85 デートに向けて
いつも読んでいただきありがとうございます。
何時になるかは未定ですが、今日はもう一度更新いたします。
「えっと、楓? この方は?」
結とは初対面の陽は、楓の様子を伺いながら恐る恐る尋ねる。
今日の結は容姿をきっちりと整えており、薄く化粧もしているようだ。したがって、陽の目に映るのは若干歳上であろう美人の姿。
「浮気か!?」と耳打ちしてきたので、「アホか」と短く返す。
「俺のジムの新しいトレーナーだよ。優秀だぞ」
「はじめまして。駿河結と申します。神代くんのお友達の方でしょうか? 一週間前からここで働いています」
「え……駿河って」
「もしかして慧とは顔見知りなのでしょうか? だとすれば想像されている通りです。慧は私の弟にあたります」
「やっぱりそうでしたか。藍原陽です。楓の友達やってます」
「神代くんって友達いたんですね?」
「喧嘩売ってんのか?」
「冗談です」と真顔で返してきた結の表情は、とても冗談を言っている人のそれではない。
砕けた様子の二人を見て陽は笑顔を零す。楓の口調からも信頼に足る人物なのは伝わってくるのだろう。慧の姉と聞いた時は「楓の敵か?」とも思ったようだが、どうやらそうではないと理解したらしい。
それでもやはり気にはなるので、陽がこの質問をするのも当然と言える。
「えっと、駿河さんは楓の味方ですよね?」
「結でいいですよ。……そうですね。私は全面的に神代くんの味方です。理由は伏せさせていただきますが、神代くんが弟に勝てるようにサポートするつもりでいます」
「そ、そうですか!! それならいいんです!! 失礼しました!!」
「ふふっ、神代くんはいい友人がいるのですね」
安心したような陽の姿を見て、結はクスクスと笑っている。楓は何を言っていいかわからず押し黙る。
微妙な空気になってしまったのだが、店員らしく結が話し掛けてきた。
「それで、今日は神代くんの私服選びですか?」
「そうなんですよー! こいつって超可愛い彼女いるんですけど、着るものに無頓着でして。今日はデート用の服を調達しに来ました!」
「あぁ、小日向夕月さんでしたっけ? 怖いぐらいの美人さんでしたね」
「もう会ってましたか。エグいぐらいの美人ですね。楓には勿体なーー」
「余計な事言うな」と陽を軽く叩いた。軽く叩いたつもりなのだが、陽は後頭部を両手で抑えながらその場に蹲る。
「神代くん。気をつけてくださいね? ボクサーの拳は凶器ですから。……藍原さんだからよかったものの」
「大丈夫だ。陽以外は殴らねぇよ」
「それならいいです」
「なんか俺の扱いが決まってしまった気がする。結さんまで……」
結の中でも藍原陽という人間の格付けが済んだようだ。肩を落とした姿が痛々しい。
世間話をしているとキリがないため、早速本題に入る。
店内を見渡してみるものの、綺麗に陳列されている商品を見たところで、楓には正直なところさっぱりである。大人しく陽や結に任せておいたほうがよさそうだ。二人は楓を無視して何やら話している。
「身長あるしスタイルいいからーー」
「そうですね。シンプルなものでーー」
結は楓の全身を観察するように眺める。少ししてから「なるほど」と何やら取り出してきた。
持ってきたのはパープル系の七分袖のプルオーバーシャツ。小豆色を薄く明るくした感じだろうか、胸にポケットがついているぐらいで、シンプルのものである。
「神代くんはたくさん服を買ってもあまり着ないでしょう? なのでとりあえずこれだけでいいと思います。インナーで少し裾が出るぐらいの白のシャツでも着てください。下は以前買ったスキニーパンツがあるようなのでそれで」
「とりあえず着てみろよ楓」
「……わかった」
反論が思い浮かばない。ぐうの音も出ない正論を叩きつけられた楓は、黙って二人に従う。試着室で手早く着替えるとカーテンを開いた。
「楓、やっぱりおまえかっこいいわ。性格さえ変わればモテモテだぞ」
「知るかそんな事。そもそもモテるとか鬱陶しいだけじゃねぇか」
「いや……ちょっと予想外にカッコいいですね神代くん。正直びっくりしました。ただ、胸元が少し寂しいですね」
結はアクセサリーの棚から一つを手に取ると、「はいどうぞ」と手渡してくる。つけろという事のようだ。これまたシンプルなシルバーのネックレス。大きく主張する事のない控えめな印象である。
言われるがままに身につけたみたが、首にチェーンが触れるのは少々違和感を覚える。
「いいですね! 後は髪型さえセットすれば完璧です!」
「凄えな楓。これは夕月さんが喜びそうだ」
「ネックレス、これうざいな。邪魔なんだが」
「我慢しろ」
「我慢ですよ」
「……」
押し問答していても時間の無駄だと悟った楓は、試着したシャツとネックレスをレジへと持っていく。着せ替え人形になった時点で覚悟はしていた。この場では自分に拒否権はないと――。
レジで対応してくれた人物が店長のようで、口を挟まず静観していたようだ。
歳は三十代後半といったところか。顎にヒゲを生やし、長い頭髪は後ろで一本に縛っている。渋めで大人なイケメンといった印象を受ける。
「おっ! そのアクセ気に入ってくれたのかな?」
「そういうのは疎いのでよくわかりませんが、あまり主張していないデザインは好きです」
「ありがとうね、僕が作ったんだそれ。今回はおまけで安くしとくよ! 気に入ってくれたらまた買ってね!」
「ありがとうございます。助かります」
それほど高い買い物ではないが、なるべく出費は抑えておきたいので、店長の申し出は素直にありがたかった。
(服買うならここで買うか)
なんだかんだで店の雰囲気は嫌いでない。結が店員だからという事もあるが、店長も積極的には客に関わらない人物のようだ。押し売り紛いのチャラついた店員を相手にするより、遥かに気持ちが楽だ。
勿論相談したらアドバイスはくれるのだろう。それでも押し売りのような事はしない気がした。
会計を済ませると店長に見送られながら店を出る。ニコニコしながら「また来てねー」と手を振っていた。
「……いい店だな。服の事はわからねぇけど、静かで落ち着く」
「だろー!? 店長さんはイケメンだし、おまけに結さんまで来たら完璧だ!」
「私にそんな価値があるかはわかりませんが。店長の事は尊敬しています」
外まで見送りにきた結は、無表情のままそう口にした。
「まぁデート頑張ってください。ボクシングに支障が出ない程度に」
「わかってるよ。そもそも二人で遊びに行くのが久しぶりなぐらいだ」
「ありがとうございました」と綺麗なお辞儀をされてむず痒いものがあったが、「また何かあったら頼む」とだけ残し、楓と陽は帰路についた。
◇ ◇ ◇
デート当日の土曜日となった。
デートの日とはいえやる事は変わらない。いつもより早めに起きて、まだ薄暗い中でロードワークを済ませる。いつもと違うといえば、自転車に乗った夕月が隣にいない事だろうか。
夕月は相当楽しみにしていたようで、支度に時間がかかるらしくロードワークは欠席したらしい。
(何をそんなに準備するんだか)
身支度を済ませると夕月の家へと向かう。当初は楓の家まで来ると言っていたが、それは当然断った。色々な意味で心配が多すぎたため、結局は楓が夕月を迎えに行く事になった。
本日は雲一つない晴天なり。
屋内でのデートではあるが、澄んだ青色の空を見上げると自然と笑顔にもなる。
ーーめんどくせぇな。
癖のように口にしたその言葉。
今日はその言葉に説得力はない。
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