序章 過去の情景
パッとネタが浮かんだらすぐに書いちゃいたい症候群。
花畑に雪が降る。
そんなこともあるだろう。
なぜならここは《魔界》なのだ。人の世の常識が通じなくてもおかしくない。
花を踏みしめて俺は歩く。手には抜き身の片手剣。刀身は血塗れ。
花畑には俺一人。いや違う。正確にはもう一人。
でもすぐにそれも一人になる。
俺が進んだ先に横たわる影。赤い長髪の少女。額の捻れた角は悪魔の証。
吐く息も荒く横たわる少女の体には胸から下がない。俺が斬った。悪魔には皆そうしてきた。
俺は剣を逆手に持つ。その時、少女の口が言葉を紡ぐ。
「………ありがとう。優しいのね、あなた」
「違う。悪魔は皆殺しに決まってる、それだけだ」
少女が微笑む。反対に俺は渋面になる。
「なにもしなくても、もうすぐ私は死ぬわ。でも、あなたは止めを刺してくれる」
「悪魔はしぶといからな。昔出会った奴には首だけで10人殺した奴もいた。だが、そいつももう死んだ。俺が殺した。すぐにお前もそうなるさ」
剣を握る手に力を込める。あとは、只振り下ろすのみ。
「………最期だ。何か言い残すことはあるか。サービスだ、呪詛でも、暴言でも、命乞いでも何でも聞いてやる。聞くだけだがな」
俺の口から想定外の言葉が出た。あり得ない。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
思わず口元を押さえる俺に、少女は微笑む。死の間際とは思えない自然な笑顔。
「やっぱりあなたは優しい人。優しくて、繊細でとっても感情豊か。……好きよ、私」
「戯言を。俺達《踏破者》に心はない。そう教えられて、そう育てられた。お前たち悪魔もそのことはよく知っているはずだ」
そうだ。俺に心は無い。この体は悪魔を屠る一つの刃。人智の極限と肉体の極限を以て完成した反撃の嚆矢。故にそこに心は要らず。それはただ、人の未来のために振るわれる。
《踏破者》の出現によって悪魔と人のバランスは崩れた。悪魔による一方的な蹂躙の日々はもはや遠い過去の話、今やこの世は人間がと悪魔が互いの骨肉を合い食む地獄となった。
こいつだって、それぐらいのことは知っているはすだ。
なのに。
どうしてこいつはそんな顔で微笑むことができるんだ。
「そうね、あなたは《踏破者》。心持たぬ人の刃。悪魔にとっての慈悲無き死」
「分かっているのか。ならばーーー」
「ーーーでも、それなら………」
言葉が遮られる。俺は黙して、少女は語る。
「…………どうしてあなたは泣いているの?」
少女の言葉に弾かれたように顔を上げる。目の前には構えた剣の研ぎ澄まされた刃が光る。そこに写るのは酷く歪んだ俺の顔。
なんだこれは。
どういうことだ。
これはおかしい。
違う。
ちがう。
チガウ。
これは俺じゃない。俺じゃないんだ。
「いいえ、それがあなたなの。そちらのあなたが本当のあなた。だからっ………ごほっ!」
少女の言葉が途中で途切れる。入れ替わるように口からは大量の血塊。
「………! おい!」
「………もう駄目みたい。ねぇ、最期に何でも聞いてくれるなら、一つお願いをいいかしら」
「………ああ。聞くだけだがな」
少女の腕が持ち上がり、その指先が力なく動き、花畑の先を指す。
「この花畑の先に一軒の家があるの。そこに、私の妹がいるわ」
「そうかい。それはいいことを聞いた。そいつも一緒に殺してやるよ。そうすれば、お前も地獄で少しは寂しくないだろうからな」
少女は首を横に振る。もはやその動作すらも緩慢だ。
「ねぇ、あなた。妹をここから連れ出して。外の世界を見せてあげて。ここは綺麗だけれどそれだけなの。あの子にはこの閉じた世界で終わって欲しくないの」
そこまで言って少女の口が止まる。荒く浅い息。死の呼吸。
「これで満足か。約束通り聞いてやった。………だから安心して死ね」
刀身に浮かんだ幻影を払うように剣を振りかぶる。
少女は笑う。満面の笑み。
剣が落ちる。切っ先は過たず少女の胸に吸い込まれる。跳ね上がる躯。
「ありがとう」
そんな言葉が少女の口からこぼれたように見えたのは、多分俺の気のせいだ。
一瞬の後、その躯が白化した炭の燃え殻のように音もなく崩れていく。悪魔は死体を残さない。それが少しだけ、ほんの少しだけ俺には羨ましかった。
少女の躯が完全に崩れて消えた後も、俺はしばらくそのままの姿で動かなかった。
◇◇◇
花畑に雪が降る。
花畑と俺に雪が降る。
全てが白く染まっていく。
穢れを知らぬ乙女のような雪に覆われて。
俺の記憶も。心も。涙も。
或いは、俺自身すらも。
全部白くなって消えてしまえ。
遠い過去の記憶の中で。
ありったけの想いで叫んだ俺の願いは。
今も何一つ叶っていない。
えぇ………導入部真面目すぎやろ…………引くわこんなん(自戒)。
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