92 嫉妬
更新大変遅くなり申し訳ありません。
完結まで書ききるつもりでいますので、気長に見ていただけますと幸いです。
さて、楓は只今机に突っ伏したままの体勢である。これには訳があるわけで――。
事の発端は響の何気ない発言からだった。登校を終えた教室内、夕月は別クラスであるため、楓、陽、響、三人での会話である。
「あんたって最近さ、ダメな方向に慣れてきてない?」
「あ? いきなりなんだよ」
「夕月ちゃんの事よ!!」
「あー……確かに響の言う通りかもなぁ。なんか扱いが雑になってきてるっていうか」
妙に同調した二人に不信感を覚える。加えて楓にとっては突拍子もない内容であったため、自然と気の抜けた一言が溢れてしまう。
「は?」
楓本人は身に覚えがないため、ある意味楓の反応は正常というか、自然な事なのかもしれない。
――寝耳に水である。
楓としては、夕月への想いは一切色褪せていないし、向けている好意の大きさに変化はない。自惚れているつもりはないが、夕月も変わらず好いてくれていると感じている。
だが、当人達を客観的に見た場合、何やら感じるものがあったようで、それゆえに響が切り出してきた訳であった。
とはいえ、響は言うまでもなく夕月寄りであるので、陽が同調してしまっては楓は完全にアウェイである。
それでも、鉄メンタルの楓なら余裕でスルーかと思われたが――。
(…………)
(……………………まじか)
長考を経て少しだけ気持ちはブルーに。同時に罪悪感のようなものが胸に溜まるのを感じる。
そもそも、楓は色恋沙汰など無縁であったため、経験値は低いのだ。したがって対処法など思いつくはずもなかった。
「……なぁ陽」
「ん? なに?」
「俺はどうしたらいい?」
「うーん、それは俺に聞かないで自分で考えてみたら?」
「…………ちっ、使えねぇ」
「酷くない!? ねぇ酷くない!?」
眉を顰める楓を見て、思わず陽は叫ぶ。ちなみに響はというと、楓が悩んでいる姿を見てニヤニヤしている。
――上から目線のようなにやけ顔が実に気に入らない。
「おまえはなんでうれしそうにしてんだよ。頭おかしいのかゴリラ女」
「知らなーい! たまには悩みなさいよバーカ!」
「ぐっ! この女」
という一連の流れが朝一発目にあったため、授業中も楓はずっと考えていた。
真剣に考えていた、考えていたのだが――。
(神代……寝るのはいいと言った。確かに私はそう言った。だが派手に寝すぎだろう……。もう少し控えめにやらないか馬鹿者が)
五分後にはボクサーは夢の中へ。静かに寝息を立てている。
両腕を伸ばしたまま、机に突っ伏した楓の姿を見て、「後で指導が必要だな」とため息をつくあずみであった。
そんな楓の姿を見て、わなわなと怒りに震える者も一人。響は固く握った右拳を震わせながら楓を睨んでいた。
(はぁ!? あの男!! あんだけ煽ってやったのになんで寝てるわけ!? 信じられない!!)
勿論楓にその視線は届かない。むしろ、そんな響を見た陽がなぜか恐怖に震えていた。
(ひ、響怒りすぎだろ!! 休み時間やだなぁ……。どうせ俺も巻き込まれるんだろうなぁ。はぁ……トイレに逃げよう。そうしよう)
チャイムが鳴るのと同時に陽は立ち上がる。そして足早に教室を出ようとして――。残念ながら鬼から声が掛かる。
「待ちなさいよ。どこ行くのよあんた」
「ひっ!」
「楓に説教するから付き合いなさいよ。まさか……逃げようとしてたの?」
「ま、まままさか!! トイレ行こうかなーって」
「我慢しなさい」
「も、漏れるかなーって」
「我慢しなさい」
「も、漏らしちゃったらお嫁に行けないかなーって」
「私が貰ってあげるから心配ないわね。我慢しなさい」
「…………はい」
楓VS響の喧嘩に強制的に巻き込まれてしまう。両者の視線は共に鋭く、いっそ漏らしてしまいたいと落ち込む陽であった。
◇ ◇ ◇
前日夜の夕月、響の会話――。
「やっほー! どしたの夕月ちゃん! 電話とか珍しいね! デートのお誘い!?」
「……で……でーと? わ……私で……いいなら」
「やったーー!! じゃあ買い物行こう!!」
「……うん…………じゃなくて」
「じゃなくて?」
「……相談が」
「ん? えー! なになに!? 夕月ちゃんから頼られるとかそれだけで嬉しいんだけど!」
「……ありがとう……で……では」
――――――
「……なるほどねぇ。楓との関係に進展が欲しい、と」
「……うむ」
夕月としても、楓から好かれているのは感じている。大事にされているのもわかる。だが楓への想いは大きくなるばかり――。マンネリなどあり得ないぐらいの勢いなのだ。
一緒に出かけたり、楓の家で共に食事をしたり。恋人としてはむしろ一緒にいる時間は長い方なのだろう。
だが、夕月としては満足できない。もっとこう……イチャイチャラブラブしたいのだ。片時も離れたくないとすら思っている。
夕月自身も恋愛経験は乏しい。というか人生で初めて好きになった人が神代楓だった。そして最初が最後というのも確信している。
恵まれすぎた容姿を持っているが、中身はあくまで恋愛初心者。勢いのまま恋人をしているが、その心の内は自信などないし、不安も多々ある。
加えて、最近は楓も以前より周囲に対する態度が軟化した事もあり、自分以外の女子生徒と会話している光景が増えた。
楓に限って浮気などあり得ないし、誰よりも信用している。
信用している――。が、それでも。
「……もっと……好きになって……欲しい……の」
「……」
「……他の……女の子と……話してると……苦しく……なるの」
「え? 苦しく?」
「……ぎゅー……って……心臓を……掴まれる……みたいに…………痛い……の」
「変なのかな?」と問われた響は電話の向こうで机をバンバン叩きながら悶絶している。
聞こえてくるその様子に夕月は困惑する。
「……ひ……響ちゃん?」
「もーーーーー!!!! なにそれ!! えっ、なにこの可愛い生き物!!」
「……ふぇ?」
「楓が羨ましい、妬ましい、死んで欲しい」
「……死ぬのは……困る」
「ふふっ、冗談よ! なるほどねー、もっと好きになって欲しい、か……。よーし、じゃあちょっと楓を煽ってみようかな。もっとも、あいつに効果あるかは未知数なんだけど」
「――っ! お……お願い!」
「任せて任せてー! 夕月ちゃんはめっちゃ頑張ってるもんね!! あいつにももっと努力させるべきだし。ま! やるだけやってみるよ!」
「……ありがとう……響ちゃん…………大好き」
「は、破壊力がやばい!!」
「……え?」
「んーん、なんでもなーい! 私も大好きよ夕月ちゃん!」
◇ ◇ ◇
夕月からのお願いを承諾した響は、かつてない使命感に燃えている。楓と口論するのは日常茶飯事であるが、今回に限っては一切退くつもりはないのだ。
頭の硬すぎる楓の事だ。難しいのはわかっている。だが夕月の事であれば真剣に考えるだろうと思っていた。
「なのに、あんたはすやすや寝てるのね……。とりあえず殴っていい?」
「あ? やんのか?」
「まぁまぁ響、落ち着いて」
「引っ込んでなさいチャラ男」
「なんで俺トイレ引き止められたんですかねぇ!?」
泣く泣く傍観する陽であった。




