第6話 令嬢、正式に騎士団員となる
「むっ、ここは、、、そうか、私は団長に負けたのだな、、、、」
運ばれた医務室でレーナは目を覚ました。打たれた腹がまだ痛むが、大したことはない。前世の記憶を
取り戻す前なら痛い痛いと大騒ぎしたであろうが、今ならせいぜいちょっと休めば問題ない程度なのだ。
そして視界がはっきりしてくると、ベッドの横に3人の男性がいることに気がついた。団長のベッカーと
副団長のバスク、第一部隊隊長のルミダスである。
「おう嬢ちゃん目が覚めたか。団長のアレを喰らってもう気がつくとは、大したもんだな」
「ルミダス殿、、、自分は不合格なのですか、、、」
そう心配そうに尋ねるレーナに、ルミダスは呆れた表情で答える。
「おいおい、、、このオレを倒しておいて、団長と互角の勝負をするヤツを不合格になんざする訳ねえだろ。
嬢ちゃんは今日から第一部隊に配属だ。しごいてやるから覚悟しろよ」
「本当ですかっ! では早速訓練を、、、、」
そう跳ね起きようとするレーナをルミダスは慌てて押しとどめる。
「おいおい、今日はまだ完全に回復するまでおとなしく寝ていろ。もろもろの事務手続きもあるしな」
「むう、、、そうですか、、、」
今にも訓練に入りたがるレーナに、一同は苦笑する。そして、ベッカーが彼女にどうしても聞きたかった
ことを尋ねた。
「ところであの剣技だが、一体いつ、どこで身に付けたのかな。以前王宮で見かけた君は、とてもこんな
芸当ができるご令嬢だとは思えなかったのだが、、、、」
レーナな少し考えた末に、全てを正直に話すことにした。彼らは直属の上司である。うやむやにしておく
のも良くないと考えたからだ。
「これは、リシュー殿下や大公家の皆にはご説明しておりますが、、、、」
レーナの説明を3人は口を挟まずに黙って聞いていた。
「・・・・そうか、にわかには信じられんが、そうでなければあの剣技の説明はつかんな」
「前世竜騎士、、、、おとぎ話みてえだが、でなきゃこのオレの剣を避けた上、一撃を入れるなんて芸当
できるはずもねえもんな、、、、」
「まあ、自分もどうしてこんなことになったのか、全くわからないのですが、、、、」
これまでレーナの話を聞いていたベッカーは、彼女に確認したいことがあると告げた。
「我が騎士団は野盗の討伐も行っている。君の話を信じるのならば、戦場を経験していたということだが、
人を手にかけることに躊躇はないのかな」
「ベッカー団長、自分は前世祖国の民からは”皇国の守護天使”と呼ばれていました。しかし、敵国からは、、、」
「敵国からは?」
「死神姫と呼ばれていました」
「死神姫、、、、」
ベッカー達も、レーナの前世の二つ名に絶句する。
「転移したニホンでも、何人もの凶悪犯をこの手で屠ってきました。命を奪うことに罪悪感がないと言えば
嘘になりますが、躊躇することはありません。なぜなら、戦場では躊躇ったらそれが命取りになりますから」
「そうか、わかった、、、」
ベッカー達もレーナの前世の話が真実であると信用した。彼女の言うことが普段自分達が部下に言って
きかせていることと、同じであったからだ。
「よしレーナ、今日から君は栄えある王都直轄騎士団の騎士だ。これからの活躍を期待しているよ」
「はい、ありがとうございます!」
こうして、今世でも彼女の騎士としての生活が始まったのである。
「ふむ、、、ベッカー団長、それではレーナ嬢はそちらに入団したと、、、、」
「はい殿下、いい人材を得ることができましたよ」
その日の午後、ベッカーは王城に赴きレーナの入団をリシュー達に報告した。
「まさかとは思いますが、基準を甘くした訳ではないですね」
そう疑問を呈するのは王国宰相のキリヤ・ブラッドである。若干30歳で宰相を務める彼は周囲より”冷血”
”氷の宰相”などと恐れられている。彼に不祥事を暴かれ失脚した貴族は数知れないからだ。その美貌に
言い寄る女性は多いが、いずれも冷たくあしらわれている。そんな彼はベッカーを冷たく見据えていた。
「ブラッド宰相、この自分がそんな不正をするとお思いですか。むしろ、本気で相手してしまったほどですよ」
「そうですね、、、疑ってしまい申し訳ない。さすがにちょっと信じられなかったもので、、、、」
「まあそれも無理もないでしょう。自分も未だに夢でもみてるのかと思っているくらいですから」
そこで、リシューがレーナの現在の様子をベッカーに尋ねた。
「それが、早速訓練に入らせてくれと言い出しまして、、、今日は休ませましたが明日から久々の訓練だ、
と張り切っていましたよ」
「なんだか、ずいぶん生き生きとしているみたいだね」
「ええ、、、何でも、鍛えて魔王を倒しに行く、とか言ってましたね、、、」
「「「「「はあっ!」」」」」
ベッカーの言葉に一同はお口あんぐりの状態になる。この世界では数百年おきに瘴気の澱みから魔王が
生まれる。前回はいくつかの国が滅ぼされ、数万人が犠牲となっている。当時の勇者が相討ちとなって
ようやく滅せることができる存在なのだ。
「確かに、、、、魔王の発生も近いとの調査結果があるが、、、、」
「王国軍総がかりでも、倒せるかどうかわからない相手ですよ。それを、、、、」
「それが、、、、前世でも魔王と戦っていたらしいですが、、、」
「「「「「ええっ!」」」」」
再び一同お口あんぐりの状態だ。
「まあ、こちらの世界の魔王と違って友好関係を結んでいたそうですが、前世の彼女に腕試しを挑んで
返り討ちにあったそうです、、、、」
「おいおい、、、、さすがにこれは信じられんぞ」
「これは、彼女が吹いているのではありませんか」
「レーナも”別に信じてもらえなくてもかまわない”と言ってましたからねえ。でも、魔王を倒そうとしている
のは本気ですよ」
それまで黙って話を聞いていた国王、カルスがリシューに話しかける。
「ふむ、、、ずいぶん彼女は様変わりしたようだの。どうだリシューよ、今のレーナなら王妃にもふさわしい
とは思わぬか」
「父上、今の彼女は王妃の座に魅力など感じないでしょうね。それよりも剣をとって戦場に赴くことを選ぶ
でしょう」
苦笑しながらリシューはそう答えた。