84 その女、稼ぐ
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
ようやく体調が落ち着きましたので、更新ペースを上げていきます。
じりじりと照りつける日光。
九月も半ばに差し掛かり、朝夕はそれなりに涼しくなってきた。とはいえ近年は残暑が厳しく、登校する時間帯になるとなかなかの暑さである。
隙あらば手を握ってこようとする夕月を適度に躱しつつ、二人はいつもの道を学校へと向かって歩いている。
前方を歩いていた陽、響とたまたま合流した。
「おっはよー!! 楓、夕月さん!!」
「おはよー夕月ちゃん。……ついでに楓も」
相変わらず元気の良すぎる陽の挨拶は、頭にガンガン響いて鬱陶しい。ボリュームを落とすように何度も言っているのだが、一向に改善される気配がないため、最近は楓も半ば諦めムードである。
「よう」
「……おはよう……ございます」
楓も夕月もいつものように挨拶を返す。すると陽は満足気に頷いている。
陽という名前は間違いなく《太陽》からきているのだろう。名前通りに成長したのか、それとも両親はこのように成長すると見越して、そう名付けたのだろうか。いずれにしろぴったりな名である。
「おまえの両親はエスパーだな」
「ん? 何が?」
「いやこっちの話だ。気にするな」
「なんだよ! 気になるなー!」
すっきりしない様子の陽をスルー。響と夕月は既に前方を歩いているので、後を追う形で楓と陽も歩き出した。
登校中の他の生徒達は、夕月や楓を見ても一瞬視線を送るだけで、以前のように凝視することも少なくなった。それもそのはずで、校内で見せびらかすように楓と夕月はくっつきながら歩いていたため、二人が恋人同士という事は広く周知されている。
おかげさまで、と言っていいのかは微妙なラインではあるが、少なくとも鬱陶しい視線の雨が減っただけでもありがたい事ではある。その点に関しては夕月に感謝しなければならないだろう。
手放しで褒めると延々とくっついてきそうなので、決して口には出さない訳ではあるが――。
そんな事を考えながら歩いていると、陽がニヤニヤしながら話し掛けてきた。イラッとする表情である。
「SNSとかでも話題になってるぞ。楓・夕月カップルの事」
「あ? 何の事だよ?」
「校内バカップル事件。べったりくっついて歩き回ってたらしいな」
「一方的に夕月がしがみついてただけだろうが。くだらねぇ」
「楓はそのつもりでも、周りで見てた人はそうじゃないって事だよ。夕月さんも策士だなぁ」
「……」
楓はスマホを持っていないため、SNSなど勿論知らない。裏でそのような情報が錯綜しているなど夢にも思わない。噂が広まるのは別に構わないのだが、好き勝手な事をネット上で書かれていると思うと、さすがにいい気はしない。
眉間に皺を寄せて不満気な表情を作る。隣の陽はそんな楓を見て苦笑いしている。「まぁまぁ」と背中を軽く叩いてきた。
「携帯電話なんて絶滅すればいい」
「……はは、楓らしいな。そんな事考えるのおまえぐらいだよ。むしろ依存してる人のが多いのに」
「脆弱だな。昔は携帯電話なんてなかっただろうが。それでも社会はきちんと回っていただろ? そういう事だ」
「ま、確かにその通りなんだけどさ」
楓がスマホを手にするのは当分先の事になりそうだ。それどころかこのまま一生持つ事はないかもしれない。
(あ、ついでだから今のうちに聞いておくか)
夕月が近くにいないのは好都合であった。デートに着ていく服について陽に相談するつもりだったため、端的に問い掛ける。
「なぁ陽」
「ん? どした?」
「服がない。頼む」
「……」
陽は顎に指を当てながら思考する。楓や夕月との会話は度々こういった連想ゲームとなるため、さすがの陽も慣れてきた様子であった。
考えが纏まったようで、若干呆れながら話し始める。
「夕月さんと久しぶりにデートする。で、着ていく服がないから俺に選んで欲しい。こう?」
「話が早くて助かる」
「俺だから通じるけどさ……他の人はさっぱりだと思うよ」
「別にいいだろ。こんな事頼むのおまえだけだ」
「はぁ……ほんと仕方ないなぁ。俺がいないと楓はダメだなぁ! 俺がいないと!!」
そう告げる陽の顔は、どこか嬉しそうにすら見える。
「おっけー! カッコよくしてやるよ! 夕月さんを驚かせてやる!」
「いや、普通の格好でいい。夕月の隣にいても恥ずかしくない程度で」
「どうせやるんなら極限まで頑張るのが俺のポリシーなんだ!」
「……初耳なんだが」
「いやー、素材がいいと気合いも違ってくるよなー!!」
やたらと気合いの入った陽の姿に楓は引き気味である。だが他に頼れる者も思いつかないため、結局は陽の着せ替え人形に甘んじる以外に選択肢はない。
既に何度か服を見繕ってもらっているが、どうも落ち着かないというかーー。慣れていないだけだとは思うのだが、鏡に映った自分の姿はしっくりこない。とはいえ、毎回夕月には好印象のようであるので、女子ウケのいい格好ではあるのだろう。
本音としてはジャージが楽でいいのだが……。それは夕月も陽も許しはしないのだろう。文化祭では燕尾服での執事姿も控えており、考えるだけでも億劫になる。
それでも、「夕月のためなら仕方ねぇな」と考えてしまうあたりが、徐々に毒されている証拠なのかもしれない。
私服選びに関しては、無理矢理頼めば響も協力してくれるだろうが、楓としてはそれだけはなんとしても避けたいのだ。ニヤニヤしている姿が簡単に思い浮かび、「それだけはないな」と選択肢から除外する。
結局は陽の好きにさせるしかないのだ。観念したように目を伏せる。
「ほどほどに頼む」
懇願のようなその言葉は、残念ながら陽には届いていない。「トップスはアレでーー」などと既にシミュレーションを始めているようだ。楽しそうに考えている姿とは対照的に、楓は顔を強張らせたまま口を紡いだ。
◇ ◇ ◇
放課後となった。
文化祭の準備は早々に切り上げ、楓と陽はすぐさま服選びへと街に繰り出す。「善は急げだ!」という謎理論を展開された。「これは善なのか?」と感じた楓であったが、ここは大人しく黙っていた。
ちなみに夕月は自分のクラスの準備があるらしく、今日は別行動である。
「あんた達もう帰るの?」
「あぁ、ちょっと用事あってな。陽借りてくぞ」
響は「どうぞどうぞ」と大げさにジェスチャーをしている。即答でレンタルが成立したため、陽は少し複雑な表情を作っていた。
(……一応頼んでおくか)
「今日はおまえ練習あるのか?」
「休みよー。なんで?」
「夕月の事頼む」
「あー、なるほどね。了解! ……っていうか、あんたに言われなくても一緒に帰るつもりだったけどね!」
「それならいい」
「へぇ……心配なんだ? 夕月ちゃんが聞いたら喜びそう。ムカつくけど」
「あいつは歩いてるだけでナンパされるからな。この学校の奴等はある程度牽制できてるが、他校の奴等はその限りじゃない」
「たしかに夕月ちゃんモテるしね」と響は頷いている。だが次の瞬間、怒りの表情へと変化した。
「で、なんで私が一緒だと安心なわけ? おかしくない?」
「おまえはその辺の男より強いだろ? ナンパされたら殴れ。許す」
「あ、あんたねぇ!!」
響であれば適任である。もしかすると陽より頼りになるかもしれない。
響がナンパされている場面を見た事があるのだが、声を掛けた男達がかわいそうになるぐらいボコボコにされていた。毒舌なうえにその言葉には確かな切れ味があり、その雰囲気に圧倒された男達は泣きそうな顔をしながら撤退していた。
ーーやはり適任だ。
そう確信している楓は再度響の顔を見ながら頷く。ぴくぴくと顔を引き攣らせたまま、それでも響は了承した。
理由はどうあれ夕月を思っての事であるので、響としてもいつものように食って掛かるのを躊躇った。
やりようのない気持ちの行き先はーー。
「覚えてなさいよ陽!!」
「え!? な、なんで俺!?」
怒りの矛先はどうやら陽に向いたらしい。「こんなの理不尽すぎる」と呟いたものの、その言葉は誰にも届かない。
◇ ◇ ◇
「響に後で何されるんだろう俺……」
「は? 何も怖くねぇだろあんな女」
「それは楓だけだよ……」
幼い頃から一緒にいたため、「響が怖い」などという感覚はわからない。
(口は悪いし、気は強いし、何がいいんだか。まぁ見た目はいいと思うが……陽が理解できねぇ)
それがそっくりそのまま、自分に当てはまる事を楓は理解していないようだ。「おまえが言うな」とはまさにこの事であろう。
「で、黙って付いてきたが、なんで商店街なんだ?」
「ふっふっふ! ショッピングモールでもいいんだけどさ、最近良さげな店見つけたんだよ。値段も手頃なセレクトショップなんだよ」
「マジか。よく店に入ったなおまえ」
商店街の中には、確かにオシャレな装いの喫茶店やブティック、美容室などが点在している。シャッターが下りたままの店舗が多いが、若者向けらしき店もちらほらと視界に入る。
いずれにしろ、初見の客がいきなり入店するのは少々覚悟がいる。友達同士など複数であればそれほど気にしないだろうが、一人で入店となると構えてしまう者も多いだろう。
楓も一度だけ雑貨屋に入ったことがあるが、隙を見ては店員が話し掛けてくるため、落ち着いて商品を見る事ができなかった。魚屋の店主のように大雑把な人柄であれば話しやすいのだが、相手は残念ながら二十代の女性店員であった。楓の中では「うぜぇなこいつ」と思った記憶しか残っていない。
だが、陽のコミュ力は異常に高い。話を聞くと単独で色々な店を物色しているようだ。楓には逆立ちしても無理な事であるので、そこは素直に脱帽である。
陽に連れられて到着した店。
外観は木目調で店内は確認できない。商店街の中で服を売っている店は大抵がガラス張りであるため、こういった店は異彩を放っている。
(この店、服屋だったのか)
店の存在は知っていたが、何を売っているのか知らなかった。
陽はドアに手をかけると躊躇なく入店した。楓も陽の後を追う。
「いらっしゃいませー!!」
どこかで聞いたような声が聞こえてきた。
「なんでここにいるんだよ……」
「神代くんこそ。トレーナーと掛け持ちですよ。働かないと暮らせません」
きっちりと髪をセットした、アパレル店員モードの結が立っていた。
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