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元最強クラスの《悪魔狩り》のセカンドライフは、アホな弟子によって振り回される。  作者: owlet4242
一章 無職の元《悪魔狩り》とアホな弟子一号
12/15

作戦の可否は準備の段階で9割決まっている

冒険パート《魔界》編。


真面目パートより。《魔界》についてや、そこでの立ち回りとか世界観的なところの説明も。

 乗り合い馬車から見える風景が、見慣れた景色から様変わりし始めて少し経ったころ、俺は御者台に声をかけて馬車を止める。


「すみません、ここで降りてもいいですか?」


「あいよ、《先触れ(サーチ)》に反応もないしここなら大丈夫だよ」


 御者の言う《先触れ》とは、魔物や悪魔の接近に反応して取り付けられた結晶の色が変わる道具のことだ。こいつが小型化すれば狩りはかなり楽になるのだが、起動するために魔物の素材由来の燃料を馬鹿みたいに使うので、いまだにその目処は立っていない。


「兄ちゃんも嬢ちゃんもこれから狩りか、頑張ってくれよ!」

「街道の安全はあんたら《悪魔狩り(スレイヤー)》のおかげでもってるからな」

「無茶せずに生きて帰ってくれよな」


「ええ、皆さんのために頑張ってきますよ」

「声援ありがとうございます! この私、必ず期待にお応えします!」


 馬車を降りるときに、乗客たちが口々に声援を送ってくれる。


 荒くれものも多い《悪魔狩り》だが、基本的に人々からの信頼は篤い。特に人類の技術が新歩して俺のような《燃え殻の髪(バーンド)》などの強力な個人戦力が現れ始めてからは、ますますそれに拍車が掛かった。


 《燃え殻の髪》は制御不能な化物揃いだが、そういった奴らが自分の好き勝手に様々な場所で暴れ始めたことによって、悪魔たちも予測不能な襲撃から身を守るために保守的にならざるを得なくなった。上位層は無秩序だが、それ以外の《悪魔狩り》はある程度の統制がとれている。そこで、上位層が手当たり次第食い荒らした《魔界(リンボ)》に統制の取れた部隊を送り込んで制圧、というギルドの手法によって人の世の治安はかなり回復した。


 実際、10年ぐらい前までは街から街への街道の移動ですらわりと命がけの行為だったのだ。それが現在では、次の革新技術が起これば反対に悪魔どもの巣である深部《魔界》への大規模攻勢すら行えるとまで言われている。時代の移ろいというものは激しいものだ。


 俺たちはそんな声援に答えながら馬車を降りると、御者に相場よりも安い運賃を渡す。《悪魔狩り》は依頼などでの移動に限り交通機関の料金に便宜が図られる。


 厳密には俺はギルドに籍を置いていないのでその恩恵は受けられない。だが、俺の分の正規の運賃を払おうとしたら「あんたも結局魔物退治だろ?まけとくよ、気をつけてな」と、御者の男が受け取らなかった。なかなかにできる男だ。


 最後まで手を振り続ける乗客たちに応え、その姿が見えなくなるまで手を振ってから俺たちはいよいよ依頼の地へと向かう。


 俺は背嚢を背負い直すと、同じように横で荷物を確認しているミリアに声をかける。


「じゃあ、ミリア。ここから《魔界》まで少し歩くからそれまでに今回の依頼のおさらいな。少しでもアホな回答があったら、この依頼の間お前はずっとアホ呼ばわりだから言葉には気を付けろよ」


「厳しくないですか師匠!?」


「アホ。これから行く《魔界》はまだまだ浅いとはいえ、いつもの《魔界》とはものが違う。軽率な行動、誤った知識は死を招く。アホ呼ばわりですむことを感謝しろ。あと、今の発言はサービスで無かったことにしてやる」


 《魔界》は深度が変われば様子もがらりと様変わりする。気候や植生が周囲と違うこともあれば、最悪の場合物理法則すらも乱れていることもある。事前情報があるなら完全把握は必須だ。


 ミリアもそこは分かっているようで、それ以上とくに反論することなく俺の言葉を待っている。


「じゃあ、まずはこれから向かう《魔界》について深度、気候、植生、地形に関する情報を知ってるだけ挙げろ」


「はい、これから向かう《魔界》は深度3、初心者の《悪魔狩り》が挑めるなかでは最難関の場所です。気候はここ、中央大陸のそれと同様、ですが自生する植物は南方系の物のようですね。この地方に多い盆地に位置していて、その中に収まるように展開されてます」


 この回答に俺は頷く。主観を排して、客観的事実に基づき要点だけを押さえたいい答えだ。そして、すぐに次の質問を挟む。


「では、中にいると思われる魔物に関して分かることを挙げろ」


「はい、植生が南方系ということで肥大化した昆虫型の魔物が多いと思われます。目撃例としては、蜂、甲虫、蝶型があります。毒に警戒が必要なタイプが多いですね。温度差に弱いので火や冷気が有効です。あとはこの地方に土着の魔物である狼型の報告もあります。小規模の群れで行動するので、一頭見かければ複数を相手にする可能性は高いです。嗅覚が優れているので、先手を取られる可能性にも留意すべきでしょう」


 これもまた模範的な回答。ミリアはアホだが、そのアホさはどちらかというと抜けてるタイプのアホさなので、こういったじっくり知識を詰め込める質問に対しては中々の賢さを見せる。ただ、咄嗟の判断ではほぼ間違いなく何かをやらかすので、それがこいつの評価を著しく落とす。アホがアホ呼ばわりされる所以である。


 しかし、今は何も問題がないので更に質問を重ねる。


「よしよし、それでは最後に今回の依頼の内容とその目的を答えろ」


「私たちが受けた依頼は、この《魔界》の魔物の20体の討伐です。細かい条件指定のない《何でもあり(フリーフォーオール)》系の依頼です。魔物の素材が達成確認に必要なのでちゃんと数が把握できるように回収する必要があります。例えば、羽を回収するなら、できるだけ同じ側のものを集めます。ちぐはぐに集めると一体から採ったものの水増しを疑われます」


 ここまで一息に語るとミリアは一呼吸置く。特に口出しすることもないので黙って次の言葉を待つ。


「そして、この依頼の目的は私の《悪魔狩り》の等級アップが目的です。等級が上がれば上位の依頼が受けられます。そうすれば、また新しい場所に一緒にお出かけができますよね師匠! どうですか!?」


 最後にやや私情が混じったが回答は概ね満足のいくものだ。俺は頷くとミリアの頭をがしがしと荒っぽく撫でてやる。


「上出来だ。お前は本当にこういった事前情報の整理はうまいな。いいことだ。褒めてやる」


「うひょー! 師匠が優しい! もっと褒めていいですよ! そして、もっと撫でてください師匠!」


 興奮したミリアが自分からグリグリと頭を押し付けて来たので、頭頂部の短い髪の毛が綿毛のようにボサボサになる。その姿、まるで犬のごとしだ。なぜだか知らないがが「忠犬ミリ公」という言葉が頭を過ったが、意味が分からないので深くは考えないことにした。


 俺は最後に乱雑に髪を撫で上げてから手を離す。ミリアは目が回ったのか撫で終わった後もまだ頭をふらふらさせている。


「これ以上ご褒美が欲しければ、残りは戦闘で俺を魅せてみろ。《悪魔狩り》の本分はそれだ。頭でっかちは必要ないからな」


「これ以上!? い、いけません師匠! そんな、私たちにはまだ早すぎます! で、でも師匠が望むのなら私としてもやぶさかではないですよ!?」


「ほぉ、お前いつからアホって呼ばれて喜ぶやつになったんだ? あぁ、前からだったか」


「ひどい!?」


 桃色の妄想で、更に頭をでかくするアホを放置して俺は《魔界》への道を急いだ。



◇◇◇



 《魔界》に入るとき、キャンプ地の設定は重要な要素の一つだ。利用時の安全面を重視するなら《魔界》の外に設けるのが最善だが、奥地に潜るといちいち補給に戻るのが面倒になる。


 かといって《魔界》の内部だと、できる場所は限られる上に常に魔物や悪魔からの襲撃のリスクを背負う。安全性と利便性はトレードオフだ。


 そういったことを加味して、今回俺たちは《魔界》の内部にキャンプを設けることにした。この深度の《魔界》なら最悪俺一人でもどうとでもなるし、加えてミリアにも経験を積ませる必要がある。成長には、ある程度のリスクは付き物だ。


「師匠、テント張りましたよ!」


「よし、次は分かってるな?」


「《忌避の香(ボイドミスト)》ですね。燃料は一単位で火は一ヶ所に着けるだけでいいですか?」


「それでいい、すぐにやれ。その間に俺は藪を払ってスペースを作っておく」


「がってん承知!」


 ミリアに指示を出しつつ、俺は自分の得物を使って周囲の藪を払いキャンプ用のスペース確保に努める。


 俺の得物は所謂スクラマサクスという片刃の剣だ。この剣の全体像としては背中の棟の部分が真っ直ぐになった鉈のような形状をしている。


 この剣は片刃なので、戦闘中に逆刃を使った瞬時の切り返しをすることなどには向かないが、その分耐久性や汎用性は折り紙つきだ。《加護》の《身体強化》で得物をぶんまわすタイプの俺にはうってつけの剣というわけだ。


 その幅広肉厚の刀身は、俺が今使っているように鉈の代わりに藪払いなどにも流用できるし、棟の鍔本付近にはロープカッターも付いていて利便性も高い。装備を圧縮する必要性が高い《魔界》探索にはもってこいだ。


 そして、この剣のメリットはなんといっても敵の攻撃を受けるときに棟に手を添えての受けができること、これに尽きる。


 上位悪魔の攻撃は熾烈を極め、柄に両手を添えて受けるとそこを支点に梃子の原理で剣先を押し込まれて負傷することがある。その時にこの剣なら受け方にバリエーションを持たせられるし、押し込まれても片刃なので怪我のリスクが少ない。複数の得物を持ち歩けない俺にとってバリエーション願ったり叶ったりの剣というわけだ。


 そんな剣の切れ味を確認しながら藪を払っていると辺りに独特な匂いが漂い始める。ミリアが《忌避の香》を焚き始めたのだ。


 《忌避の香》は魔物の獣脂などを固めた燃料を使った香の一種だ。これを焚くと獣脂の魔力が空中に舞って人の存在を魔物から偽装することができる。悪魔や一部の高位の魔物、そして偶発的な魔物との遭遇には効果がないが、それでもリスクを下げるという点でこれを使わない手はない。


 燃料の量や燃やし方は《魔界》の実状で異なるが、ミリアはその辺りの知識は豊富なので一任しても問題はない。


 藪を払い終えて、火を使う空間を確保するとミリアが携行用のコンロを持ってくる。


「お疲れ様です師匠! こちらはもう設置しておきますか?」


「いや、すぐに使う予定はないから戻しておいてくれ。一応空間を確保しただけで、まだ弁当があるからなるべく火は使わない方向でいく」


 自然に存在しないものを持ち込めば、それだけ足がつくリスクが上がる。火はその最たるものだ。《忌避の香》で既に火を使っている状態を鑑み、これ以上の濫用は控えたい。


「じゃあ、これは元に戻しておきますね」


「頼む、それと戻すついでに携行用の鞄を持ってこい。装備の確認をしてすぐに動くぞ」


 テントに戻るミリアの背に声をかけると、俺は置いてあった自分の背嚢に手を伸ばす。


 いくら周到に準備をしていても《魔界》は人の領域ではない。可能な限り長居は控えるべきだ。人には何事にも領分というものがある。そこから逸脱すれば待っているのは不幸な結末だけだ。


 それを回避するには、領分を守ってささやかに生きるか。


 あるいは俺のように人の域から逸脱するか。


 そんなことを考えながら、俺は携行鞄を身に付けるとミリアがテントから出てくるのを今か今かと待ち構えた。



加筆していきます。

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