96 贈り物
身長は160㎝前後だろうか、青柳凪という女子生徒は、夕月が男役として選んだのも納得してしまう見た目を有していた。
整った顔立ちだ。特に切れ長の目が印象強く、中性より少々男寄りと言えばいいだろうか。某歌劇団にいてもおかしくない容姿である。容姿だけではなくその声色も特徴的で、少し掠れたハスキーな声は、男と言われると納得してしまう。
今日は男装しているという事もあり、楓の目にもほぼ完璧な美男子として映っていた。
各々昼食をとった後は、デザートや飲み物を口に運びながら会話を続ける。
「それにしてもおまえ、かなり美形だな。陽よりイケメンだぞ」
「そんな! 恐れ多いです! それを言うなら神代さんは……」
凪は頬を赤らめて、もじもじしながら楓の顔を見る。だが、目が合った途端に露骨に視線を外されてしまった。
「どうした、熱でもあんのか? 夕月に引っ張り回されて疲れたか?」
相変わらず楓の隣で密着したまま座っている夕月は、バシバシと楓の腕を叩いている。
「神代さんは……本当にカッコいいですね。少しだけ夕月さんが羨ましくなりました」
面と向かっていきなり容姿を褒められるとは思っていなかった。とはいえ、今日の凪は完全に男にしか見えない。そんな相手から「カッコいい」と言われても複雑な心境になってしまう。
「俺にそっちの趣味はないぞ」
「ぼ、僕は女です!!」
「冗談だ」などと凪と会話をしている間も、夕月の「構って! 構って!」攻撃は続いている。いくら叩いても全く相手にされないので、ついには顔を指でつついてきた。流石に邪魔になってきたので――。
「おい、やめろ」
「……」
「無言で攻撃するのをやめろ」
「……」
一向に攻撃が止む気配がなかったため、夕月のほっぺを両手で摘むと、左右へと伸ばす。
「やめろ」
「……いひゃい」
「そうか」
「……ふへへ」
両手を離すと、夕月はどこか嬉しそうにふにゃりと蕩けた表情を作る。そんな二人の様子を見ていられなくなったのか、凪は顔を真っ赤にしてあわあわとしている。結はというと、流石に余裕があるようで、コーヒーを口に運びながら静かに微笑んでいる。
いつの間にか目立った空間になってしまった。考えてみるとそれも当たり前の話で、周囲からはイケメン二人と美女二人に見えている訳であり、注目を集めるのも無理のない事であった。
煩わしい視線が増えてきたところで、楓は手元のコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がる。
「邪魔な視線も増えてきたな。そろそろ行くぞ」
「そうですね。夕月さんも青柳さんも行きましょう」
「……うん」
「はい、そうですね!」
四人揃って店を出たところで、凪は思い出したように結に話し掛けた。
「そういえば、えーと……」
「失礼しました。そういえば自己紹介がまだでしたね。駿河結と申します。呼び方は結で結構です」
「は、はい! 結さんですね! 僕の事も凪って呼んでください。駿河……ですか。神代さんと一緒にいますし、もしかして」
「慧も随分と有名になっているんですね。そうです。私は慧の姉です。そして神代くんのトレーナー兼愛人です」
「あ、あああ、愛人!?」
「おい、あまりいじめるなよ?」
「ふふ、あまりに純情そうだったので」
凪はどうやらいじられやすい性格のようだ。結はいいオモチャが見つかったようで、楽しそうに会話をしている。結がここまで楽しそうに話しているのは初めて見る。意外にも噛み合った二人なのかもしれない。
「……愛人……だと!」
「なんでおまえが真に受けてんだよ!」
夕月の頭を軽くポンと叩くと、恨めしそうな顔を向けてくる。身長差があるため、下から見上げてくる夕月の瞳は僅かに潤んで見えた。今日は少しいじめすぎたのかもしれない。
(何を心配してんだかこいつは)
「…………」
楓は少し間を置くと、夕月の耳元に顔を寄せていく。夕月にだけ聞こえるように耳打ちした。
「おまえ以外なんか興味ねぇよ。今も、これから先もずっとだ」
一言だけそう伝えると、時間差で理解が追いついたのか、夕月の顔はみるみるうちに桃色に染まっていく。
「……は……はわわ」
「なんだよ」
「……私も……大好き!!」
「お、おい! ボリューム抑えろ!」
「……楓?」
「なんだよ」
「……大好き!!」
「おい!!」
もうこうなってしまっては、TPOなど夕月には関係ない。目の前の楓しか見えていないのだ。「大好き!」と公開告白のような事を言いながら、楓に向かって突進してするように正面から抱きつく。両手をしっかりと背中に回し、これ以上ないぐらいに密着してくる。
「ふへへ」と不気味な声を発しながら、楓の胸に頬ずりしている。
突然の夕月の行動に「何事か!」と振り返った結と凪は、密着した楓と夕月の姿を見て、どこか呆れたように苦笑いしていた。
身体を通して夕月の体温が伝わってくる。まるで見せ物のように注目を集めてしまっているが、それでも夕月は離れそうにもない。
(ま、たまには俺が折れてやるか。本当に困った奴だ)
左手で夕月の頭を優しく撫でる。触れると一瞬だけビクッ! と反応していたが、すぐに借りてきた猫のように身を任せてきた。
結と凪に「先に行っててくれ」とジェスチャーすると、二人は笑顔で頷いて先を歩いて行った。
夕月が我に返るまでは五分ほど時間を要した。
◇ ◇ ◇
結局ダブルデート紛いのイベントは強制終了。頭の回転が早い結であるから、色々と察してくれただろう。
残り時間は夕月と二人で過ごす事となった。夕月はずっとニコニコしながら、これでもかと密着したままだ。非常に歩きづらいし周囲の視線も痛い。
だがあまりに嬉しそうにしているため、無下にするのも躊躇してしまう。隣の美少女は、そんな楓の心情などおかまいなしに、ひたすらに純粋な好意をぶつけてくる。
(あ、忘れる前に渡しとくか)
ポケットから取り出した小さな紙袋。雑貨屋で購入したものだ。
「夕月、ちょっと離れろ」
「……断る」
「いいから、離れろ!」
「……うぎぎぎ」
必死に抵抗する夕月を無理矢理引き剥がすと、強引に背後へと回った。都合のいい事に今日の夕月はポニーテールだった。
「動くなよ」と念押しすると紙袋から中身を取り出した。そして夕月の髪を留めている薄ピンク色のシュシュを取ると、さっき買ったそれで代わりに髪を纏めた。
「やっぱ白が似合うな」
シンプルな白いレースのシュシュ。思った通り夕月の綺麗な黒髪によく似合っている。贈り物をするような柄じゃないが、それでも雑貨屋で一目見た瞬間「あいつに似合いそうだ」と購入を決めた。
夕月はバッグから手鏡を取り出すと、何をされたのかすぐに確認する。楓からの贈り物だと気付いた瞬間、ぴょんぴょんしながら喜び始めた。
「……かわいい…………かわいい!」
「やるよ。たまにはな。気に入らなかったらしまっとけ」
「……楓の……ばか」
「あ?」
「……宝物に……決まってる……でしょ」
「気に入ったならよかったな。ま、あれだ……」
「よく似合ってる」と一言伝えると、楓はそっぽ向いたまま先に歩き出す。ぶっきらぼうな態度は、言うまでもなく照れ隠しだ。
夕月にとっては、楓のそんな態度が只々愛おしい。
ポニーテールを揺らしながら、夕月は楓に向かって駆けていく。背後からタックルするように全力で抱きついた。




