第9話 令嬢、義妹と再会する
「エリス様、今の呼び名は一体どこで、、、、自分をそう呼ぶ者は1人しかいないのですが、、、」
「レーナさん、私には別の時代、別の世界で人生を送ってきた記憶があるのです。その時の名はラミリアと
言いますわ、、、、」
「ま、まさか、、、いつもあのコタツの中から出ようとしなかったラミリアかっ!」
「はい、、、いつもティワナさんと一緒にベルお姉さまから、”若者らしくアクティブになれいっ!”と言われて
いたラミリアですわ」
そう言うとエリスの両目からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「うっ、うわあああああんっ! ベルお姉さまあああああっ!」
エリスは号泣しながらレーナの胸に飛び込んだ。レーナの目にも涙が滲んでいる。
「ずっと、ずっと心細かったんですううううっ! 誰も、、誰も頼る人がいなくてえええっ!」
「よしよし、もう心配するな。この私がついているぞ」
そう泣きじゃくるエリスを優しく抱きしめるレーナ。一方、リシューはエリスの”誰も頼る人がいない”発言に
ショックを受けていた。まるで屍のようだ。
エリスが落ち着いた頃合いを見計らって、ベッカーが声をかける。
「レーナ君、確か聖女様とはトラブルがあったと聞いていたが、、、ずいぶん親密な様子じゃないか」
「団長、彼女も前世の記憶持ちでして、そして、前世では義妹でした」
「・・・・もう何があっても驚かないつもりでいたが、訂正するよ、、、、」
レーナは前世でのエリスとの関係を説明する。エリスの前世もまた別世界の公爵令嬢で、いろいろあったが
日本で義理の家族になったことなどを聞くと、さすがのベッカーもお口あんぐりの状態になってしまう。
「いや、こんな短期間でいろいろなことがありすぎて、さすがの私ももうついていけないな。まあ、この事は
伏せておいた方がいいだろうね。殿下もそういたしましょう」
だが、ベッカーの問いかけにもリシューは完全に上の空だ。
「ぼくは頼りない、、、ぼくは頼りなかったのか、、、、」
そうブツブツとうわ言を呟き続けていた。
「エリスよ、そなたの頼る人がいない発言が相当こたえているようだな。これは当分使い物にならぬぞ、、、」
「え、、どうしてですか」
「いや、、、殿下はそなたに好意を寄せておるだろう」
その言葉を聞くと、エリスは世にも嫌な顔をして、
「はあ、、、本当に迷惑なんですけど」
と言い放った。
「ぐふっ!」
そのトドメの言葉にリシューは吐血して倒れてしまう。もう彼のライフはゼロになってしまった・・・・
「し、しかし聖女様、殿下と結婚すればこの国の王妃、つまり国母になるのですよ。貴族の令嬢なら誰でも
憧れる地位が手に入るのですが、、、」
「ベッカー団長、そんな面倒くさいのいりませんわ」
「まあ、、、、今のそなたならそう言うだろうな、、、、」
前世権謀術数渦巻く貴族の世界から、お気楽な日本の一般市民にジョブチェンジしてぐうたら生活を送って
いたエリス、リシューの想いなど”大きなお世話”なのであった・・・・
「しかし、記憶が戻っていなかったとはいえそなたにはひどいことをしてしまったな。許してくれ」
「そんな、別にお気になさる必要ありませんわ。私も前世ベ、、、いやレーナお姉さまにはやらかした過去
がありますから」
ちなみに、エリスは生まれた時には孤児院の前に捨てられていたそうだ。前世を思い出したのは5歳の時、
女神の信託により聖女に認定された瞬間だったそうだ。
「正直、うっわー、めんどくせーと思いましたわ。余計なことに巻き込まれそうだと、、、、」
「せ、聖女様、、、、さすがに女神様の信託にそのような不敬なことを、、、、」
エリスの発言に今度はベッカーもショックを受ける。対魔王の切り札的存在である聖女の本音を聞いて
しまったからだ。
「まあまあ団長、日本で普通に暮らしていたら、誰でもそう思いますよ。前世でもエリスは戦場を経験して
いませんから」
「ええ、、、だから本当は怖くて怖くて、、、夜も不安であまり眠れていませんですの、、、」
そう本音を吐露するエリスを安心させるように、レーナは力強く宣言する。
「なあに心配するなエリス、魔王戦でそなたらの出番はないぞ。なぜなら、自分が魔王の首を獲りに行く
からな。そのためにここで鍛錬を続けているのだ」
「はは、、レーナお姉さまらしいですね」
「だが、今はまだ前世の力には遠く及ばぬ、、、、だから魔王が発生すると言われている2年後まで、いや、
1年後にはかつての力を取り戻して見せるからな!」
そうすっくと立ち上がり拳を振り上げるレーナ、その周囲には闘気が渦巻いている。それをエリスはキラキラ
と輝いた目で見つめていた。
「私も覚悟を決めましたわ! レーナお姉さまと一緒に魔王と戦います!」
エリスも立ち上がり拳を振り上げる。その周囲には聖気が渦巻いていた。
「ははは、、、まあ聖女様もやる気を出して頂いたようだし、良かったじゃないですか殿下」
「ぼくが頼りない、、、ぼくが迷惑、、、、」
何だか盛り上がる彼女達をよそに、ベッカーは乾いた笑いを漏らしリシューは死んだ魚のような目をして、
ブツブツと呟き続けていた・・・・
「まあせっかく来たのだ。騎士団の訓練でも見学していくか」
「はい、レーナお姉さま」
未だ放心状態のリシューを置き去りにして、レーナはエリスを訓練場へと案内した。さすがに当代の聖女
の顔は騎士たちにも知られていて、エリスが入った瞬間一斉に彼女へと視線を向けた。
「あれ、ベッカー団長、ずいぶんレーナと聖女様仲良さそうですねえ。確か彼女が平民になったのって、
聖女様に危害を加えたからじゃ、、、」
「バスク、、、まあ世の中にはな、想定外の出来事というものがあるんだよ」
「はあ、そうですか、、、」
リシュー達の応対で不在のベッカーに代わり、訓練の指揮をしていたバスクの疑問に彼は乾いた笑いで
答える。バスクも狐につままれたような表情だ。
「聖女様は我が騎士団の訓練見学をご所望だ。例のヤツを見せてやれ」
「了解です、、、ルミダス、第一部隊第一小隊を呼んでくれ」
「はい、おいブルーメ、お前らの出番だぞ!」
「へーい、、、」
いかにもやる気のなさそうな返事とともにぞろぞろと現れたのは、騎士団最強の第一部隊の中でも、最精鋭
を誇る第一小隊の面々だ。いずれも”その筋の方々ですか”と思わず言ってしまいそうな強面である。
「また、レーナとですかあ、、、もう隊長が敵わないのに、俺らが勝てる訳ないでしょ」
「お前らなあ、、、、」
ルミダスが喝を入れようとした時、エリスから彼らに意外な申し出があった。
「皆さん、もしレーナお姉さまに一太刀でも入れられたら、皆さんの頬に祝福の口づけをプレゼントいたします
わよ」
「えっ、本当ですか聖女様!」
いきなりブルーメ達にやる気が漲ってきた。本当に単純な連中である。
「そうときたら覚悟しろよレーナ、今までとは違う俺たちを見せてやるからな!」
「ふむ先輩方、楽しみにしてますよ」
「ちっ! その生意気な口も今日までだ! 野郎どもいくぞ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
そして、レーナ対第一小隊10人との模擬戦が始まる。
「お、おい、、、、レーナのやつ、あんな人数を相手にして大丈夫なのか」
「あら殿下、レーナお姉さまならあのくらいの人数、どうってことありませんわ」
ようやく復活したリシューが驚いているが、すでにレーナの前世を知っているエリスは平気な顔だ。
「いくぞっ!」
そして、一斉にレーナに襲いかかる騎士達、刃挽きしてる模擬剣とはいえ、まともに当たったら大ケガを
するシロモノだ。リシューは思わず目を覆いたくなってしまう。だが、、、、
「な、なんだあの動きは、、、まるでダンスでも踊っているような、、、」
「レーナお姉さまの”死の舞踏”(デス・ワルツ)、健在ですわね」
呆然とするリシューとは対照的に、エリスは当然というような表情だ。そしてレーナのトリッキーな動きに
翻弄された騎士達は、1分後に全員地面に這いつくばることになってしまう。
「が、がはっ、、、」
「ちくしょう、、、また負けた、、、」
そう悔しがる騎士達だが、レーナは不満気な表情だ。
「おいおい、勝ったってのになにそんなぶすくれていやがるんだ、、、、」
「いえ隊長、まだ技のキレが鈍い感じでして、、、もう少し精度と速度を上げないと、魔王に勝つことは
できませんので、、、、」
「そうか、、、、」
その様子を見ていたエリスがリシューに話しかける。
「殿下、魔王戦で私達の出番はないかもしれませんね、、、」
「エリス、どうしてだい」
「レーナお姉さまが先に倒してしまうでしょうから、、、、」
リシューも今の光景を見て、それが本当のことになりそうだと予感するのであった。