第16話 令嬢、目をつけられる
「第一師団が敗走、、、イレムも討死にしただと、、、」
「はい、ハレス軍務卿様、レーナという名の女騎士と一騎打ちの末に、討ち取られた次第にございます」
「信じられん、、、我が王国最強の武将であるイレムが、女相手に不覚をとったなどと、、、」
ラングレー王国王都キシャム、その王城では軍務卿始め重臣たちが暗部の報告を聞いて呆然としていた。
絶対の自信を持っていた火縄銃、ロケット兵器、それを率いる猛将イレム、負ける要素なぞ無いと思って
いたのだが、それがあっさりと覆されてしまったからだ。
「銃と爆火矢ですが、魔導部隊の水攻撃により無力化されました。それからプリエール王国側に、これらの
弱点を知っていた者が存在していることが確認できました」
「それは誰だ、ベッカーなのか」
「いえ、、、イレム殿を倒したレーナが、魔導部隊に水をかけろと叫んでいたことが、部下により確認されています」
それには軍務卿たちも絶句してしまう。なぜ、一介の女騎士が他国の機密を知っているのかと、、、
「ふむ、、、そのレーナとやらの資料はあるか」
「はい陛下、こちらにございます」
ラングレー王国の暗部もなかなか優秀だ。レーナが自分達の脅威に成り得る存在だと見抜き、密かにその
身上を調査していたのである。
「聖女を害しようとして身分はく奪の上大公家追放、、、その後騎士団に入団か、何だかよくわからない
経歴だな」
資料を見たダミドも首をひねる。さすがの彼もレーナが前世記憶持ちだとは気づかなかったのだ。
「申し訳ございません。これ以上は我々にも調査ができませんでした」
「まあよい、それに魔王の首を獲るだと、、、くくっ、なかなか面白そうな女だな」
いかにも悪そうな笑顔のダミドに、軍務卿や重臣たちはあ~あ、、、てな表情だ。そして、彼にロックオン
されたレーナのことを、敵ながら気の毒に思うのであった・・・・
「では、これらの武器は地球世界に存在していたというのだな」
「はい、レーナの言葉を信じるならば、ですが、、、、」
一方、プリエール王国側でもラングレー王国の新兵器について検証が行われていた。今回の戦闘で王都
直轄騎士団は戦死者23名、負傷者38名を出してしまったのだ。ツーロンで最強の名を欲しいままにして
いた王国の剣が揺らいだことに、彼らは大きなショックを受けているのだ。
「それでレーナよ。この兵器は”火縄銃”というのか」
「はい、射程距離は約200m、我らの鎧を撃ちぬく威力を持っています」
この検証会議にはレーナも呼ばれていた。彼女はラングレー軍の残した兵器について国王カルスや宰相
ブラッドに説明していく。
「この火薬の燃焼効果を利用して、鉛の玉を飛ばす兵器です。こちらは火薬を詰めた筒を飛ばし、爆発
させて敵を殺傷する、地球ではロケットと呼ばれていたものです」
「それは、我が国でも作れる兵器なのか」
「はい、可能です」
プリエール王国も本格的に、火薬兵器の開発を検討することとなった。レーナの説明を聞いていたブラッド
がため息交じりに話す。
「地球という世界では、このような武器で戦をしているのか。戦場はさぞかし悲惨なものなのだろうな、、、」
「いえ、、、、地球ではこれらの兵器はすでに”骨董品”の扱いです。これらを更に強力にした兵器で戦争
を行っています」
レーナは機関銃や大砲、長距離ミサイルなどについてわかりやすく説明していく。聞いている内に出席者
の面々は無言になってしまった。あまりにも彼らの戦争の常識と、かけ離れていたからだ。
「レーナよ、ラングレー王国はその機関銃とやらを開発できると思うか」
「いえ、地球世界でも火縄銃から機関銃の開発まで数百年は要しました。少なくとも10年や20年で開発
できることはないでしょう」
その言葉に出席者は皆一様にほっとした表情だ。しかし、こうして国同士の火薬兵器開発競争が始まった
ツーロンでも、いずれは現代地球のような兵器が登場することであろう。
「今回、我が軍にとって幸運だったことは、ラングレー軍がまだこれらの兵器の戦術を確立させていなかった
ことでしょう」
レーナは、織田信長が戦国時代最強と謳われた武田の騎馬軍団を、火縄銃の三段撃ちで破った事例などを
話す。
「もしこの戦法を採られたら、我が軍は全滅していたかもしれません」
ラングレー王国もバカではない。いずれ火縄銃やロケットの弱点をカバーした戦術を編み出すことだろう。
危機感を抱いたブラッド達は、それに対抗すべく同じ火薬兵器や戦術の開発に乗り出すことを決定した。
「ふーんそうなの、ウチもあの兵器を開発することにしたんだあ、、、」
「ええ、子供でも歴戦の騎士を倒せる兵器ですからね」
魔導部隊の訓練場で、スタックに魔法を教わっているレーナは休憩時間にそんな話をしていた。
「それが出来たら、私ら魔導師も用済みなのかなあ、、、」
そう言ってスタックが嘆息する。魔導障壁をも打ち破る火薬兵器の威力を目の当りにした彼女は、相当
ショックを受けていたのだ。
「レーナちゃんも、私に魔法習うよりもそっちの訓練した方がいいんじゃないの」
「いえ、自分はアレはあまり好かないので、、、剣や魔法で戦うことを選びますよ」
「そう、そうよね! 私もあんなオモチャなんかよりももっと強力な魔法を開発してみせるわよ」
レーナの言葉に無邪気に喜ぶスタック、だが彼女は知らない、レーナが前世、銃を撃つとなぜか弾が後ろに
飛ぶという訳のわからない呪いにかかっていたことを・・・・
「う~ん、、、なかなか発動しないわねえ、、、」
「すみません、せっかく時間を頂いているのに・・・・」
「まあいいわよ。焦らずに練習していきましょう」
練習を再開した二人だが、レーナの魔法は未だ発動するまでに至らなかった。そんな時、練習場にぞろぞろ
と宰相ブラッド始め騎士団長のベッカーら数名が入ってきた。
「スタック部隊長、すまんが少しの間訓練場を貸してくれないか」
「は、はい、グレイス様の頼みならばなんでも! もしよければ私の体も貸しちゃいますですう!」
相変わらずなスタックに苦笑しながら、一行はなにやらゴソゴソと準備を始めた。
「グレイス様、これは、、、、」
「ああ、ラングレー軍から鹵獲した火縄銃だよ。今日はこの試射をしようと思ってね」
そうして、50m先に騎士団が使用している鎧を的に置いた。ベッカーはふと、この場にレーナもいることに
気がつき声をかける。
「そうだ、レーナ君これの試射を頼めるか」
「えっ、自分がですか、、、、」
「確か前世で銃を撃った経験があるのだろう」
「まあ、少しは、、、」
渋るレーナだったが、スタックからも”レーナちゃん、グレイス様の頼みが聞けないの”などと半目で睨まれ、
やむを得ず試射を引き受けることにしたのだった。
”まあ、前世のことだし大丈夫だろう”
レーナはそう自分に言い聞かせ、銃口を鎧に向けて引き金を引いた。
”ちゅいーん!”
銃弾はなぜか、後ろに立っている宰相ブラッドの頭をかすめていった。彼の髪の毛が数本はらりと落ちる。
「レーナ君、火縄銃というのは後ろにいる敵を攻撃するものなのか、、、」
「い、いやそうではないのですが、、、おかしいな、もう一度、、、」
次に撃った弾は跳弾となって、ブラッドやベッカー、スタック達の体をかすめていく。もう彼らは顔面蒼白、
生きた心地もしなかった。
「くっ、ならばもう一度、、、」
「いや、いい、、、君に頼んだ私が悪かったよ・・・・」
さすがのベッカーも、これ以上レーナに火縄銃を撃たせるのは危険すぎると判断した。レーナは思わず
orz姿勢になってしまう。前世の記憶とともに、呪いも引き継がれたようだ。
「はあ、、、レーナちゃん剣はすごいのに、飛び道具はダメなのね」
「弓矢なら多少はマシなのですが、、、、こうなったら、何としても魔法をモノにしなければ!」
レーナがそう決意した瞬間、奇跡が起きた。あのマナを感じる感覚が戻ってきたのだ。
「おっ、これなら!」
「レーナちゃん、すごいじゃない。魔法発動できるようになったの」
だが、これが新たな悲劇の始まりになろうとは、神ですら予想できなかったであろう。
「よしっ! ファイヤランスが使えるぞ!」
「ちょ、ちょっとレーナちゃん、それ威力大きすぎるわよ! ひいっ!」
”ちゅどーんっ! がらがらがらっ!”
スタックが慌てて止めるも遅かった。地球世界の第三世代MBTをも破壊する威力のファイヤランスが、
屋内の訓練場で炸裂したのだ。爆発音とともに崩壊する訓練場、ブラッドたちは瓦礫の中からゲホゲホ
むせながら這い出てくる。全員真っ黒に煤け、髪の毛はチリチリの状態だ。一方、レーナは反対側から
そろーっとばっくれようとしたのだが、そんな彼女の両肩をガシっと掴む者がいた。絶対零度の冷気を
漂わせるブラッドである。
「レーナ君、、、君は私達を殺す気だったのかね、、、、」
「ひっ、ひいっ!」
ほどなくして、煤けたままのブラッドたちと爆発音を聞いて何事かと駆けつけたルミダス率いる第一部隊の
前で、見事な土下座を決めるレーナの姿があった。
「このたびは、真に申し訳なく、、、、」
「一瞬、またラングレー軍が攻めてきたのかと思ったぜ。全く人騒がせな」
「ルミダス隊長、人騒がせどころじゃないわよ! 本当に死ぬかと思ったわよ!」
「まあ、、、先の戦闘での功績もあるから、今回は特別に不問としよう。だが、次はないぞ」
「は、ははあー、、、温情ある沙汰ありがとうございますです、、、、」
ちなみにこの件で、レーナに与えられる予定だった報奨金は訓練場の再建費用に充てられることとなった。
もちろん騎士団の給金も、当分の間4割減の懲戒処分を受けてしまったのだ。
「レーナお姉さま、スカポンタンなところも前世から引き継いでしまったのですね・・・・」
後でこの件を耳にしたエリスは、王城の窓から悲しいほどに青い空を眺め、そう呟いたという・・・・