第18話 令嬢、師匠とともに暴走する
「うっ、うっ、、、、ああ、、うううっ、、、」
スタックはキッチンの隅で体育座りの姿勢になり、嗚咽していた。あの後レーナに
”もう1回だけ、チャンスをちょうだい”
と無理無理お願いして、ゆで卵にチャレンジしてみたのだ。レーナもまあ卵をそのままゆでるだけだから、
さすがに大丈夫だろうと思っていたのだが、またもや現実は非情だった。
”キキキキキキっ!”
不気味な鳴き声ととともに、鍋のフタを毒々しい色をしたイソギンチャクのような触手がこじ開けようとして
いたのを見て、またまたスタックは無言でその謎生物を鍋ごと、炎魔法で屠ったのであった・・・・
「ではスタック師匠、自分は明日演習がありますのでこれで・・・・」
さっさとばっくれようとするレーナの足を、スタックがガシっと掴んでいた。
「レーナぢゃぁああん、お願い見ずでないでええええええ、、、、」
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、レーナにすがりつくスタック、この残念なアラサーをどうしようかとしばし
悩むレーナだったが、その時彼女の頭に天啓のようにあるアイデアが閃いたのである。
「スタック師匠、こうなったらもう色仕掛けで団長を落とすしかありませんね」
「えっ、、、色仕掛けって、、、」
「はい、本来ならもう少し距離が縮まってからの方が効果的なのですが、もはや手段は選んでられません」
「で、でも、私色仕掛けなんて自信ないし、そもそも何すればいいのかわからないわ、、、」
自信なさげなスタックだが、レーナの見たところ彼女のルックスとスタイルは水準以上、地球でも美人と
いって差し支えないレベルであった。レーナはスタックの耳元で何事かゴニョゴニョと囁いたのである。
「えっ! そんなことするの、本当に大丈夫なのレーナちゃん」
「はい、私は前世二人の男性と付き合いましたが、どちらも大喜びでしたよ」
「ええーっ! レーナちゃんそんなに経験してたのっ!」
現代日本なら結婚までに、複数の恋人経験があることは珍しくもなんともないのだが、貞操観念の強い
ここツーロンで、しかも拗らせアラサー喪女のスタックから見れば、前世とはいえ二人の男性経験がある
レーナはもはや神の如き存在であった。
「おおおっ! レーナちゃ、、、いえレーナ様、どうかこの迷える子羊に愛の手を!」
「おまかせください。これならベッカー団長もイチコロですよ」
両手を祈るように握りしめ、キラキラした目でレーナを拝むスタックと、ドヤ顔で胸を叩くレーナ、こうして、
パープー師弟コンビの暴走が始まってしまったのである・・・・
「ベッカー団長、少しいいかね」
「はいブラッド宰相、かまいませんが」
王城を所用で訪れたベッカーは、宰相のブラッドに呼び止められた。
「ああ、来月に迫った対魔王同盟会議のことなんだが、厄介な案件が持ち上がってしまってね、、、、」
「厄介な、とは、、、、」
「ラングレー王国からも会議に出席したい、との要望が正式に上がってきたのだよ」
年1回プリエール王国で開かれる対魔王同盟会議、10か国ほどが集まって魔王の情報共有と対策を
話し合っているのだが、今年はそれまでなんの関心も示してこなかったラングレー王国から、参加要望が
上がってきたのだった。
「何か企んでいるとしか思えませんが」
「しかし、ルーシャス神聖法国に正式に参加申請をしているからな。神聖法国でもこれまでラングレー王国に
参加要請をかけていたから、断わる理由はないということだそうだ」
ルーシャス神聖法国とは、この世界ツーロンの人族に広く信仰されている創造の女神ルーシャスをご本尊
とする、ルーシャス神聖教の総本山を擁する国家だ。その教皇はツーロンでは絶大な権威を誇り、対魔王
同盟会議では議長を務めているのである。
「お、、、もうこんな時間か、どうだね、久しぶりに一杯やらないか」
「しかし、明日は早朝から演習でして」
「それなら、”グレイス”、君の部屋で軽く飲まないか。年代物のいいワインが手に入ったんだ」
「わかった”キリヤ”、たまには二人で飲みたいと思っていたところだしな」
この二人、王国学院からの親友でもある。プライベートではお互い名前呼びをする仲だ。こうして彼らは
久闊を叙し合うべく、騎士団本部へと向かっていった。
「ね、ねえレーナちゃん、、、、やっぱりこの格好は恥ずかしいわ、、、」
「スタック師匠、今さら弱気になってどうするんですか。大丈夫です。自信を持ってください」
一方その頃、パープー師弟コンビは魔導部隊との打ち合わせがあるという名目で、ベッカーの自室に入り
込んでいた。そして、スタックは”裸エプロン”の姿になっていたのである。
「セリフは大丈夫ですね」
「ええ、、、”グレイス様、おかえりなさい。お食事とシャワーどちらにしますか。それともワ・タ・シ”よね」
「はいそうです。これに興奮しない男はおりません。前世の夫なぞ自分がこの格好をすると、むしゃぶり
ついてきましたから」
「む、むしゃぶりついて、、、その後はどうなるの」
「その後はですね、、、(ピー)や(ピー)なことをして愛を確かめ合いました。そういえば(ピー)な行為も
ずいぶん楽しみましたよ」
「お、おおお、、、神よ、、、、」
前世とはいえ男性経験のあるレーナのことを、スタックは完全に信仰してしまっている。だが、彼女には
不安な点があった。
「でもこの料理、レーナちゃんが準備したものでしょう、、、もしバレたら、、、」
テーブルに並んでいる料理は、料理が壊滅的にダメダメなスタックに代わりレーナが準備したものだ。
しかし、レーナは心配はないと言い切った。
「なーに、一発ヤッちまえばもうこっちのものですよ。あとは”初めてを捧げた責任をとって”とか言って
泣きつけば無問題です」
とても正義の騎士とは思えない美人局のような手口をドヤ顔で言い放つレーナ、人と水は低きに流れる
もの、スタックもその悪魔の囁きに取り込まれてしまうのであった・・・・
「ほう、、、これは高そうなワインじゃないか」
「ブルドー帝国からの輸入品でね。王都でもなかなか手に入らない品だよ」
パープーコンビが待ち構えていることも知らず、ブラッドとベッカーは呑気に騎士団本部へと入っていく。
「おっそうだ、食堂から何かおつまみになりそうなものとってくるから、先に部屋に行っててくれないか」
「わかった」
ブラッドはベッカーから部屋のカギを受け取り、先に彼の自室へと向かっていった・・・・
「むっ、団長が戻ってきたようですね。スタック師匠いいですか。できるだけ甘い声でセリフを言うんですよ」
「私も覚悟を決めたわ。今夜で決着をつけてみせる!」
レーナは物陰に隠れ、スタックはドアの前でスタンバイする。そして、運命のドアが開けられた。
「おかえりなさいグレイスさまあ~、お食事とシャワーどちらになさいますかあ、それともワ・タ・シ、、、、」
「スタック部隊長、君はそんな格好で何をやっているのかね、、、、」
スタックの前にいたのはベッカーではなく、宰相ブラッドだった。しばし無言で見つめ合う二人。
「き、、、」
「き?」
「きゃああああああああああっ!」
スタックは悲鳴とともに、雷撃魔法を思いっきりブラッドにぶちかました。