第64話 教皇、独白する
「みんなごめんなさい、取り乱したところを見せちゃって・・・・」
「いえ、我々こそ猊下の御心の痛みも知らず、申し訳ございません」
懐かしい納豆の味に、望郷の念がこみ上げてしまい嗚咽してしまったレノン、ゼノア達神聖法国のお付き
の面々も神妙な表情だ。まさかこれまで各国の王族を手玉にとってきた彼女が、内にこれほど前世への
想いを秘めているなど思ってもみなかったのだ。
「レノンよ、そんなに日本に戻りたいのか」
「うん、でももし日本に戻れたとしても、もう向こうには私の知ってる人、ほとんどいなくなっちゃってるし」
ここツーロンと地球世界の時間軸が同じだとしたら、前世のレノンやレーナの親しい者はとっくに鬼籍に
入っている。それに、レノンの望郷の念はただ単に日本に戻りたいだけではない。
「高校時代には、さすがに戻れないのはわかってるから、、、でも、やっぱりあの頃に戻りたい、もう一度
彩絵たちとバカやって過ごしたい、、、、」
彼女が最も幸せだった時代に戻りたいのだ。
「そうか、、、、確かにあの頃は楽しかったな」
「大人になると、どうして嫌なこと、苦しいことばかり増えていくのかなあ、、、、永遠に時が止まっていたら
良かったのに」
毎日がお祭りのように賑やかで楽しい日々を思い出して、しんみりするレーナとレノン、そんな中、それまで
黙って話を聞いていたゼノアが話しかける。
「教皇猊下、それに騎士レーナ、差し出がましい口出しをお許しください。前に何か相当御心を痛められる
ような出来事がおありだったのですか」
彼は日々レノンに付きあっている中で、しばしば前世について悔恨を抱いているような発言を耳にして
いたのだ。
「ああ、、、前に西日本動乱のことは話したでしょ」
「はい、しかしそれは相手国から仕掛けられたこと、猊下は犠牲になられた無辜の民の仇を、見事取られた
と自分は思っておりましたが、、、」
「その後よ、、、私は大勢の人を見殺しにしたの、大人だけでなく、子供も含めてね」
動乱の後、無政府状態に陥った南北統一国家からは大量の難民が発生した。彼らはボロ船に乗り周辺
各国、特に距離的に一番近い日本に押し寄せたのだ。だが前世のレノンは彼らの入国を一切認めず、
海上保安庁や自衛隊を総動員して追い返した。強行上陸した難民による強盗殺人などが頻発し、治安が
悪化したのがその理由である。難民に人道的な対応をしてテロが日常的になったEUの轍を踏む訳には
いかなかったからだ。
「反対の声もあったけれど押えこんだ。全ての権力を使ってね」
そのような状況下、放水などでは引き返さない難民船も現れた。彼女は命令に従わない場合、実弾に
よる撃沈を指示したのである。そしてそれは忠実に実行された。一部からは批判も出たのだが、すでに
ミサイル攻撃を受け、更に不法難民の犯罪に晒されていた大多数の国民はレノンを支持したのだ。
「支持する側もしない側も、阿呆のように騒いでおったな。そなたの本当の気持ちも知らずにな」
レーナは知っている。撃沈された難民船から子供を含む多数の死体が漂着したという報告を聞く度に、
記者会見などでは冷徹な表情で対応していたレノンが自室では、
”ごめんなさい、ごめんなさい、助けてあげられなくてごめんなさい!”
と慟哭していたことを・・・・
元々彼女は心根の優しい女性だ。こうした心労が祟ったのか前世のレノンは61歳の若さでこの世を
去った。
「猊下、そんなことが、、、、そんなことがおありになったのですか、、、」
「あはは、だからねえ、、、今世ではもうあんな経験はしたくない、この一心で他の種族とも融和政策を
とってるのよ。そう、世間一般で言われているように慈悲でも何でもない、自分のためにやってる訳なの。
ただの自己満足なのよ」
自嘲気味に話すレノンだが、話を聞いた後のゼノア達神聖法国の面々は姿勢を正す。
「いえ教皇猊下、今こそ確信いたしました。猊下こそ我らルーシャス様の御子を率いるにふさわしい御方
であると」
「ゼノアさん、私の話聞いていたの。単にもう嫌な思いはしたくない、そんな自己中心な気持ちでやってる
ことなのよ」
「ええ、猊下がまた嫌な思いをされぬよう、我らも助力いたします故、この融和政策をツーロンにしっかりと
根付かせるよう頑張りましょうぞ」
「そうだなレノン、また先に旅立たれるのはもうごめんだからな。今世はそなたに看取ってもらえるよう
このレーナ竜騎士として、微力ながら応援するぞ」
「そうですわレノンお姉さま、前世では看取るためにわたくしコタツから出なければいけなかったのです。
今度はわたくしをコタツで看取ってくださいませ」
周囲の言葉にレノンは再び涙ぐんだ。彼女は後世の歴史に他種族融和の流れを決定づけた人物として、
ツーロンではガンジーやキング牧師のごとく尊敬され、その名を刻むことになる。




