第13話 令嬢、教えを乞う
「野郎ども! ここを抜けば金も女も酒も思いのままだぞ!」
「ヒャッハアアアアッ!」
「殺せっ! 殺せええええっ!」
テオドル辺境伯領都アルシでは、野盗の集団が総攻撃をかけていた。
「門を抜かせるな! 矢を浴びせかけろ!」
「うわあっ!」 「ぎゃあっ!」
しかし、領都警備隊も必死の防戦を行っていた。野盗の群れに矢の雨を降らせ、それを免れて城壁に
取りついた者には油がかけられる。
「よし、火をつけろ!」
「ぐぎゃああああっ!」
「熱じいいいいいいっ!」
火だるまになり転げ落ちる野盗たち。更に戦っているのは警備隊だけではなかった。
「旦那の仇だよ! 思い知れ!」
「ぶげえっ!」
中年の女性が城壁をよじ登ろうとする野盗に石を落とす。彼女の夫は野盗に襲われた村で惨殺された
のだ。他にも戦える年齢の者は全員防衛戦に加わっていた。自分達の土地と生活を守るために。
「引け、引けえええっ!」
守りが固いと見た野盗側は、300人ほどの死体を残して撤収した。天幕の中で野盗を率いている者たち
が今後の方針を話し合っていた。
「残っている兵力は900名くらいです。士気を考えると、総攻撃は後1回が限度です」
「そうか、、、、援軍の足止めに回した者たちはどうなった」
「はい、わずか30分ほどで壊滅です。明日の早朝にはここにくるでしょう」
彼らは野盗の格好をしているが、その正体はラングレー王国の暗部に属する工作部隊だ。バラバラだった
野盗の集団を取りまとめ、テオドル辺境伯領に侵攻させた張本人である。
「本国からの指令です。野盗どもを援軍とぶつけ合わせろと、その隙に第一師団を投入するとのことです」
「よし、我々も適当なところで離脱するぞ」
ラングレー王国の企みは、着々と進んでいた。一方、領都アルシでは明日にも援軍到着との朗報に、皆
ほっとした表情だ。
「よし、援軍が到着したら我々も打って出る。野盗どもを挟み撃ちにするぞ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
彼らも王都直轄騎士団が最精鋭であることは知っている。皆、家族や友人知人を殺した野盗への復讐心を
胸に、戦意を高めていた。
「よし、ここで一時間休憩だ。この後は一気に突っ込むぞ。各自今の内に体力を回復させておけ」
ベッカー率いる救援部隊は、アルシの15km手前で休息をとっていた。夜明け前に野盗を急襲し、殲滅する
作戦をたてていたのである。
「スタック部隊長、魔導部隊は野盗が寝起きしている所に攻撃魔法を撃ちこんでくれ。混乱している隙に
我々が斬り込むからな」
「ええ、グレイス様のためならこのリネイ、何でもしちゃうわよ~」
そう打ち合わせをしている二人の元に、レーナが近づいていく。
「なによアンタ、グレイス様に何か用なの!」
そうガルルと歯をむき出しにして、今にも噛みつきそうなスタック、レーナは苦笑して彼女に話しかける。
「いえ、別に団長に用があるわけではないのですが、、、、」
「ええっ! グレイス様に用が無いなんて、アンタ何様のつもり!」
いろいろと拗らしたアラサーは面倒くさいのである。レーナは増々苦笑いの表情になってしまった。
「自分はスタック部隊長にお願いがあってやって参りました」
「ふーん、、、私にお願いってなんなのかしら」
「はい、ぜひ自分に攻撃魔法のことを教えて頂きたいのです」
そう言ってレーナは一礼した。昼間の野盗への対応を見て、いろいろ残念なところはあるけれど、彼女が
優秀な魔導師であることを理解したのだ。
「アンタ、攻撃魔法を身に付けてどうするつもりなの」
「もちろん、魔王の首を獲る力をつけるためですよ」
あっさりと言うレーナに、さすがのスタックも目を見開いてしまう。
「アンタねえ、、、魔王がどんな存在か知っているの。人智を超えた脅威、並の軍隊では歯が立たない、
そんな存在なのよ」
「ええ、だからこそ力をつけたいのですよ。人智を超えた脅威、そんな者の首を獲る。実に滾るではあり
ませんか」
そう口角を上げ、不敵に笑うレーナに、スタックも彼女が本気だと理解した。
「はあ、、、どうやら本気のようね。いいわ、私もアンタみたいなの嫌いじゃないわ。この討伐が終わったら、
予定を調整しましょう。”レーナ”、だから、死ぬんじゃないわよ」
「はい、ありがとうございます」
初めて自分のことを名前で呼ぶスタックにレーナは再び一礼した。
「”リネイ君”、彼女は対魔王戦で重要な戦力になりうる存在だ。この私からもよろしく頼むよ」
「グ、グレイス様、、、今、私のことをなんて、、、」
「んっ、リネイ君と言ったのだが」
「グレイス様が初めて私の名前を! もう我が人生に一片の悔いもないわ!、、、、きゅ~、、、」
あまりの嬉しさにスタックは昇天してしまった。そんな彼女をレーナとベッカーは苦笑しながらながめていた。
それにしても、拗らせアラサーをその気にさせるツボをよく心得ている団長であった。
「全軍停止、ここからは物音を立てぬよう徹底させろ」
「はい、団長」
アルシの5km手前で、救援部隊は一旦停止した。先行させた斥候が戻って敵位置の報告をする。
「ふむ、少数の見張りはいるが全員熟睡しているか、、、、よし、このまま永遠に熟睡してもらうとするか。
スタッグ部隊長、魔導部隊はありったけの攻撃魔法を撃ち込んだら一時下がってくれ。領軍と挟み撃ち
にするぞ」
「はいベッカー団長、まかせてください」
「ルミダス隊長、領軍と攻撃時間は合わせているか」
「魔信にて打ち合わせ済みです」
最終のブリーフィングで、ベッカーはスタックやルミダスと野盗殲滅のための打ち合わせを行っていた。
スタックも残念拗らせアラサーから、優秀な部隊長モードに切り替わっている。彼らは、敵陣の200m
手前から攻撃魔法を撃ち込み、それを合図に領都軍と挟み撃ちにする作戦を立てていた。
「うう~、、、飲み過ぎちまったな、、、、」
野盗の天幕から、一人の男が尿意をもよおして起きだしてきた。彼は見張りに手を挙げてあいさつをして
から、茂みの中へと入っていく。
「やれやれ、アルシのやつらしぶてえなあ、、、こちらもだいぶ殺されちまったし、そろそろばっくれ、、、」
彼の意識はそこで暗転した。暗闇から何者かの手が伸びて、その首をひねったのだ。
「隊長、無力化完了です」
「おう、しかしレーナすごいな、声一つ立てなかったぜ、、、、」
「ええ、前世このような訓練も受けておりましたので」
野盗を密かに始末したのはレーナだった。暗部の手練れのようなその手管に、ルミダスはもちろんベッカー
やスタックも息を飲んでしまう。
「よし、スタック部隊長、魔導部隊に攻撃を指示してくれ」
「はい団長、各自割り当てられた目標に向かって、これより30秒後に攻撃を開始せよ」
きっかり30秒後、各々(おのおの)が得意とする攻撃魔法が野盗の陣地で炸裂する。
「うわあっ!」 「敵だ! 敵が攻めてきたぞ!」
それを合図に、ベッカー率いる騎士団と領都軍が総攻撃を開始した。故国を踏みにじり、大事な人達を
無慈悲にも奪っていった野盗どもに、復讐の刃が振り降ろされる時がきたのだ。