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いつも読んでいただきありがとうございます!

今回はちょっと短めです。

 

 楓は慧に一方的にやられた日からずっと考えていた。異常なスピードの慧にどうすれば対抗できるのか――。


 楓とてミドル級にしてはトップクラスに速く、戦ったのなら、チャンピオンにすら触れせないかもしれない。だが駿河慧という男は更にその上をいく。


 まるでマシンガンのような光速の拳、応戦しようと手を伸ばしてみても既にその場にはいない。異次元の身体のキレ、そして剃刀のようなパンチの切れ味。それらは慧だけの武器であり、それを他者が真似するなど不可能である。


 ――だから考えた。




 一撃。



 どれだけ打たれてもいい、どれだけ好き勝手されてもいいから一撃を叩き込むのだ。


 ようは我慢比べである。慧が手数で楓をKOするのが先か、それとも一撃で楓が慧の足を奪うのが先か。どちらが勝つにしろKO決着となるのは間違いない。


 様々思い悩み、試行錯誤を繰り返して楓はようやく実感し始めた。石井相手でも後退しないこのスタイル、これこそ求めていたものである。正直なところ躱すのは容易かったが、ライトヘビー級相手なのだからそれは当たり前の事であり、たとえ全てを躱したところでたいして意味は無い。


 だからこそ正面から全てを受け止めた。両足に力を込め、歯を食いしばり、「効かねぇ!」と自分に言い聞かせて必死に耐えた。

 結果は上々。予想以上に自分がタフになっている事を楓は確信した。


(よし! いけるぞ!)


 小さくガッツポーズを作るとリングから降りる。


 楓の顔を見た夕月は、驚いたように固まっている。


「……顔……怪我酷い」

「ん? あぁ。随分殴られたしな。あの人のパンチ無駄に重いんだよ」

「無駄とはなんだ!」


 ふらふらした足取りで石井は楓達に近付いてきた。隣には会長も立っている。


「痛ぅ! 最後の右アッパー強烈だったぞ。ミドル級だったらあれ一発で失神確定だ! まだふらふらするぜ……まぁ俺は倒れないけどな! はっはっは!!」

「チッ。もっと力が必要だったか」

「おまえ、マジでライトヘビー級の俺をKOするつもりだったのか? 呆れを通り越して笑えてくるわ」

「……次はKOしますよ」

「なら俺もしっかり練習しとかねぇとなぁ!」


 豪快に笑った石井は、楓の背中をバシバシ叩きながら上機嫌だ。こう見えても敵無しだった石井は、まさか自分が練習生に脅威を覚えるとは、微塵も予想していなかった。楓の強さは知っていたが、それでも「まだ高校生だろう」と心の中で子供扱いしていた。


 今日のスパーリングでその認識は間違っていた事に気付く。それと同時に、喉から手が出るほど欲していたスパーリングパートナーの目処が立った。勿論楓はまだ練習生であるから無理はさせられない。それでもタイトルマッチ前の調整期間には不可欠な人材となった。


「とりあえずおまえより先にベルト獲るからよ。まだ先の事だろうが調整手伝ってくれや! 俺の階級だと練習相手すらいねぇんだわ!」

「それは喜んで。俺の練習にもなりますし」


「ほどほどにな」と会長が二人に釘を刺す。


「うーん。このジムにも人手が足りなくなってきたなぁ。この前トレーナーが一人辞めちまったし」


 このジムにも最近はランカーが増えてきており、ミットを持つトレーナーも確かに不足しているようだ。こればかりは楓も石井もどうにもできない。会長がいい人材を見つけてくるしかないだろう。


 そんな事を話していたら夕月が手を挙げた。


「……トレーナー……私!」

「いや、無理だろ」

「夕月ちゃんは無理かなぁ」

「はっはっは! お嬢ちゃんの体格だとパンチで吹っ飛んじまうぞ!」


 全会一致で否定された夕月は「やれるのに」と不満そうである。すると思い出したように拳を構えた。スタンスを広げると「シュッ!」と左拳を前に突き出す。


「……これが……ジャブ」


 ドヤァと楓を見る。


「そ、そうだな」

「……トレーナー……私!」

「いや、それとは話が別だ」

「……むー!」


「パン! パン!」と夕月のジャブを片手で受けながら、楓は会長に話し掛ける。


「俺もちょっと心当たりは無いです。ですがいい人見つけたら話はしてみます。アルバイトでもいいんですよね?」

「すまないなぁ。勿論アルバイトでも構わないぞ! さぁ……忙しくなるぞこれから!」


 夕月は終始不満そうに楓に向けてジャブを打ち込んでいた。






 ◇ ◇ ◇



「……納得……いかない」

「いや、本気だったのかよおまえは」


 ジムから出た後、帰りの道中で夕月は何度もそのようにぼやいている。さすがに冗談だと思っていたが、本人は割とやる気があったらしい。


「おまえにトレーナーは無理だ。だから俺を見てるだけでいい」

「…………ふむ」


 夕月は少し考えると楓の正面に回り込む。するとじっと顔を見つめてきた。


「ん? なんだ?」

「……見ろと……言われた」

「そうか」

「……うむ」


 睨めっこのように見つめ合う。


 十秒。二十秒。三十秒――。


 先に目をそらしたのは夕月であった。その頰が赤いのは夕陽のせいであろうか。


「で、気は済んだか? 家まで送る」

「…………」


 夕月は恥ずかしそうに俯きながら、躊躇いがちに楓の服の裾を摘んだ。



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