74 覗いているのは
体育館裏の空き地。
グラウンドが見渡せる位置ではあるが、背の高いフェンスで遮られているため周囲に人気は無い。
声を張り上げているのは野球部だろうか。楓とは種目が違うとはいえ、甲子園という目標を掲げて必死に努力している姿は見ていて気持ちがいい。有限である時間を無益に消費しているだけの生徒よりは、よっぽど上等で好ましく映る。
自然と頰が緩むのも仕方がないというものだ。
「神代さんもそんな風に笑うんですね」
「来てたのか」
楓の姿を見つけたのか、ゆっくりと近寄って来たのは今朝の女子生徒だ。手渡された手紙の中には場所と時間が指定してあった。さすがに無視するのも心苦しいものがあったので、こうして来たという訳である。
女性に疎い楓でもわかるほどに少女は可憐であった。夕月と同じぐらいの身長だろうか、「あぁこいつモテるな」と思うぐらいに容姿は整っている。
じっと見つめていると、少女は恥ずかしそうに口を開く。
「来てくれないかと思いました。ていうか彼女さんって小日向夕月さんですか……戦う前に戦意喪失しちゃいますよ」
「まぁさすがに俺から見たら、容姿も中身も夕月がぶっちぎりの一位だ。だがそれは贔屓目も含まれての事だろうな。おまえもかなり美人なほうだろ、たぶん」
「ふふっ! なんですかそれ! 惚気ですか? それとも私へのフォローですか?」
「そんな器用な事できる訳ねぇだろうが。ただの本音だ。不快だったら聞き流せ」
少女はクスクスと小さく笑っている。楓があまりに本音をズバズバ言ってくるものだから、予想外すぎて笑いが込み上げてくる。
深呼吸すると姿勢を正して真っ直ぐに楓を見る。
「神代楓さん。あなたが好きです。一目惚れです。今話していてもっと好きになりました」
「悪いな。俺は夕月がいる。だから断る」
「はぁ……もう少しオブラートに包んで下さいよ。断る、ってなんですか」
「俺に気遣いを求めるな」
「そうなりますよねぇ。でも切れ味良すぎて諦められそうです」
少女は弾けるように笑顔を見せた。悲壮感ゼロのその表情は、たった今フラれた人間のそれではなかった。見ていて気持ちのいい笑顔であったため、楓もつられて小さく笑う。
「物好きな奴だな」とは思うが否定はしない。少なくとも夕月が好きになってくれる魅力はあるのだ。だから少女の想いを否定するという事は、夕月を否定する事と同義な気がした。
それに話してみたら、容姿だけではなく性格も良さそうだ。余計なお世話だろうが、きっといい人は見つかるはずだと思う。
「おまえなら彼氏なんてすぐできるだろ。頑張れ」
「本当に空気読めない人ですよね。逆に凄いです」
「は? 何がだ?」
「小日向さんも大変だろうなぁ」
少女は空に視線をやると呆れ顔を作る。「どうしたもんか」と反応を待っていた楓だったが――。少女の後ろ、体育館の脇の木からこちらを覗いている者が見えた。顔がひょこひょこと出たり隠れたりを繰り返している。
(何やってんだかあいつは)
「悪い。噂の小日向夕月がこっち覗いてるみたいだ」
楓のその言葉を聞いて、少女は後ろをチラっと見て確認した。
「いやー、あれは可愛い。無理です! 無理無理。愛されてますね神代さん」
「愛されてるっていうかただのバカだろアレ」
バレていないと思っているのだろうか。心配そうにこちらを見ているのが丸見えである。
「神代さんは夢とかあるんですか? ボクシングで」
「あぁ。世界のベルトを強奪する事だ。それも複数個だ」
「うっわ、そんなスケール大きい事言う人初めて会いました」
「獲らなきゃいけない理由がある。自慢したいおっさんがいるんだ。それとまぁ……夕月も喜ぶだろ」
「もう嫁みたいな位置なんですね。ノータイムで断られたのも納得です」
「ま、そんなとこだ」
和やかな雰囲気の中、少女は少し困ったように笑う。小さく息を吐くとゆっくりと話し始めた。
「じゃあ私はそろそろ行きますね! 小日向さんをあのままにしてるのもかわいそうですし。今日は来てくれてありがとうございました」
「気にすんな」
「ほんとクールな人……チャンピオンになったらサインくださいね!」
「あぁわかった。覚えとく」
少女は「約束ですよ」と念押しをすると、楓に背を向けて走っていった。
(さてと)
楓は夕月が隠れているつもりの木に近付いていく。
「おい、バレバレだぞ」
「…………」
「おい!」
「…………」
へんじがない。ただのゆづきのようだ。
木の裏側へ回り込むと、驚いた顔の夕月と目が合う。あたふたしている様子が可愛らしい。どうやら本当にバレていないと思っていたようだ。その自信はどこからくるのだろうか。
楓の手を取ると、少し心配そうに見上げてきた。
「……告白?」
「そうだ」
「……返事は?」
そういえば最近、夕月が微妙に自分を避けている事を思い出した。少しだけ意地悪したい気分になる。
「おまえ次第だ」
「…………え?」
「おまえ最近なんか避けてるだろ?」
「……もう……避けない……から……断って…………お願い」
予想していたよりもずっと夕月は心配していたようだ。瞳は潤み、今にも涙が零れそうだ。「しまった」と思った楓は慌ててフォローする。
「嘘だ、すまん。きっぱり断った」
「……ほんと?」
「あぁ」
「……嫌に……なってない?」
「なってねぇよ。俺はおまえだけだ」
「…………ちゃんと……好き?」
「わかるだろうが」
「…………へへ」
どうやら伝わったようだ。それにしても迂闊だったと楓は反省する。今後ラブレター的なものを貰った時は気を付けようと心に決めた。
嬉しそうにぴょんぴょんしている夕月は、その勢いのままに楓に抱きついてきた。それほど日は経っていないのに久しぶりな気がする。
今日の事は完全に楓に落ち度があるため、「仕方ねぇな」と夕月を抱き返した。夕月は一瞬だけビクっとしたものの、嬉しそうに身を委ねてきた。
「……ん……楓の……匂い」
「そういえばなんで微妙に避けてんだ?」
「……」
「言いたくねぇならいいけどよ」
「………………ちゅー」
「は?」
「……ちゅー……してくれた」
「待て。起きてたのかおまえ」
「……うむ」
「最悪だ。クソが!」
――ようやく理解した。
どうやら楓からキスをしたあの日、夕月は起きていたらしい。そして楓からキスをしてくれたという事実を思い出すと、恥ずかしくなりスキンシップもドキドキしてしまう、との事らしい。
楓は額に手を当てたまま空を仰ぐ。
「……次は……起きてる……時に」
「気が向いたらな」
「……なんなら……今でも」
「しねぇよ!!」
虚しい声が場に響いた。
◇ ◇ ◇
告白を断りジムに向かう楓であったが、どうやら夕月も一緒に行きたいらしい。夏休み中も何度か一緒に行ってはいるが、ジムの連中のテンションの上がり方が異常である。
だから基本的に夕月は大歓迎されている。夕月専用の椅子まで用意されている始末である。
「じゃあ行くか! 早くサンドバック叩きてぇ」
「……うむ!」
夕月は当然のように指を絡めて手を繋いでくる。「今日はいいか」と諦めて好きにさせる事にした。
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