行く

そして先輩の部屋と思われる場所に着くと

奥の片隅にあるタンスをあけ僕は目を疑った

そこには1万円札がびっしりと入っていたのだ

そしてさらに先輩は衝撃の言葉を発する


「ここに200万ほどあるがこれは全部お前の金だ」


突然のことで頭が回らなかった

この大金が全部僕の?

混乱する僕に先輩は淡々と説明を始める


最初の方はお前に言われた通りの馬券を買っていた

それが急に金額が上がったときからこれは

当たらないと思ったな頭に血が上ってるときに

ギャンブラーがやる悪循環に陥る買い方だ

おれも過去にこれで貯金をすっからかんにしたことが

ある

だがおれは当時の彼女に本当の事を話して

彼女の説得のもと一時期競馬を辞めることができた

それが今の奥さんだ


「だから今度はおれがお前を助ける番だと思った

金額があがってからお前の言われた馬券を実は買っていないんだよ

だからこのお金は全部お前がかけるはずだったお金だ

たまにお前が勝つとかだけここから抜いて渡したけど

それでもこんだけ溜まったんだぞ」と先輩は笑った


話を聞いて納得した

なんで先輩は僕の馬券を買ってくれたフリをしてくれたのか

それは先輩が買わなかったら僕はどんな手段でも馬券を買うことを辞めずに破産していただろう

容易に想像できる事だ


「だからお前は実際に買ってない馬券で一喜一憂をらしていたんだよ。つまり賭け金なんたら100円でも10万でも、なんならお金をかけてなくても競馬は楽しめるんだよ。お前自身がそれを証明しているだろ?」


「じゃあもし僕が勝ちまくってたらどうしたんですか?」僕は唯一抱いていた疑問を口にした


「競馬歴2.3年のやつが回収率プラスになることなんてまずねーよ。始めたばかりは運良く3回に1回でも単勝勝てたらプラスになることはよくある。だがな、1年や2年競馬をやってると謎のプロ意識が芽生えてしまう。収支もプラスで終えたいから熱くなった頭で大金を賭けたり、大穴を狙って外す。まさにお前のことだよ。

だけどなアーモンドアイの単勝を外したのはおれも驚いた。どんだけ競馬の神様から嫌われてるんだって。

まあでもそのおかげでおれは複勝たんまり勝って年末は豪華にカニを食べられたってわけだ」

そういうと先輩は苦笑いしながらカニをしゃぶってる

動作を見せてきた


「まあなんだ、この金でもういっかい全うな生きてみろよ、どーせ彼女とも上手く行ってないんだろ?今日呼んだのはこの金を持っててもらうためだったんだ。忙しいのに悪かったな」

それを聞いた僕は頭を90度に曲げて泣きながら

何度も先輩にお礼を言った


先輩の家を出た僕はすぐに行動に出た

ネット予約で近場の草津温泉の高級旅館を今週末に予約した

そして彼女に一方的に今週末草津温泉を予約したから時間があるようだったら会って話したいことがあると連絡した

次の日の仕事終わりにはティファニーに行き

小さいけどダイヤの付いた指輪を買った


もしかしたら全て無駄になるかもしれないが

もともと無かったような金だ好きに使おうと

心の中で決心をしていた

ふと皮肉にもこんな高い買い物したのは馬券以来だなと1人で笑ってしまった

その時ラインの通知音がしてスマホを見てみると

分かりました空いてますと業務的な返信が来ていた


週末彼女を車で向いに行きそのまま草津へ向かった

相変わらずお互いほとんど何も話さない重い空気

旅館へ着いてからはお互い浴場へ向かいそこから

部屋に戻ると彼女はまだいなくて料理の準備が

されていた


そこから10分後ぐらいにきてお互いなんか飲むと言う

感じになり2人でビールを頼み乾杯した

ビールをぐいっと飲むとタバコ吸っていいと

メビウスに火をつけて煙を吐く

ああその女子なのに勢いよくビールを飲む姿と

タバコを吸っている横顔に惚れたんだっけと

懐かしい感情が込み上げてくる


僕はあのさと申し訳なさそうに話しかけて

そこから競馬のこと先輩のこと嘘偽りなく全て話した

君のことが嫌いになったわけではない

君に対する愛はずっと変わってないと

ポッケからティファニーの指輪の入った青い箱を

取り出した

今はまだ余裕がないけど将来結婚して欲しいと告げた




そうして顔を上げると彼女は涙を流しながら

ずっと待っていますと笑ってくれた

離れていた心が再び寄り添う合うことができた

瞬間だった

先輩の転属の話を聞いたのはその翌月のことだった







10年後

僕がテレビをつけて新聞紙を広げていると

息子がパパまた競馬やってるのーって近づいてきた

「競馬ってすごいお金が手に入るってきいたよ」と

小学生なのになんでどこでそんなこと聞いたんだと

呆れながら答える

「パパはね100円しか賭けてないから当たっても儲からないんだよ。その代わりパパの給与は駿のためいっぱい使うからね」と頭をくしゃくしゃに撫でてあげる

それを聞いてママはくすくすと笑い駿はじゃあ今度

ディズニー行きたいとはしゃぎ出す


テレビに目を移すと今日のメインレースがもう

始まりそうだ実況が帰る高らかに解説する

「さあ、本日のメインレース桜花賞。このレースに快勝して後の三冠牝馬になったあのアーモンドアイの娘も本日1番人気として出走します。今日もどのようなドラマが待っているのか注目の一戦です」

そしてファンファーレが鳴り響いた
















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