第23話 令嬢、SPを命じられる
ルーシャス神聖法国、聖都シャノン、この世界ツーロンの人族の間で最も信仰を集めているルーシャス
神聖教の総本山である。サン・ピエトロ大聖堂の3倍近い規模を誇る女神神殿には、今日も各国からの
参拝者がひっきりなしに訪れている。
「教皇猊下、挨拶のお時間でございます」
「わかりました。すぐにテラスに向かいます」
つい2か月ほど前、高齢のため退位した前教皇の後を継いだのは、まだ20歳の女性であった。彼女は
神学校でも断トツの成績と他の学生の追随を許さぬ聖気の持ち主で、女神ルーシャスの神託により教皇
の座を引き継いだのであった。
「おおっ! 教皇様が我らのところに参られたぞ!」
「ああっ! なんて神秘的なお姿なの、、、、」
テラスに現れ参拝客に向かって手を振る教皇レノン、信者たちはその神秘的な美貌とカリスマ性に、地面
に両膝をついて涙を流しながら祈りを捧げるのである。そして、彼女が両手を広げるとそれまでのざわめき
がピタッと納まった。いよいよ教皇直々の説法が始まるのだ。
「偉大なる創造の女神、ルーシャス様の御子たちよ、今日、この地に参られたことをこの教皇レノン、心より
感謝いたします」
彼女のお礼に、信者たちは増々滂沱の涙を流すのであった。説法は続いてゆく。
「間もなく、この世界にかつて暗黒をもたらした魔王が復活します。しかし、恐れることはありません。我ら
女神の御子全てが力を合わせ、立ち向かえば必ずや道は切り開かれます。我らルーシャス様の元一丸
となり、世界の光を守り抜きましょう!」
「「「「「「「「「うおおおおおおおおっ!!」」」」」」」」」
教皇レノンの説法という名のアジ演説に、信者たちは広場中に響き渡る歓声で答えた。彼らはそれぞれの
国に帰国した後、女神ルーシャスの偉大さを周囲に知らしめる伝道師の役割を果すのだ。こうして何かと
利害関係で対立しがちな国々の結束を女神の権威をもって保つのも、教皇の大事な役目なのである。
「教皇猊下、ルーシャス様の御子たちも喜び勇んでおりますぞ。これなら魔王の復活も恐れることはあり
ますまい」
「ゼノア枢機卿、全ては女神ルーシャス様の思し召しであられます故」
「ところで、来月の対魔王同盟会議ですが、1日早くプリエール王国に参られると、、、、」
「はい、今回はあのラングレー王国が参加しますからね。事前に王国側と協議をしておきたいのですよ」
「確かに、これまで我々が呼びかけても無視しておった不信心者どもですからな、、、、」
ゼノアも忌々しそうにラングレー王国のことを吐き捨てるように言う。表だっては対立していないが、裏では
現地の教会の活動に制限を加えるなど、神聖法国とラングレー王国との仲は良いとは言えないのだ。
「少し前にプリエール王国に仕掛けて手痛い敗北を喫したそうですから、その影響もあるかもしれませんね。
まあ、これまでルーシャス様をないがしろにしていた天罰でしょう」
「はい、不信心者には必ずルーシャス様の罰が下ること、これで彼奴らも理解したことでしょう」
「そうですね、全てはルーシャス様の加護あってのものだというのに、愚かなことです」
そうして、信心深い彼らは創造の女神ルーシャスへの祈りを捧げるのであった。
「団長、自分に教皇様の警護をしろと、、、、」
「そうだ、ブラッド宰相直々のご指名だ。教皇猊下だけでなく、聖女様の警護も併せての命令だぞ」
一方、前世の記憶を取り戻す前はもちろん、取り戻してからも女神への信心、何それ美味しいの、と不信心
な極みのパープー女騎士は、ベッカーより教皇の身辺警護、まあ地球で言えばSPの任務につけと命令
されていた。
「しかし、自分がつかなくとも王宮騎士団がいるでしょう」
「それがな、今回はあのラングレー王国も会議に参加することになってな、アイツらが何を企んでいるのか
現在はわからんのだ。それで、、、」
「イレム殿を倒した自分に睨みを効かせろと、そういうことですね」
普段はパープーだが、こういう事には聡いレーナだ。すぐさま上の意向を理解したのである。
「理解が早くて助かるよ。今回ラングレー側はハレス軍務卿が代表としてやってくる。相当なクセ者だからな、
十分気を引き締めてくれよ」
「了解いたしました」
レーナが立ち去った後、ベッカーは
「やれやれ、戦がらみのことになるとまるで別人だねえ、、、普段からあーだったら完璧なのになあ、、、、」
天は二物を与えず、ベッカーは1人そうごちるのであった。
「ということで、教皇サマとやらの警護を担当することになってな。どんな人物だか知っておるか」
その後、レーナはエリスに教皇レノンの人となりを聞きに行った。ある程度人物像が分かっていた方が、
警護もしやすいからだ。
「うーん、最近代替わりしたので私もまだ会っていないんですよ。聞いた話ではすごい神秘的な美貌の女性
で、誰にでも慈悲深く、教皇になってまだ2か月なのに一般信者はもちろん、教団内でも熱烈な信奉者が
増えているそうですよ」
「それはしかし、裏になんかありそうな人物ではあるな」
「はい、前の教皇猊下も結構なタヌキでしたから、表の評判だけの人物ではないことは確かでしょう」
組織の長というものは単なる善人では務まらない。それは宗教団体といえども例外ではない。むしろ、
宗教という巨大な”利権”を抱えている分、闇の部分もあることをレーナやエリスも前世の経験から知って
いた。彼女達はこの世界でも有数の権威と権力を持つ教皇レノンに対し、絶対に油断することのないよう
その気を引き締めるのであった。
「ふーん、、、先の争乱ではこのレーナという女性騎士が武功を立てたと」
「はい、ラングレー軍最強の武将、イレムを一騎打ちで討ち取ったとのことでございます」
プリエール王国への出発を翌日に控え、教皇レノンは最近の資料に目を通していた。当然神聖法国にも
暗部は存在する。彼らもレーナのことを一通り調査し、報告書にまとめていたのである。
「相当な実力の持ち主のようねえ。どうかしら、彼女のこと、こちらに引き抜けないかしら」
「プリエール王国が渋るかもしれませんが、、、、」
「ならば、女神ルーシャスの名において、と告げれば彼らも反対はできぬでしょう。魔王はもちろんのこと、
あのダミドのような不信心者に対抗するためにも、手駒は多い方がいいですから」
教皇レノンは信者に向けているのとは真逆の、冷徹な表情でゼノア枢機卿にそう告げる。
「はい教皇猊下、王国が抵抗するのなら、”破門”をちらつかせればよいかと」
この世界ツーロンでルーシャス教から破門されるということは、生きていけないのと同義語だ。こうして、
レーナはダミドだけではなく、より厄介な相手、教皇レノンにも目をつけられることになったのであった。




