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98 望まぬ人気者

感想いただきましてありがとうございます!

返信が遅くなってしまい申し訳ありません。

 ガラスを通して差し込んでくる陽光。じんわりと肌を通して伝わってくる熱が心地良い。


 慌ただしい教室内で、楓は窓から外をぼーっと眺めていた。こんな日はあずみの授業が延々と続けばいい、などと勝手な事を考えてしまう。近付いてくる睡魔は、今日に限っては歓迎する訳にもいかないようだ。


 クラスの女子連中の着せ替え人形になった楓は、思っていたよりはきっちりとした燕尾服に身を包んでいる。余計な脂肪など一切ない楓の身体は、燕尾服を着用した事により、スタイルの良さが一層際立っていた。


 髪は陽にセットしてもらった。当初はオールバックにしようとしていたが、さすがにそこまではやりたくなかったため、軽く形を整えて流す程度に抑えてもらった。


「動きにくいな。糞みたいな服だな燕尾服ってやつは」

「ま、そう言うなよ! 凄く似合ってるよ楓は!」

「知るかよ。そんなのはおまえだけでいいだろ。チャラいんだから、こんな催しはおまえの独壇場だろ?」

「うーん……執事姿ならぶっちぎりで楓が一番だと思うよ。視線感じるだろ?」


 クラスの連中は、男女関係なく楓のその姿に目を奪われてしまう。存在感が異常で、ただそこに立っているだけで見惚れてしまうレベルだ。


 いや、一人だけ見惚れていない女子はいた。


「ははは! 燕尾服って!! あんたには似合わなすぎでしょ!!」

「ほっとけクソが。俺だって脱ぎてえよこんな服」

「それはダメねー、夕月ちゃんも後で写真撮りたいって言ってたし」

「また面倒な事を」

「彼氏なら諦めなさい」

「……」


 登校中気になっていたのだ。夕月の華奢な体躯にはおおよそ似つかわしくない、そんなゴツめの一眼レフのカメラを首から提げていた。さすがに貰い物のカメラらしいが、カメラに詳しくはない楓から見ても、相当立派な物に見えた。


 写メなどと生易しいものではない。夕月は本気だ。本気で楓の晴れ姿を写真に収めようとしている。


 考えると憂鬱になるのも仕方ないだろう。


 だが、スキップする勢いでニッコニコの夕月の姿に、「写真は撮るな」などと無粋な事は言えそうにもなかった。


『……任せて』

『お、おう』


「頼んでないが」と言いたくなったが、その言葉もぐっと堪えて飲み込んだ。


 とはいえ、撮影会は先の話だ。とりあえずクラスの喫茶店の手伝いをしなければならない。楓はウェイターだ。希望としては裏方でサボっていたかったのだが、クラスの連中はそれを全力で拒んだ。


 あまりの勢いに、「わかった」と返事をするしかなかったので、陽や他の連中と共にウェイターとして働く事になった。


 男子は燕尾服を。女子はメイド衣装を。


 コスプレ喫茶という名前通りだ。皆が各々それぞれの衣装に身を包んでいる。


「あ、あの」

「なんだ?」


 クラスの女子グループが話し掛けてきた。手に持ったスマホは既にカメラが起動しており、さすがの楓でも何が言いたいのか理解できてしまう。


「悪い。この姿あまり好きじゃねえんだ。他当たってくれ、おすすめはこいつだ」


 隣の陽の背中を押して前に出す。


「陽くんじゃなくて、私達は神代くんがいいんだけど……」

「後で集合写真みたいなの撮るんだろ? それで勘弁してくれ。撮られるのは夕月だけで腹一杯だ」

「あぁ、彼女さんかぁ……じゃあ仕方ないね! ごめんね!」

「俺ならいくらでも一緒に撮るよ!」


 陽はわざとらしく女子グループの中に入ると、「はい撮ってー!」などと話を進めていく。もともと人気者なので、女子達も大歓迎のようだった。その様子を見た響は若干機嫌が悪そうだったが――。


 どうも居心地が悪いので、仕方なく響と会話して時間を潰す事にした。


「いいのか、あれ」

「むかつくけど仕方ないでしょ。陽はモテるからね」

「俺としては助かるけどな。あいつが色々引きつけてくれて。ゴキブリホ○イ○イみたいなもんか」

「ゴキブリって……酷いわね」

「冗談だ。さすがにゴキブリとは思ってねえよ」


「わかってるわよ」と響は小さく笑っている。楓と響の様子を見ていたクラスメイト達は、少し驚いたように二人を見つめていた。


 楓と響は、どちらも身長が高めでスタイルも抜群だ。そんな二人が衣装を纏って会話しているだけ――。本人達には何気ないやり取りだろうが、周りから見るとベストカップルにしか見えない光景だった。陽でさえ唖然としながら眺めている。


 すると、委員長の泉が会話に混ざってきた。


「お二人さん凄くお似合いね。夫婦みたいよ」

「「は!?」」

「悪い冗談はやめろよ委員長、こいつが相手とか死んでも無理だ。いや、死んだほうがマシだ」

「こっちのセリフよ!! 楓が相手とか鳥肌立つわ!!」

「ふふ、喧嘩するほど仲がいいって事ね」

「「違う!!」」


「冗談はこれぐらいにして」と泉は本題を話し始める。どうやら最初から楓に用があったらしい。


「神代くん」

「なんだ?」

「今日は学校外からたくさんの人が来るわ」

「そうだな」

「あなたはおそらく一番人気の執事になるでしょう」

「知るかよ、んな事」

「そう、その態度でいいの。丁寧な接客なんてあなたには期待していないわ。普段通りにぶっきらぼうに対応して。その姿ならむしろそれが人気出ると思う」

「そうか。普段通りでいいから助かる。適当にあしらっておけばいいんだな?」


「えぇそうよ」と泉は笑った。予想外の内容だったので、楓も少しだけ面食らってしまう。ジムの連中や結も来ると言っていたので、楓にとっては好都合だ。笑われるのは服装だけで勘弁してほしかった。


 時間が空けば幹達も来ると言っていたが、できれば来ないでほしいと切に願う。


(早く終わらねえかな文化祭)


 おそらくは学校内で一番テンションの低い男は、今日一番の大きな溜息をついた。





 ◇ ◇ ◇





 コスプレ喫茶は大好評だった。


 他校の生徒や近隣住民、そして生徒の親など、様々な客層で賑わっている。


 泉の予想通り楓は大人気で、「一緒に写真撮って!」と言われる事もしばしば。だがその全てをバッサリと断る。


「えー! 一枚ぐらいいいじゃないですかぁ!」

「断る。早く注文してくれ」

「お兄さんのスマイルを!」

「んなものねえよ。早く注文しろ」

「うわー! オレ様系かぁ! ありだね!!」


 こんなやり取りばかりである。冷たく接しているのだが、客はなぜか大喜びで楓を指定してくる。その心情が全く理解できない。


 ちなみに、他のウェイター&ウェイトレスも好評だった。特に陽と響は別格だったようで、たくさんの客に囲まれていた。響も基本的に外面はいい方なので、男性客のウケも良く、無難な対応をしていたようだった。


「そこの店員さん。注文いいですか?」


 またもや指名されたようで、怠そうな態度を隠そうともせずに近付いていく。


「よう。コーヒーか?」

「せめてメニューぐらいください」

「あぁ、そうだったな。ほらこれ」

「ありがとうございます。燕尾服……無駄に似合ってますね」

「ほっとけ」

「ではコーヒーを一つお願いします」

「……やっぱりメニュー必要ねえじゃねえか」


 一人で来店した結は、綺麗な姿勢で椅子に座っており、やはり楓を指名した。背筋をピンと伸ばした様子は美しいの一言で、育ちの良さがそのまま表れているようだ。


 周囲の目を惹くのも当たり前と言えた。


 他の男性客が結にナンパを始めている。見境いなしにこういった行動をする輩は、どこにでも一定数存在するようで、クラスメイトの面々も困ったように結のテーブルを見つめている。


(ゴミ連中に絡まれてんのか。仕方ない奴だな)


 楓が助け舟を出そうとしたその時だった――。






「ねぇ君達、その人から離れてくれるかな? 一応僕の身内なんだよね。ブサイクな顔が更にブサイクになっちゃったら困るでしょ? 有象無象は消えてくれるかな?」


 薄ら笑いを浮かべながら、その男は結の対面の椅子に腰掛けた。


「や、久しぶりだね。楓くん。それと……姉さん」

「慧……」


 久しぶりに見た駿河慧の姿がそこにあった。



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