第49話 令嬢のいい日旅立ち
「はいリ~ク~、、、あ~んして」
「い、いやメデューサ様、それはさすがに・・・・」
「いやんリ~ク~、メデューサって呼んでって昨夜お願いしたじゃないの~」
騎士団本部の食堂、朝食をとる騎士達でごった返す中、なんとも甘ったるい空間が現出していた。言う
までもなく昨夜800年間拗らせ続けた想いを通じ合わせたリークとメデューサが、その発生元だ。
「あーメデューサ殿、プライベートならともかく、公の場ではリーク殿も敬称抜きでは呼びづらいのでは
ないかと思いますよ」
「あ、そうなのレーナさん、いやあ、、、800年間の夢が叶ったと思ったら、もう嬉しくなっちゃって・・・・」
困り顔のリークを見かねて、レーナが助け舟を出した。さすが800年間拗らせただけあって、メデューサは
もう本当にリーク以外、眼中にないようだ。ちなみに当初は魔族ということで遠巻きにされていた彼女で
あったが、元々本人の性格が大阪のおばちゃん的な所もあり、今ではすっかり王城の女官やメイド達とも
打ち解けて、恋バナなどをする間柄である。
「あっ、いたいたメデューサさん、今日はブラッド宰相様の講義を受ける予定じゃないですか。もうとっくに
時間過ぎてますよ!」
「げっ! アンジーさん、なぜここに私がいると・・・・」
「はあ、、、だっていつもリークさんのことばかし話しているでしょ。もうここにいるのバレバレですよ」
そう嘆息するアンジー、彼女はメデューサの滞在中、その世話役を仰せつかっていたのであった。最初
アンジーを紹介されたメデューサは、なぜこんな子供が自分の世話を、と思ったのだが、実際の年齢を
知り、更に娘のジール(11歳)に会って、
”この子、魔界のサキュバスよりも妖艶じゃないの!?”
と戦慄したそうな。
閑話休題、アンジーにたしなめられたメデューサであったが、昨夜ようやくリークと想いを通じ合わせ、
もはや幸せいっぱい夢いっぱい、フワフワと雲の上にいるような心地の彼女にはアンジーのお小言も
馬耳東風な状態だ。
「でもおアンジーさん、、、やっとリークと恋人になれたのよ。今日くらいはいいでしょ、ね」
「そうだなアンジー、この嬢ちゃん800年間のの想いが叶ったんだ。今日は大目に見てやれよ」
メデューサにルミダスもそう口添えする。だが、その言葉を聞いたアンジーは・・・・
「ん、、、」
その首をコテンと傾げ、じっと二人を見つめる。なお、レーナ達はアンジーの後ろにいたため、彼女の表情
を確認することはできなかったが、メデューサとルミダスからダラダラと脂汗が流れるのだけは見えたので
あった。
「そう、、、ダーリン、あなたも宰相様の講義なんてどうでもいいと・・・・」
「「申し訳ございませんでしたあああああっ!」」
アンジーが言い切る前に、メデューサとルミダスは見事な土下座を決めた。そしてメデューサはアンジーに
引きずられるようにしながら王城へと向かったのである。
「ルミダス隊長、いきなり土下座だなんて一体どうされたのですか。いつもの笑顔だったような気がする
のですが」
「レーナ、、、お前は見ていないからわからないんだ。アンジーがあの表情をしたら、もうひたすら命乞いを
するしかないんだよ・・・・」
その時一緒にアンジーの表情を見てしまったリークは、
”果てなき深淵を見る思いであった”
と、後に語ったという・・・・
「レーナ、体には気を付けるんだぞ」
「うう、、、どうか無事に帰ってきてね・・・・」
その日の夜、レーナは久しぶりにフローレス大公家の屋敷で、家族水入らずの時を過ごしていた。聖女を
害した罪で身分はく奪に処せられた彼女であったが、魔王討伐の功績はそれを撤回してなお余りあるもの
であったのだ。最も彼女は大公家の籍に戻ることは謹んで辞退した。これはかつての愚かな振る舞いに
対する罰なのだからというのがその理由である。
「しかし姉上、いくらなんでも神竜に会いにいくというのは、無謀すぎではありませんか」
「そうですよレーナ、しかもその前にはあの”神魔の森”を抜けないと辿りつけないそうではないですか」
フェルナンドと母ミリアが心配するのも当然だ。その存在ですら定かではない神竜、しかもそれが住まう
場所は”神魔の森”という人跡未踏の大森林を抜けなければいけない。以前調査団を送った国もあったの
だが、入口付近で強大な魔獣に襲われ這う這うの体で逃げ帰ったそうだ。
「ははは、さすがに自分も危ないと思ったら撤退しますから、そんなに心配しないでくださいよ」
「そうなの、でも本当に無理はしないでね」
「まあ、従者もついていますからね。あやつを守りながらいかねばならないし」
従者とは元四天王の真祖バンパイア、テスラ14世のことだ。魔王討伐後レーナによって”永遠の煉獄”から
救い出された彼はいたく感謝し、彼女の従者になったのだ。
「しかし、真祖バンパイアを”守る”とは、、、レーナ、本当に強くなったんだな」
父ケリーがしみじみと言う。彼は、自分の娘の成長を喜ぶと同時に、なんだか遠くの存在になってしまった
ようで寂しい感覚にも囚われていたのだった。
「まあ、盟約を結ぶのがダメだったとしても、神竜のウロコくらいは手土産に持ってきますから、楽しみに
お待ちください」
「おいおい、、、、それだけでも伝説の品になるんだぞ」
「まあ、姉上らしいですね・・・・」
まるでピクニック気分のレーナに、家族はやや呆れ顔だ。そんなこんなで久々に家族全員が揃った夜は
更けてゆく。
「では、皆も元気でな」
「ううっ、姉御お、、、どうかご無事でお帰りくださいっス」
「レーナちゃん、頑張ってねえ~」
「ははは、レーナ殿なら必ずや、その目的達せることが可能と思いますぞ」
翌日、レーナは舎弟やスタック達に見送られながらプリエール王国を後にした。10日ほどはいくつかの
人族の国を通るだけの安穏とした旅だ。だがそれを過ぎれば未だ人跡未踏の地、”神魔の森”が彼女の
前に立ちはだかる。
「♪ツーロンのどこかで~わたしを待つ神竜がいる~♪」
「レーナ様、なんですかその歌は・・・・」
「ああ、ある国の有名な曲だ。旅立ちにはふさわしいだろう」
「はあ、そうですか、、、でもここ、魔王軍ですら入らなかった所なんですけど・・・・」
「それだけ強者がいるのであろう。ふふ、今私はすごいワクワクしているぞ!」
神魔の森を前に武者震いが止まらないレーナ、彼女の本当の冒険はここから始まるのであった。




