第2話 『マジで部屋のドアの前に美少女が!?』
昨日の、美空との衝撃的な出逢いから一晩たった日曜日の朝。ふと目が覚め、寝ぼけている頭で夕べのLINEのやり取りを思い出す…。
***
【今日は俺なんかに付き合ってくれて、ありがとう】
ありきたりすぎる文書だが、
『大ちゃん、ちゃんと連絡してくる事! デートもちゃんと決めとく事! 分かった?』
あれだけハッキリ言われたのだから、デートの件は置いといても、連絡だけはしなければいけないと、半ば強迫観念に囚われた形でLINEした。
ピロローン♪♪♪
1分もしないで返信が来た…。
猫の絵柄の[よくできまちゅたね]スタンプ。
返信の速さからして、待っていた形跡が感じれる。
(俺は幼稚園児かっ!)
と、心の中でツッコミをするも気にしないことにした。
【うん、私も楽しかったからありがとう!】
【ところで、大ちゃんは明日お休み? 出掛けるの?】
【休みだけど、家で1日仕事してるかな…】
【じゃあ、私は外に遊びに行ってもいい?】
【おうっ、若者は好きな何処に好きなだけ遊びに行け!】
【了解、許可もらいました! 好きなとこに行ってきます♪】
【ではでは、お休みなさい】
【はいはい、お休み】
出逢ってすぐだけど美空にしては淡白すぎるやり取り、何かが引っかかる…。
でも、まだ寝たりないので、もう一眠りしてから考えようと思った瞬間。
ピンポーン♪♪ ピンポーン 、ピポ、ピポ、ピンポーン♪!
リズム良くチャイムが鳴らされた。
そのままにしておこうと思ったが、しつこかったのでしぶしぶ重い身体をベットから起きあがらせ、急いで玄関のドアを開いた。
(.....俺は何も見てない。俺は寝ぼけてるんだ。そうだ、もう一度寝よう)
『もう!大ちゃん、何で閉めるの!』
ドンドンと扉を叩く音が聞こえる気がしなくもないか、きっと気のせいだ。
『大ちゃーん!.....そっちがそうするなら私も手段を選ばないからね』
つぅーと、嫌な汗が背中を流れた。
俺は急いでドアを開けようとした。が、一足遅かった.....。
『ひどい!昨日はあんなに迫って来たじゃない!私は昨日だけの女なの!?』
「うわぁぁ!ごめん、俺が悪かった!だけど、だけど.....誤解を招くような事を言う必要があったのかぁ~!?」
終わった… 何かが終わった.....。
全てを諦めてドアを開けると、
『おはよー♪ もう10時だよ、大ちゃん!』
すこぶる爽やかな微笑みで、ショルダーバックを肩にかけ、胸のポケットの周りに軽くフリルの付いた白のブラウスに、デニム生地のスキニーパンツ、手にはスーパーの買い物袋を持つ、美空がいた。
「言いたい事はたくさんあるが、何故ここにお前がいる?」
『大ちゃんはさぁ、重い荷物を持ったさぁ、か弱い乙女をさぁ、いつまで玄関に立たせとく気なのかなぁ?』
俺の望んでいない返答が返ってくる...。
(この小悪魔、人の話しまったく聞いちゃいねぇ!)
これ以上、玄関先で騒ぐのは得策ではないと理解し、家に招く。
「はあぁ~、ようこそ汚い我が家へ...」
『はい、お邪魔します!』
勝ち誇った顔で美空は靴を脱ぎ、先ずは部屋の中を確認してからキッチンに行き、冷蔵庫に買ってきた物をしまいこむ。
『ハハハハ! うんっ、部屋も冷蔵庫の中も予想通りだね!』
「おいおい、この生活感ある部屋! 冷蔵庫には豆腐に枝豆、更にはキムチとビールっ! あとはサラダチキンね」
「分からないかぁ~、この男の浪漫がいっぱいの部屋が!!!」
『あのね...大ちゃん...それは浪漫ではなく、なんと言うかしってる?』
「ななっなんて言うんだよ、それは......」
『...汚い部屋とお酒とツマミだけの冷蔵庫てっ言うんだよ』
「うっわぁぁっー!! 言っちゃたよ、言い切っちゃったよ、この子ぉぉぉー!!!」
なぜこんな事に、なぜここまで言われているのかと愕然とし、膝から床に崩れ落ちた。
四つん這いで落ち込んでいると、ふと疑問がよぎる...。
「あっ、思い出した!! 部屋も冷蔵庫の中もどうでもいいんだよ、いや本当はどうでも良くはないけど、今はどうでもいい!」
美空の肩に手を乗せて正面から顔を見つめ、真剣に問いただす。
「なぜ、ここにお前がいる? なぜ、俺の家を知ってるんだよ?
ちゃんと説明しろ!」
ショルダーバックからスマホを取り出しながら操作をして、画面を俺に見せつける。
「あれっ? これって俺の免許証じゃん!?」
『便利だよね、ナビアプリって! 住所を打ち込むだけで案内してくれるよ! しかも音声付きでね♪』
「ちょっちょっと待って!? いつ? いつ撮ったぁぁっ?」
恒例のパニックを起こしている俺を無視して、黒猫の顔の形をしたエプロンを着て、カーテンと窓を開けながら、
『大ちゃんそこにいると邪魔! それと早く着替えて脱いだ物は洗濯機に入れてね! あと、掃除機どこにあるの?』
「あっ、そこのクローゼットの中に置いてあります」
脱衣場に行き、寝間着から普段着に着替えて、脱いだ物を洗濯機入れる。
部屋を片付けなから洗濯機を回し、尚且つ布団も干し、本当にここは誰の家かと勘違いしそうなくらいの勢いで、家事をこなす。
美空が嫁なら最高と思うぐらいの手際の良さに、しばらく傍観者を決め込んでいたが、ハッと気付いた俺は洗濯物を干し終えた美空に声を掛けた。
「美空、先ずは座れ!」
部屋の中央にあるローテーブルを指差し俺が座り、続いて美空がちょこんと相向かいに座る。
「免許証の説明と、なぜ許可も無しに勝手に家に来たのかを説明しろ!」
真剣な表情と若干きつめな言い方で美空に質問をすると、少し驚いていたが淡々と説明を始めだす。
『免許証は昨日大ちゃんから財布を預かった時に、中に入っているの見つけ、証明写真を見たら思わず写メを撮ってました。』
『...本当に、ごめんなさい....』
両手を膝の上に乗せ、顔を俯かせてる美空が少し可哀想に思い、
「むやみに財布を渡した俺にも責任はあると思うから写メの件はは許すよ! でもっ、いきなり家に来るのは良くないと思うぞ!」
俯いたまま、美空が話し出す。
『でもLINEで、【遊びに行ってもいい?】て入れたら、好きなとこに遊び行っていいよって言ったよね!??』
「んっ...? あぁぁぁぁっ!! あのやり取り、家に遊びにって意味だったのかぁぁぁっ...!?」
俺が昨日のLINEのやり取りを思い出して、ミスった素振りをしていると、すかさず頭をあげ美空の勝利の笑顔。
『思い出したかな? 私なりに許可はもらったよね!』
すっと立ち上がり、
『さてと、そろそろお昼ご飯の用意しなくちゃね♪』
美空は放心状態で呆けっている俺の横を通り、台所で颯爽と料理を作り始めた。
『何が好きか分からなかったから、とりあえずカレーでいいよね?』
ここでようやく我に帰る。
美空が全部悪いわけでもなく、自分の発言が招いた事態だし、何よりここまで家事をしてくれるのだから、今日は美空の好きにさせようと、自分に言い聞かせ、
「任せる、 とにかく今日はびっくりしたけど家事はありがとうな! でもさあぁ、本当に料理できるのかぁ~?」
お礼を素直に言うのも照れくさく、誤魔化すような感じで余分な一言を付け足していた。
『両親共働きだし、弟がいるから家事は普通にしてるよ!』
「へー、見かけによらずちゃんと家の手伝いしてるんだなぁ~」
『大ちゃん、もしかして私の事リスってる?』
キッと軽く睨みながら、包丁を俺の方に付きだす美空。
「あっ危ないから、真面目に感心してるだけだよ!! いやぁ~家事出来る子はいいよなぁー、それにそのエプロンも可愛くて凄く似合ってるよっ!!」
とっさに取り繕うように誉めると、美空は少し照れ笑いしながら、
『ありがとう!! それにこのエプロンは弟君が誕生日プレゼントに買ってくれた私のお気に入りなんだ♪』
本当に嬉しそうな屈託のない笑顔は、家族を大切にしてるのが、俺にも伝わって来るくらい眩しかった。
カレーと付け合わせのサラダとスープも出来上がり、テーブルに料理を並べ、相向かいに座り、
『はいっ出来ました! 冷めないうちに食べよ大ちゃん♪』
「おぅっ、いただきまぁ~す!」
『はい、召し上がれ♪』
「パクっ、うっ...うまいっ! パクパクっ、マジで!!!」
『フフフっ見直した!? でもカレーだし、不味く作る方が難しいからね♪』
そう言いつつも、嬉しそうに微笑んでいる美空を見ていると、さらに美味く感じて、喋る事も忘れ無我夢中で食べていた。
「ご馳走様でした! いやぁー、マジ美味かったよっ!!」
『お粗末様でした! そう言ってもらうだけでも、作ったかいがありました♪』
美空は喋り終わると立ち上がり、食器の後片付けを始めた。
「あっ、片付けぐらいは俺がやるよっ!」
『ううん、私がやるから大ちゃんは仕事してね!』
『それと...昨日のデート...じゃっなくて、夕飯のお礼だから! それに最後の片付けまでが手料理だしね♪』
「おっおう...じゃあ、お言葉に甘えて...」
なんとなく照れくさかったが、ノートパソコンをテーブルに出して仕事の準備を整えていると、片付けを終えた美空がコーヒーを2つテーブルの端に置き、相向かいに座り込む。
「サンキュー!」
『はい、どういたしまして♪』
カタカタとキーボードを打ち込み始めると、美空は両頬に両手を付け、両肘をテーブルに乗せ俺の仕事姿を見つめている。
「・・・見てても面白くないだろ!? テレビでも観てろよっ」
『ううん、大ちゃんの真剣な顔を見てるだけでも、楽しいと言うか、嬉しいィ~♪』
「ハイハイっ、好きにしてくれ...」
素っ気ない返事しか出来ないくらいに、美空の天然系の言葉も素振りも可愛いと感じてしまう...。
年下過ぎる女の子とこんなに長く接した事が無いので、これは恋愛感情なのか、それとも肉親的感情なのか自分でも理解に苦しむ。
カタカタ、カタカタ...
さりげなく液晶画面から、彼女に視線を移す。
『んっ...? どうしたの...?』
優しい表情で俺を見つめ返す。
「いや、別に...」
液晶画面に視線を戻す...。
そんなやり取りを何回か繰り返していると、
パタッ・・・
美空は両腕を枕にするような感じで、テーブルふさぎ込む。
すぅー すぅー すぅー.....。
早起きをし、出かける準備に四苦八苦して電車で移動、その後のスーパーでの買い物に俺の家での家事仕事...。
(電池切れかぁ~ あんだけ頑張れば当然だよな...くすっ)
そう思いながら、静かに立ち上がりベッドの上の毛布を肩からそっと掛けて、寝顔を見つめる。
まだあどけなさが残る横顔に本当に小さな声で、
「お疲れ... ありがとう!」
仕事を再開して、2時間くらい過ぎた頃、
トゥルルルルルッ♪♪♪♪♪
俺のスマホが鳴り響き、画面には例の上司の名前が表示されていた。
彼女が目を覚まさないように、急いで電話に出る。
「はひぃー、森川でっすぅ!」
思わず声は裏返り、ボリュームも抑えられないまま対応してしまう...。
《大地君、風邪大丈夫? 明日は仕事来れそう?》
(うんっ風邪...? あっあぁー、そういえば昨日言い訳に使ったっけ! でもその後、体調管理がどうのこうのと怒っていたけどなっ!!)
思い返しながらも、返事を言い掛けた瞬間、
『ふっあぁぁぁ~、大ちゃん、今電話なったぁ~?』
ヤバいと思ったが時すでに遅し、美空が起きた。
《えっ、今の声は何!? そこに誰かいるの?》
「ゴホッ、ケホッ、あぁー、まだ喉の調子が... ケホッ、ケホッ、明日の仕事の為にテレビ消してもう寝なくちゃあー、ケホッ、お休みなさぁい、ケッホ、ゴホッ!」
《ちょっちょっと待ちなさい、大地く・・・・・》
プツッ、プープープー... すかさず、電源OFF。
今ので上手く誤魔化せたかは分からないかが、一先ず一段落。
そのやり取りを、少し寝ぼけながらの美空は不思議そうにこちらを見ている。
冷めたコーヒーを一口飲み、大きく息を吸ってどうにか目が覚ました美空が、
『ねえぇ、今の会社の人? 大丈夫、あんな対応で?』
「大丈夫じゃねぇ、多分!? 例の怖い上司だけどな...」
『えぇー、本当に大丈夫っ!?』
「そこそこ付き合いも長いから何とかなるっしょっ! 美空が気にする事じゃないよ、俺の問題だからな!」
大学の同期生で入社も一緒、取り敢えず諸々の事情はあえて美空には説明を省いていると、
『ご免なさい、二日間も私のせいで.....』
素直に謝り少し落ち込んでいる美空に対して俺は、
「そうだな、美空が悪い!」
俺の意地悪な言い方の言葉を聞いて更に落ち込み、少し涙目にな
っている美空に、
「悪いと思うなら来週デートしようぜっ!」
一瞬目見開き驚き戸惑いながら、すぐに笑顔を浮かべ、
『えっ、本当に本当っ!?』
泣いたカラス何とやら.....。
やっと年下らしい表情と反応した彼女に、
「今日のお礼も兼ねて俺に付き合えよっ! 何処に行くかは来週までに俺が決めとくよ」
『うんっ、楽しみにしてるね♪ 電話くれた上司の人のお陰かな! お礼言わないとかな? 何てねっ、てへ♪』
「そうかもな、ハハハっ!」
(言えるかっ、この小悪魔っ!)
泣き止んで元気になった美空は何気に携帯の時間を確認する。
『もう16時かぁ~、大ちゃん私そろそろ帰るね』
立ち上がり帰り支度を始める美空に、
「さては昨日帰りが遅いって怒られたかぁ?」
『子供じゃないんだから、そんな事ありませんよぉ~だっ!』
「はいはいッ! でも一人で大丈夫か? この辺初めて来たんだろう?」
『ナビアプリあるから大丈夫かな!?』
「それでも、一応駅までは送るよ!」
『ありがとう! でも仕事しなくても大丈夫?』
「若い奴が細かい事気にするなよ、 帰って来てからバリバリやるからさっ!」
『大ちゃんその言い方、凄ーくおじさん的だよ!』
「おじさん言うなっ! でも今後気を付けます...」
『うふふふっ!』 「ははははっ!」
二人はお互いの目を見合せ、微笑を浮かべアパートを後にして、駅へと向かう。
『少なくとも一日一回くらいは連絡欲しいな~♪ 後、デートの内容は当日まで教えないでね』
「えっ、何で!?」
『もう~、大人の男の人ならサプライズ的な事くらいは思い付くでしょっ!』
「ああぁっ、そう言う事ね」
『それと、プレゼントもいいかもねっ!』
「へいへいっ」
『ムっ! その言い方... 謝るなら今だよっ!』
「申し訳御座いません、お姫様っ!」
『クスクスっ! 大ちゃんて歩くの早くない?』
「ふっふうーん、身長と足の長さが違うんだよ、ちみとはね!」
『あっ、そうっ!!!』
美空が俺の脹ら脛を軽く蹴る。
「痛っ!」
『大ちゃんて、身長いくつ?』
「ひっとぉっつ!」
『もう一回蹴りましょうか、王子様?』
「178cmくらいです、はいっ!」
こんな他愛な会話を交わし、ほんの少し二人の距離が近付いて意識してるせいなのか、昨日とは違い腕は組まずに美空が俺の服の裾を軽く掴みながら歩いていた。
紅く染まるお互いの頬は、夕陽のせいか照れているのか分からないままで...。