78 委員長
文化祭前の雰囲気とは独特である。
生徒達にそのつもりはないだろうが、どうしても勉強に身が入らないというか、お祭りの前夜祭が続いているというか――。学生だから仕方がない、と言われればそれまでなのだが、それこそが教師達の悩みの種にもなっているようだ。
「こら、教室内でスマホを出すな! 没収するぞ!」
「先生! 色々調べるのにスマホ使っちゃダメですか?」
内心はどう思っているのかはわからない。もしかすると調べ物などは口実であり、ゲームをやり出す生徒も出るかもしれない。それでも「文化祭の準備のため」と言われてしまっては、さすがに無下にはできなかった。
「……文化祭まで間は目を瞑ろう。ただし! 関係ない事に使用していた場合は没収するからな!」
「「はーい!」」
(本当にわかっているのか。まぁ仕方ないか)
あずみは困ったように笑みを零した。
「あずみ先生も大変そうだなぁ」
そう呟いた陽は、ポスターに色を塗りながら隣の響に視線を送る。響は顔にペンキをつけながら、楽しそうに作業をしているようだ。
楓はというと、基本的には委員長や陽、響からの指示待ちである。最初は色塗りなどを手伝っていたのだが、どうやらセンスが壊滅的だったらしい。晴れて力仕事要員へと左遷された。
「あの人も一応教師だからな。威厳は無いが」
「あずみ先生をそんな風に言えるのあんたぐらいよ。ほんと怖いもの知らずよね」
「どこが怖いのか理解に苦しむ」
「はは……楓らしいな。響こっち来て」
響の顔についた塗料を、陽はティッシュを濡らしたものを当てて優しく拭き取る。「なにすんのよ!」と目で訴えている響ではあるが、満更でもなかったのかされるがままである。
微笑ましい光景である。不思議な事に、クラスの中では嫉妬の対象にはなってない。響は紛れもなく美人ではあるのだが、その気の強さから扱える人物も限られてくる――。それが最近認知され始めてきた。
また、陽狙いの女子生徒も多数いたのだが、相手が響とあっては諦めざるを得ない。自分自身と響を比べて絶望した者は多かった。
「少しは自重しろよ。このバカップルが」
「「おまえが言うな!!」」
楓に気持ちのいい突っ込みが入ったところで、後ろから委員長が楓達に近付いてきた。
「神代くん。手は空いてる?」
「空いてるが、何かを書いたり塗ったりは無理だぞ」
「そうみたいね」
"失敗作"として隅に置かれたポスターらしきもの。それを見ながら委員長は笑っている。
「安心して、力仕事よ。必要物資を運ぶのを手伝って欲しいの」
「あぁ、それならいいぞ。任せろ」
――そういえば。
今更ではあるが楓は目の前の女子生徒、委員長と呼ばれるこの人物の名前すら知らない。というか陽と響以外は、誰も顔と名前が一致しない。「そういえばこんな奴いたな」ぐらいの認識でクラスメイトを日々眺めている。
――さすがに一緒に仕事をするのだから、名前ぐらいは知っておいたほうがいいだろう。
「さて、どう切り出すか」と一瞬考えた楓であったが、文字通り一瞬だけであった。
「委員長。あんたの名前は?」
「お、おい楓! 名前知らないとはいえその聞き方は――」
委員長はぽかんとして楓を見ている。少し経つと理解が追いついたのか、声を出して笑い始めた。
「ふふっ!! 神代くんって面白い人ね。音無泉よ。よろしくね。……ていうか初日の自己紹介聞いてなかったのね」
「よろしくな音無さん。別に聞いてなかったのはあんただけじゃない。全員漏れなく覚えていない」
「はぁ……少しは周りにも興味持ったほうがいいわよ。最近は少し丸くなったみたいだけど。それと呼び捨てでいいわ」
「わかった、音無だな。まぁめんどくせぇから委員長でいいか?」
「えぇ、構わないわ。とりあえず名前を覚えてもらえて何よりよ」
「じゃあついてきて」と言われ、教室を出ると前を歩く音無の後を追う。スッと背筋を伸ばしてきびきびと歩いている様は、まさに委員長といったところか。
伸ばした黒髪は後ろで一本に束ね、黒縁の眼鏡が印象に残る。スレンダーという表現が適しているのかはわからないが、細身で着物がよく似合いそうな日本美人である。
どこか垢抜けない感は否めないものの、土台が美人であるため、その野暮ったさも彼女の魅力の一つである。着飾る事のないその姿に惹かれる隠れファンも多い。
(ふーん。よく見ると美人なんだな)
まじまじと見つめる楓の視線に、さすがに気が付かないはずもなく、顔を真っ赤に染めている。
「あの、あまり見られると緊張してしまうのだけど」
「ん? あぁ悪い」
「なに? あんな可愛い彼女さんがいて浮気したいの?」
「は? あり得ねぇよ。自意識過剰すぎだろ」
「ふふっ! 冗談よ。それに私はあなたより駿河さんのほうがタイプだわ」
どうやら音無も例の動画を見ていたようであった。誰がタイプとか、そういった情報は心底どうでもいいが、慧が好みというのは意外であった。
音無はどちらかというと清楚で古風な雰囲気であるため、正反対と言っても過言ではない慧に惹かれる、というのは楓も驚いた。
「あいつ性格悪いぞ。頭の中ボクシングしかないし」
「あら、鏡の前に立ってみたら? 同じような人が映ると思うわ」
「チッ。いい性格してるよおまえ」
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ」
飄々とした態度はまるで雲のよう。摑みどころがないその様子を見ていると、何を言っても言い負かされそうな気がして楓は口を紡いだ。
そのまま無言のまま付いていくと、用具室の前で立ち止まる。中に入ると、ペンキや木材、釘、工具などが整理されて置かれている。
中で管理している生徒に、音無は何やら紙を渡す。
「……はい。おっけーです! 持っていってください。工具類は使い終わったらその都度戻してくださいね。面倒かもしれませんが、紛失すると怒られちゃうので」
「わかったわ。ありがとう」
部屋の隅にある折り畳み式の箱を組み立てると、次々と必要なものを入れていく。工具類まで入れているようなので、なかなかの重量になりそうだ。
「はい。神代くん! 出番よ!」
「おう。……って重てぇなこれ!」
「だからあなたを連れて来たんじゃない」
「さっさと戻るぞ」
思っていたよりもずっと重量があり、さすがの楓でも長く持っているのは無理だ。音無を急かして教室へと向かう。
が、途中でまた面倒な人物と会ってしまう。
「……腕……ぷるぷる……してる」
「どけ夕月! これ糞重いんだよ!」
「小日向さん可愛いなぁやっぱり」
「おまえら二人とも邪魔だ! 道塞いで話してんじゃねぇよ!」
珍しく余裕のない様子の楓を見て、夕月はニヤリと笑う。そしていきなり背後から抱きついてきた。廊下のど真ん中で、周りに見せつけるように――。音無は「おぉ」とニヤニヤしている。
「なにやってんだよおまえは!! 校内だぞ!?」
「……最近……楓……モテる……から」
「だからなんだよ? 仮にモテても大丈夫なのはわかってるだろ?」
「……夕月は……心配性……なのです」
「わかった! わかったから離せ!!」
「……マーキング」
両手が塞がって身動きが取れない楓は、結局夕月を引き摺るような形で教室に戻った。物凄い数の嫉妬の視線を浴びるが、それでも正面から文句言ってくる者は皆無であった。
もっとも、そこまで計算した上で夕月は行動したのだが……。
海での一件で交際関係はアピールしている。だが、中にはまだ信じられない者も多いようであった。事実、今朝も夕月はラブレターを貰っている。
「ならば」と思った夕月は、多少強引ではあるが手っ取り早い手段に出た。相手が神代楓だからこそ実行できる手段である。
陰口程度ではビクともしない楓であるから、夕月は安心して抱きつく。それはもう全力で抱きついた。
その幸せそうな顔は楓からは確認できないが、周りで見ていた者は嫌でも理解できてしまったのだろう。夕月に好意を寄せていた男子生徒達は、口を開けたまま唖然として見つめていた。
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