戦闘中にべらべら喋る奴は大概三下である
1ヶ月ぶりの投稿。ちょいと短い冒険パート。
実は新型コロナの影響で延びていた引っ越しなんかしていました。
それに加えて他の作品にもリソースを割いていたので遅くなりましたが、ここからちょくちょく投稿します。
今回と次回でようやく魔物との戦闘パートがあります。今回はまだ導入部分。頑張って描写していきたい。
現在、俺たちが住んでいる街は西大陸のやや北部よりの場所に位置している。
年間を通してやや冷涼で、冬にはがっつりと雪も降るこの辺りの山野には、本来であれば雪の重みに負けない真っ直ぐに育つ針葉樹がよく生える。
しかし、今目の前に生えているのは曲がりくねった太い枝や幹を持つ南方系の樹木だ。その葉は陽光をより多く浴びるために大きく広く開いて、俺たちの上方への視界を遮る。
しかも、気候は土地本来の冷涼なままなので、視覚と体感のギャップが大きい。ちぐはぐな状況は確実にこちらの精神に悪影響を及ぼしているだろう。
現に、俺の少し前を歩くミリアは周囲への警戒とは別に、時折辺りをキョロキョロ見回している。何かを見るわけでなく、特に意味を持たない「見回す」ということ自体が目的の行為だ。
今まで普通の自然と大差なかった《魔界》ばかり攻略していたこいつには、さぞかし戸惑いが大きいことだろう。
でも、今回は俺がついてるんだから、これぐらいどうにかしてもらわないとな。
普段と違うミリアに、しかし、俺は決して手を差し伸べたりはしない。
俺の弟子として共に轡を並べる以上、そのような甘えは許されない。戦場では自分のことは最低限自分で賄えるようにしなければ生きていけない。いつも頼れる仲間が側に居てくれるとは限らないのだ。
こいつもそのことは理解しているようで、不安げな表情ではあるが、決して俺に助けを求めたりはしない。
俺たち二人は無言のまま、ゆっくりと、しかし確実に《魔界》の奥深くへと分け入っていく。
◇◇◇
それから俺たちはしばらくの間何事もなく歩き続けた。
キャンプからはかなり離れた上に、出発してから時間もたったので、体に染み着いた《忌避の香》の効果もそろそろ落ちてきた頃だ。それは、もうしばらくで魔物との遭遇があることを意味する。
先行するミリアもそのことを意識し始めたようで、先程までよく見られた無意味な見回しが少なくなり、意図的に怪しい場所に視線を送ったり広い視野で周囲を眺めたりと警戒を強める。
「…………」
「…………」
探索を始めてから、俺たちの間に会話は一切ない。
もちろん、これは仲違いしている訳ではない。余計な音を出して魔物に感づかれることを防ぐためだ。
魔物は野生生物がベースとなっているので、感覚器官が人間よりも圧倒的に優れている。ゆえにその縄張りで無警戒に振る舞えば、ほぼ確実に相手に先手を取られることになる。
だから俺たちは音に頼らないハンドサインやジェスチャーで意志疎通を図れるように訓練を積んである。
今回の依頼はその辺りがうまく機能するかを見定めるという目的もあった。これから先、深部《魔界》に踏み込んで行くには、この技能が円滑に機能することが大切だ。
その目的に従って相変わらず無言で数歩先を進むミリアの背中を見て思う。
……こいつ、普段からこれぐらい静かならいいのにな。
普段はナチュラルハイテンションなミリアは、顔を会わせれば立て板に水状態でも俺に向かって常にべらべらと口を開き、べたべたと接触を図ってくる。正直、かなり面倒くさい。
こいつが静かにしている姿を見たのは、こんな風に指示を出しているときと、こいつと出会ってからしばらくの間だけだ。
それと、アホな行為に鉄拳制裁を入れた時もか。
とにかく、こいつと一緒の時で心落ち着ける時間はほとんどない。最近は心の平穏を求めるようになった俺にとってこれはあまりよろしくない。
……いっそのこと、訓練とか適当な理由をつけて普段からこうさせるか?
おしゃべりミリアを上手くコントロールできそうな妙案を俺が思い付いたその時。
「……!」
ミリアが盾を持った手を上げて、顔の横で拳を握る。これは「止まれ」のハンドサインだ。
それに従って俺が止まると、今度は握った手を開いて、手のひらを地面と平行にして上下させる。こちらは「姿勢を低く」のサイン。
二人揃ってしゃがみこむと、ミリアがこちらを見て指を立てる。その指は四と三の順番で二回立てられた。
これは敵のタイプと数を示す。最初の指が敵の足の数を表す。四なら四つ足、つまり四足獣タイプの魔物だということだ。今回はその後三本の指を立てたので、魔物はこの辺りに生息する狼型が三体というわけだ。
他にも、指を立てない時は飛行タイプ、三や五など奇数の場合は尾や武器などの攻撃手段を持つことを表すように決めている。魔物は現実の野生生物をベースにしているので、ムカデ型のような一部昆虫系の極端な多足を除けば、大概はこのハンドサインで事足りる。
ちなみに、昆虫の六本足や、蜘蛛型の八本足は指を立てるときの手のひらの向きで表現できるように工夫してある。
俺はミリアのハンドサインに頷くと、自分の腰の辺りを叩いてからミリアを指差す。ポーチに入ったダガーを使えというジェスチャー。
それを見たミリアはすぐにポーチからダガーを抜いて、模擬戦の時のように盾をつけた左手に構える。右手はショートソードを抜刀していつでも突入可能といった体だ。
それを確認してから、俺も抜刀してスクラマサクスを手に持つと、ミリアの背後に近づいて肩越しに前方の様子を伺う。
ミリアのハンドサイン通り、藪の向こうに三体の狼型が見える。魔物は地面や空に顔を向けて時折鼻をひくひくと動かしている。どうやら何かを感じ取って周囲を警戒している段階らしい。
これは、もうすぐ気づかれるな。
あまり猶予が残っていないことを確認した俺はすぐさまミリアの背中を叩いた。
「攻撃しろ」の合図。
「……ふっ!」
鋭い呼吸と共にミリアの放ったダガーが、一体の魔物の前足に突き立って悲鳴を生む。
それが開戦の合図だった。
一連の戦闘はこの週末に投下する予定です。
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