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79 そこに虹が架かって

いつも読んでいただきありがとうございます。

更新が遅れており申し訳ありません。

活動報告にも書いておりますが、恥ずかしながら風邪を引いてしまいました……。

 

 夕月という重しを引き摺りながら教室に到着した楓、そして隣には音無。


 教室内に入ってからも、一向に離れる気配がない。楓は持っていた荷物を床に置くと、すぐに夕月を引き剥がしにかかる。だが、こういう時の夕月は呆れるほどにしつこい。それは楓もよくわかっている。


「おい! 離せ!!」


 振り解こうとすればするほど、「そうはさせまい」と夕月は腕に込める力を強める。しかも楓がジタバタしている隙をついて、いつの間にか背後から正面に位置を変えている。


 つまり――。


 白昼堂々、しかも教室内で皆が見ている前で、正面から抱き合っている絵となる。正確には夕月が一方的に抱きついている訳ではあるが。


 唯一の救いはあずみが不在である事ぐらいだろうか。こんな状況を見られたら、おもちゃにされるのは必至である。


 クラスメイトは皆揃って、口を開けたまま呆然としている。音無は「あらぁ」といった感じでニヤニヤしている。


 特に皆の目を惹くのが夕月の表情である。


 今が幸せの絶頂、といった様子は嫌でも伝わってしまうのだ。頰を桃色に染めながら目を閉じると、「あなたは私の物」とでも言いたいように、愛しいその人の胸に頬ずりしている。


 そんな姿を目の当たりにしてしまったらもう溜息しか出ない。夕月狙いの男子も、楓狙いの女子も――。最後通告をされた気分になった面々は、今度こそ諦めざるを得ない事を理解した。隙あらば、などと考えていた者ももういない。


 小日向夕月。


 成績は極めて優秀で常に首位。容姿も最上級であり、ナンパからスカウトまでキリがない。テレビの中でよくわからない歌を歌っているアイドルより、明らかに優れている容姿である。


 しかし、そのミステリアスな雰囲気は他者を寄せ付けなかった。告白する者は後を絶たなかったが、皆揃って無言の圧力に耐えられず逃げてしまう。そんな事を繰り返していると、嫌われはしないものの、近付こうとする者はやはり皆無であった。友達など夢のまた夢である。


 だが、今は少し違う。正確には()()()()()()()()()夕月は違う。


 無表情と思われていた美少女は、そんな事はなかったようでコロコロと表情を変える。笑ったり、怒ったり、悲しんだり――。


 人間らしいその姿を見ると、親近感が湧くのも仕方のない事であろう。だがその表情を引き出しているのが楓なのだ。皆それを理解している。


(なんだこの空気。キモいぞ)


 生暖かい空気というか……微笑ましい物を見つめるような視線に耐えられず、楓は顔を強張らせている。


 抱きついている美少女は、このままだと離れそうもない。楓は小さく息を吐くと、夕月の頭をポンポンと叩く。抱きついている意味、さすがにそれは鈍感な楓といえどわかっている。


「夕月、もう十分だろ。見ろよ周りの奴らの顔。あれなら安心だろうが」

「……」


 ピタと動きを止めた夕月は、名残惜しそうに、そして少し不満そうに楓から腕を離していく。


「……充電……完了」

「とっくに100%溜まってただろうが。てか、むやみやたらに抱きついてくるな。校内はやばいぞ」

「……なら……二人の……時なら?」

「断る」

「……むぅ」

「おまえはくっつきすぎなんだよ。自重しろ」

「……むー!!」


 針を刺せばいい感じに弾けそうだ。


 頬を限界までぷくーっと膨らませた夕月は、楓に飛びかかろうと体勢を低くする。その姿はまるでライオン……いや、猫であろう。しかも子猫である。


 再度抱きつこうとした夕月のおでこを片手で制すると、欠伸をしながら辺りを見渡す。音無は手を口元に当てながら上品に笑っている。響は指差しながら爆笑している。隣の陽は背中をバンバン叩かれて、時折むせるように咳をしていた。


(チッ、無駄に目立ってるな。めんどくせぇ)


 居た堪れないその空気に耐えきれなくなった楓は、とりあえず隣の音無に話し掛ける。


「で、俺の仕事はこんぐらいでいいか? そろそろジムに向かいたい。途中で抜けて悪いが」

「えぇ、ありがとうね。頑張ってね! 未来のチャンピオンさん」

「言われるまでもない」

「まるでチャンピオンになるのが当然、みたいな言い方なのね」

「あぁ、当然だ。必ずベルトを獲る」


 そう言い切った楓を見て、少し驚いたようにじっと見つめている。


「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」

「目と鼻と口がついているわね」

「そりゃそうだろ。人間だからな」

「私には同じ人間には見えないわよ。……何かを成す人は皆あなたみたいな雰囲気を持ってるのかしら。不思議ね」

「……む……敵の……匂い」


 夕月は再び真横から楓に抱きつくと、観察するように音無を見ている。その様子に、すぐさま音無は首を横に振って否定した。


「心配しないで夕月さん。私は神代くんに恋愛感情なんて全く無いから。ただ……不思議な雰囲気よね神代くんって。確かに怖いけど、話してみると意外にモテそうというか。しっかり捕まえておいてね」


 夕月はこくりと頷く。


「楓ってよく見ると顔は整ってるのよね。目つきは犯罪者だけど」


 いつの間にか響が近くに立っていた。


「あ? 死にたいのかゴリラ女。おまえも人の事言えねぇだろうが!」

「なによ? あんたと一緒にしないでよ! ねぇ陽!?」

「え!? そこで話を俺に振るの!?」


 戦々恐々とした陽は、それでも無理矢理に愛想笑いを作りながら響に近付いていく。


 数秒置いてから恐る恐る口を開いた。


「ひ、響はたまに怖――」

「は?」

「……」

「私いつも優しいわよね?」

「……そうだぞ楓! 響に謝れ!」


 響の背後に鬼を見た陽は、ピクピクと眉を動かしながら楓に言い放つ。


「もういい、時間の無駄だから俺は行くぞ?」

「か、楓? 怒ってないよな?」

「くだらねぇ。そんなどうでもいい事で怒るかよ」

「……さすが。なんだかんだ響の事わかってるんだな」


「知るか」と一言残すと、自分の席に戻って鞄に荷物を詰める。陽や響はもう少し作業を手伝うようだったので、今日は一人でジムに向かうつもりでいた。


「おまえはどうすんだ?」

「……今日は……終わった」


 どうやら夕月も今日の作業は終わったらしい。「ジム行くか?」と聞くと、すぐに首を縦に振った。


「じゃあ俺らは帰る」

「……さらば」

「おー! また明日なー!」

「じゃーね夕月ちゃん」


 陽と響に見送られながら教室を出た。





 ◇ ◇ ◇





 二人が正面玄関から出る頃には、タイミングが悪かったのか雨がポツポツと降ってきた。


 楓は空を見上げながら後悔する。


(そうだった。天気予報だと夕方から夜にかけて雨だった。傘持ってきてねぇよクソが)


 夕月は楓が傘を忘れた事に気が付くと、なぜか嬉しそうに手荷物を漁りだした。


 取り出したのは折り畳み傘。カバーには手作りであろうクマのワッペンが付いており、なんとも言えない独特な雰囲気を醸し出している。


「クマか」

「…………ウサギさん」

「いやクマだろ」

「…………ウサギさん!」


 クマかウサギかは置いておいて、夕月が傘を持参していたようだ。楓は毎朝天気予報をチェックしているので、傘を忘れるというのは実は珍しい。


 隣の美少女の表情は、雨模様の空とは正反対に太陽のように明るい。楽しそうに傘を開いていくと「はい」と差し出してきた。


「俺が持つのか?」

「……うむ」

「まぁいいけどよ」


 受け取った傘を右手で持つと、すぐに夕月は隣に並ぶ。


「……私が……持つと……困る」

「ん? 何がだ?」

「……こうする!」


 楓の左腕を取ると、身体を密着させて腕を組む。どうやら最初からこうするつもりだったらしい。


「離れろ!」

「……断る」

「真似するな」

「……それも……断る」

「チッ」

「……好き……だから……くっつきたい……の」


「ダメ?」と上目遣いで見つめてくる。


 夕月は唐突にこうして好意を伝えてくる。遠回しにではなくストレートに。そういう時は決まって少し不安そうな顔色であり、それが反則的な破壊力を持っている事を本人は自覚していない。


 無論、楓といえど例外ではなく、その夕月の表情を見ると胸の鼓動が早まる。何を言っていいのかわからず無言となるのはいつもの事、その沈黙の時間がそのまま肯定の意となる。


「……ほどほどにしてくれよ?」

「……うむ」


 いつも通り短く返事をした夕月は、ニッコリと笑うと更に腕に力を込める。


 少女はほどほどにするつもりなどない。



面白いと感じていただけましたら、下の評価欄から評価いただけますと幸いです。


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