第36話 令嬢、魔界に突入する
聖都シャノンを出発した魔王討伐の連合軍は、1週間後に魔界との境目に到着した。遠目からでも枯れ
果てた大地、空を覆う黒雲が視認でき、否が応でもここから先は魔の領域であると誰の目にも明らかで
あった。
「全軍、本日はここで野営する。明日はいよいよ魔界に突入だ。進軍の疲れを癒し鋭気を養ってくれ、
以上!」
そして夕食の時間、これまでまずい携行食ばかりだった兵たちに、ある料理が振る舞われる。それは
日本人ならお馴染みの”カツ丼”であった。
「これはさる国では、大事な戦いの前に験担ぎとして食されるものです。”戦いに勝つ”、さあ、世界の未来
を救うための聖戦に、明日は勝利しようではありませんか!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」
毎度のレノンのアジ演説に、行軍の疲労が見えてきた兵たちの士気もあがる。
「なお、このカツ丼の味付けにはカノパス精霊王国の醤油、お肉はビース森林帝国より、丼はグランツ
王国よりご提供いただきました。我らが友人に感謝を」
もちろん、エルフやドワーフ、獣人たちの協力があることもしっかりアピールしている。この事でレノンは
他種族からの信頼も勝ち得ていたのだ。
「陛下、”さる国”って一体どこにあるんでしょうか。自分の知る限りこんな料理を出す国は覚えがないの
ですが・・・・」
「さあな、でもこのカツ丼とかいう料理、これまでにない味付けではないか。この揚げた豚肉にショーユと
いったか、その調味汁が沁み込んでただ焼いただけ、煮ただけの肉料理なぞ問題にならぬうまさだぞ」
「はあ、、、確かにこれまで経験したことのない美味しい料理ですが・・・・」
ダミドやハレスは頭に疑問符を浮かべながらも、人生初のカツ丼に夢中になるのであった。そして翌日、
十二分に休息をとった連合軍は、いよいよ魔界へと進軍を開始した。
「レーナお姉さま、言い伝えの通りなら2日後には魔王城に到着いたしますわ」
「そうかエリス、しかし、なんで毎回魔王は同じ所に現れるのだ。これが地球の軍隊相手だったら、出現と
同時に誘導ミサイル撃ち込まれて終わりだぞ」
「まあ、それが様式美というものなのでしょう」
「それにな、夕べも大半の兵がグースカ眠っていたのに、夜襲もなかっただろう。私は完全に警戒していた
から寝不足でな」
「それも様式美なのでしょう。魔王は魔王城でふんぞり返って勇者がくるのを待つみたいな」
地球の軍の知識があるレーナからすれば、疑問符だらけのこの戦いであるが、”様式美”というワードに
まあそういうものかと納得したのだった。
『前方に多数の邪悪なマナを感知! 全軍警戒体勢をとれ!』
「ふん、早速おいでなすったか! て、あれ、、、、」
スタックからの緊急魔信を受けて戦闘体勢に入ったレーナだったが、次の瞬間には拍子抜けしてしまった。
「うおりゃあああっ! 魔人兵がナンボのもんじゃい!」
「あの訓練に比べればどうってことないわああああっ!」
連合軍を襲った魔人兵はレーナが出るまでもなく、リシューやクレイたちにあっさりと討ち取られていく。彼女
だけでなくベッカーやバスク、ルミダスも何だか手持無沙汰な状況だ。そんな中、
「こらああんた達! グレイス様の分が無くなっちゃうじゃないの! 少しは残しておきなさい!」
スタックは相変わらずの通常営業であった。
「全軍止まれ! 本日はここで野営する。もうすでに魔界の中だ。各自警戒を怠るな、以上!」
魔人兵を撃退し、明日は魔王城まで進軍しようとする連合軍、さすがに前夜よりも警戒体勢は段違いに
上げている。しかし、ここにきて体の不調を訴える者が相次いだのである。
「教皇猊下、聖女様、各国の軍の中で不調を訴える者がかなりの数に上ります。何か原因にお心当たり
はありませんでしょうか」
「うーん、、、どうも魔界に入ってから、嫌な空気が濃くなっているのです。恐らく、それが影響しているの
かと・・・・」
「では、どうすれば・・・・」
「はい、私が浄化の術式をかけてみますので、それで様子を見ていただけますか」
ゼノア枢機卿からの質問に、エリスは魔界特有の瘴気が原因ではないかと予想し浄化の術式を展開する。
「おお、だいぶ息苦しさが納まってきたぞ」
「まるで、初夏の爽やかな高原にいるかのようだ」
それまで不調を訴えていた連合軍の騎士や兵たちが、たちどころに体調を回復させてゆく。やはり魔界
特有の瘴気が彼らの体調に悪影響を与えていたようだ。
「教皇猊下、聖女様の浄化の力はさすがですな。兵たちも皆体調を回復、、、と、猊下! 一体どうなされた
のですか!」
「いやゼノアさん、、、、なんだか急に息苦しくなって、、、、」
だが、今度はレノンが逆に体調不良を訴えたのである。周囲が慌てて介抱するも彼女の顔色は冴えない
ままだ。
「しかし教皇猊下、聖女様の御力で悪しき瘴気は浄化されましたが・・・・」
「うーん、、、”水清ければ魚棲まず”、という言葉もあるからねえ」
「そうなのですか・・・・」
そのやり取りを耳にしていたレーナとエリス、
「やっぱりレノンお姉さま、ティワナさんの言う通り暗黒神の生まれ変わりなんでしょうか・・・・」
「エリスよ、そなたの役目はレノンを”覚醒”させぬことだ。あやつが目覚めたらそれこそ本当にこの世界
の危機であるぞ」
「ええーっ! そんな大役私ごめんですよー」
魔王よりもはるかにヤバイ身近な脅威に打ち震えるのであった・・・・




