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第15話 令嬢、反撃する


「師団長殿! 第一斉射は魔導障壁に全て防がれました!」


「距離をつめて攻撃いたしますか」


銃弾を全てスタック率いる魔導部隊の障壁に防がれたラングレー王国軍、焦る部下がイレムに指示を乞う。

しかし彼は、冷静に次の一手を打つのであった。


「いや、近づけば攻撃魔法の餌食になるぞ。爆火矢を全て打ちこむんだ」


「しかしあれは、我が軍の最高機密では、、、、」


「出し惜しみして勝てる相手ではない。向こうが銃撃に驚いている間に、早く発射しろ」


「はっ、了解いたしました!」


イレムの指示で前線に出されたもの、、、それは発射台にずらりと並べられた筒に長い棒を取り付けた物体、

ロケット花火を大きくしたようなものであった。


地球世界でも、火薬の発明とともに同様の兵器が各地で使用されていた。18世紀にインドに侵攻した

イギリス軍は、インド軍のロケット兵器により苦戦を強いられた。1発のロケットで3人の戦死者と4人の

重傷者を出した記録もある。この威力を認識した欧州列強は競ってロケット兵器を改良し、ナポレオン

戦争などで大量に使用された。決して原始的な玩具ではない。強大な威力を持った”兵器”なのだ。


「よし、撃ていっ!」


イレムの命令と同時に、数十発のロケット、、、彼らが爆火矢と呼ぶ飛翔体が障壁に着弾する。


「なんて威力なの! 障壁が破られる!」


”パリン”というガラスが割れるような音とともに、障壁が破られる。スタックだけではない。誰もが初めて

経験する火薬兵器の威力に呆然としてしまう。


「みんな伏せろ! 銃撃がくるぞ!」


レーナがそう叫ぶも遅かった。火縄銃の一斉射撃を受け、騎士団や領軍にも少なからず被害が出てしまう。


「レーナ、ありゃなんだ、鎧も貫くとは」


「なんて魔導なの、、、まさかラングレー王国があんな魔導師を大量に揃えているなんて、、、」


スタックが驚くのも無理はない。これまでラングレー王国にはロクな魔導師は存在していなかったのだから。

彼らはプリエール王国に比べ圧倒的に劣っていた魔導の力を、”技術”の開発によって追いつこうとして

いたのである。


「詳しいことは後で、スタック部隊長、敵に水をぶっかけることはできますか」


「み、水、、、、できるけどそんなのが効果あるの」


「あれは火が点かなければ発射できません。早く水をかけてください!」


「わかったわ、1分間だけ待ってちょうだい!」


スタックたち魔導部隊がマナを練り始める。だが戦場は常に非情だ。それより早くラングレー軍は一斉射撃

の体勢に入った。


「ちっ、やむをえん、いくか!」


レーナが時間稼ぎに飛び出そうとしたその時、彼女より一足早くラングレー軍に向けて突撃する騎士が

現れた。


「ば、バカもんが、ルカ、戻れえええええっ!」


「うおおおおおおおっ!」


その騎士は、先ほどレーナに危ういところを救われたルカだった。彼はレーナの制止も聞かず、敵軍に

向かって剣を振りかざし突撃する。そして、ラングレー軍の一斉射撃がルカを襲った。


「ルカあああああっ!」


「バカっ、レーナてめえも死にたいのかっ!」


倒れるルカを見て飛び出そうとしたレーナを、ルミダスは力づくで押さえつけた。その時、スタック率いる

魔導部隊の準備が完了したのである。


「よしっ! ずぶ濡れにしてやるのよっ!」


スタックの号令と同時に、ラングレー軍にゲリラ豪雨のような大量の水が襲いかかる。


「な、なんだこの水は!」


「火縄が点かないぞ!」


彼らのアドバンテージは、これで失われたのだった。


「師団長、火銃も爆火矢も濡れて使用不可能です!」


「そうか、、、相手にもこれの弱点を知っている者がいたか。よし、全軍撤収だ」


「えっ、逃げるのですか」


「斬り合いでプリエールに勝てるか。このイレムが殿(しんがり)をつとめる。貴様らも命が惜しくばさっさと撤収しろ!」


「は、はい、かしこまりました」


だが、彼らが撤収するより早く、レーナ達はラングレー軍の陣地に突入した。


「おらおらあっ! さっきはよくも好き勝手してくれたなあっ!」


「ぐわっ!」 


ルミダスの剛剣にたちまち数人の敵兵が躯と化す。


「うわあ! なんだこの女!」


「ば、化け物、、、いや、悪鬼か死神だっ!」


修羅の形相と化したレーナも、ラングレー軍の兵士を斬って斬って斬りまくる。全身に返り血を浴びて髪を

振り乱しながら闘うその姿を見た敵兵は、次の瞬間その意識を絶たれていた。


「さすがは王都直轄騎士団だな。女でもここまでの使い手がいるとは」


「貴様は、、、」


「ラングレー王国第一師団長イレム、これ以上貴重な兵を死なすわけにはいかぬのでな」


イレムは味方を逃がすために、死を覚悟で殿を買って出たのだった。


「そなた、火縄銃は使わぬのか」


「ああ、あれか、、、実はあんまり好みじゃなくてなあ。本当はこっちの方がいいんだよ」


そう言いながら剣を構えるイレム、レーナも彼がかなりの強者であることを理解した。


「そうか、敵でなくば、共に魔王に立ち向かえたものを、、、」


「ははは、君が言うと本気に聞こえるぞ」


最初に仕掛けたのはレーナだ。得意の剣先を揺らす技でイレムを誘う。だが彼も歴戦の剣士だ。

容易には誘いに乗ってこない。


「ふむ、この私にそんな小手先の技は通じないぞ」


「くっ!」


レーナの首を狙った剣を、彼女はかろうじてかわす。そして改めて間合いをとった。


「いいねえ、、、実にいい、”最後”にこんな剣士と立ち合えるとはなあ」


「イレムと言ったな、どうだ、プリエール王国に来ぬか」


「お嬢さん、、、なぜそんなことを言う」


「ともに鍛錬し、魔王の首獲りに行こうではないか」


レーナの言葉を聞いたイレムは一瞬あぜんとし、そして微笑んだ。


「それは実に魅力的な提案だな。私も一瞬その気になってしまったよ、、、だがな、建国以来代々王国の

剣と盾になってきた我が一族の長である自分が、そう簡単に鞍替えする訳にはいかぬのだよ」


「そうか、では仕方あるまい」


イレムにも背負っているものがある。そう理解したレーナはすっと剣を構える。そして、同時に二人の体が

交差した。


「う、ぐうっ、、、」


地面に倒れ伏したのはイレムだった。ほんの一瞬早く、レーナの剣が彼の胴を斬り裂いたのだ。


「見事だお嬢さん、、、できれな最後に名前を教えてはくれないか、、、」


「レーナという名だ」


「そうか、、、はは、、最後に君のような剣士と立ち合えて、楽しかったよ、、、」


その言葉を最後にイレムは息を引き取った。その死に顔は師団長ならではの様々なしがらみから解放され、

最高の剣士と立ち合えた満足感に満たされたものだった、、、、


「ルカ! しっかりしろ!」


「姉御、すごいです、、、あのラングレーいちのイレムに勝てるなんて、、、ぐふっ、、、」


「もうすぐ治癒術師もくるぞ。傷を治してまた鍛錬しようではないか」


イレムを屠ったレーナは瀕死のルカの元に駆けつけた。だが、何発もの銃弾をその身に受けた彼の、命の

灯はもうすぐ消えようとしていたのだ。


「姉御、一緒に魔王の首獲りに行けなくて、申し訳ないっす、、、」


「ルカ、、、」


その言葉を最後に、彼は息を引き取った。仲間の舎弟たちも皆涙を流している。レーナは手を合わせ瞑目し、

彼を見送った。この日ラングレー王国第一師団は二千の兵力の4割と師団長のイレムを失い敗走した。

一方、プリエール王国は精鋭王都直轄騎士団から創立以来初の五十数人の戦死傷者を出してしまった。

その結果に驚愕した王国府は、ラングレー王国の火薬兵器への対応を急いで講じることになったのである。


※参考書籍

 人間は何をつくってきたか 交通博物館の世界5 ロケット(日本放送出版協会刊行)


文中に出したロケット兵器ですが、19世紀半ばに大砲の性能が飛躍的に向上するまでは、

主力兵器として使用されたそうです。

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