73 休憩の口実
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久しぶりの学校ではあったのだが、夏休み前と比べると向けられている視線の質が違うというか、前よりも見られているような気がしてどうにも落ち着かない。
夕月とはクラスが違うため途中で分かれ、陽、響と一緒に教室に入ったのだが――。入った瞬間に一斉に視線を向けられた。陽や響ではなく明らかに楓を皆が見ている。
前のように腫れ物を扱うような空気ではなく、ひそひそと聞こえてくる会話も「神代くんってよく見るとかっこいいよね」などと好意的なものばかりである。基本的に他人には興味が無い楓ではあるが、これほどまでに周りが変化するとさすがに少し驚いた。
とはいえそこはやっぱり神代楓であった。集まる視線を全て無視して自分の席に腰を下ろすと、鞄の中身を出しながら授業の準備をする。周りが変わったからといって楓の行動に変化は何一つ無い。
「さっすが楓! これだけ注目されても変わらないと。そこに痺れる憧れるゥ!」
「は? 周りが変わってそれが俺に何の関係がある? 俺はただ俺が為すべき事をするだけだ。それに夕月とおまえら二人で俺のキャパは限界だ」
「おぉ。さりげなく俺や響も含めてくれるのは照れちゃう!!」
「そうかよかったな。それと声量落とせ。朝のおまえの声は脳に響く」
「なーに言ってんだよ!!」と背中をバシバシ叩いてくる陽は、楓の言う事など聞く気がないようだ。
例の慧との動画はSNSなどを通してかなりの生徒に伝わってしまったらしい。校内を歩いている時もかなり見られていた気がする。だが好意的な視線ばかりではなく、上級生らしき男子生徒達の一部は舌打ちをしていた。楓がそれに食って掛かるような事はなかったが、「凡人が」と心の中ではしっかりと見下していた。
だが一緒にいる夕月や、ついでに陽や響に何かちょっかいを出してきたら容赦はしない。しっかりと型に嵌めてやるつもりではいた。
そう思ってはいるのだが、実際のところ何か悪さをする者は少ないだろう。出回った動画はあの駿河慧にボディブローを叩き込んでいる映像である。並大抵の強さではないことは素人でもわかるものであり、だからこそ安易に手出しはできないはずだ。もっとも楓より強いと思っている者がいれば別ではあるが。
何はともあれ、今まで通り周囲は無視しておけば何も変わらない。楓としては当然の結論に至った。
そんなことを考えていたら教室のドアが開く。あずみは教壇に立つと口を開いた。
「おはよう!! さて、夏休みは充実したものだったかな? 気を締め直して勉学に励むように! 課題を忘れたなどと言い訳は聞かないからな。サボっていた者は覚悟しておけ」
教室内では小さく悲鳴が聞こえる。どうやら該当人物は複数いるようだ。
「それと始業式には遅れないようにな。校長先生のありがたいお言葉は、眠くなるかもしれないが寝ないように! 私も我慢するから君達も我慢だ」
どうやら校長先生のありがたいお言葉は、あずみも眠くなるようなものらしい。それを教師が堂々と言っていいのか甚だ疑問ではあるが、冗談めいたその一言で教室内は一気に明るくなる。これもあずみという人間が持つ魅力の一つであろう。
「それと神代楓。放課後生徒指導室に来るように」
(チッ、めんどくせぇ)
あからさまに顔を歪めた楓を見てあずみは続ける。
「聞こえているか? 聞こえているなら返事をしろ」
「…………はい。わかりました」
「よろしい!」
「何も悪い事してねぇだろうが」と心の中であずみを糾弾した。
◇ ◇ ◇
「相変わらず楓はあずみ先生に気に入られてるよなー。できてるの?」
「なに? 楓って夕月ちゃんいるのに年上狙ってるの? バカなの? 死ぬの?」
「んな事あるわけねぇだろ。バカかてめえらは。てか余計な事を言うな、こいつおかしくなるだろうが」
午前の授業を終え、今は昼休みである。陽の迂闊な一言に夕月が反応する。
「…………浮気……ダメ……絶対」
プンプンと怒りながら口に唐揚げを突っ込んできた。普通に美味かった。
「てかあの人既婚だろうが。仮に独身でも無理だが。旦那の気持ちが分からねぇよ、あんな汚部屋女」
「ひっ」
「あちゃー」
陽と響は楓の後ろを見て苦笑いしている。
「ほう、教師をそこまで言うとは随分と強気じゃないか」
振り返るとあずみが立っていた。その表情は言うまでもないだろう。
「空耳じゃないですか? 何か聞こえました?」
「誰が汚部屋女だって?」
「ん? 何のことですか?」
「よし。放課後が楽しみになってきた! 覚悟しておけ!」
「気が向いたら行きますよ」
「必ず来い」
楓のその態度を見て、あずみは少し考えると夕月に話し掛けた。
「小日向。このバカが勝手に帰らないように見張っててくれ。引き摺ってでも生徒指導室まで頼む」
「……らじゃ」
「な!? 夕月てめえ!!」
小さく敬礼をする夕月を見て、あずみは満足気に去っていった。
「ははは、退路無くなったね楓。覚悟決めろよ」
「てか、あずみ先生にあんな事言えるのあんたぐらいよ。ほんと怖いもの知らずというか」
「あ? どこが怖いんだ? 面倒臭えだけだろ」
あわよくばそのままジムへ直行するつもりだったが、どうやら逃げられなくなってしまったようだ。隣の夕月はニコニコしながら楓の口におかずを突っ込んでくる。
「てかさっきから口に突っ込んでくるのやめろ!」
「…………ばれた」
なんとなく周りを見ると、クラスメイト達は楓と夕月のその姿をじっと見つめていた。
「お似合いだなぁ」
「信じられない!」
「羨ましい!」
「悔しい!」
「バカップル死ね!!」
祝福、驚愕、羨望に嫉妬。あらゆる感情が入り混じった空気は、教室内をカオスな状況に変えていた。
「夕月ちゃん可愛いなぁ……あんたは黙ってバカみたいに口パクパクしとけばいいのよ!」
「は? なんだとゴリラ女」
「なによ。文句あるの?」
「まあまあ、二人とも落ち着いて――」
「「黙れチャラ男!」」
「……実は仲良いよね君達」
息の合った二人に陽はそう言わずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
「失礼します」
「来たか。入れ――」
「失礼しました」
「帰るな」
呆れたような顔をしたあずみは「座れ」と楓を促す。テーブルにはコーヒーカップを二つ用意していた。小さく溜息をついた楓は諦めたように椅子に腰掛ける。
「おまえも砂糖いらないだろう?」
「はい」
生徒指導室で生徒とコーヒータイムとは如何なものか。そうは思うものの、せっかく淹れてくれたのだから貰っておこうと遠慮なく口をつける。
「休憩の口実に俺使ってません?」
「鋭いな。当たりだ」
残業が日常になっているあずみは、職員室で休憩を取るのはどうも休まらないらしい。という訳で適度に楓をこうして呼んでは、生徒指導という名目でコーヒーを啜っている。
「ふむ。夏休み中に何かあったな。雰囲気がまた若干丸くなった」
「そうですかね? 自分ではわかりませんが」
「ま、いい事だよ!」
あずみな満足気に頷いている。
「そういえば動画見たぞ! なぜ私を呼ばなかったんだ!!」
「逆になぜ呼ばなきゃいけないんですか?」
「つれないことを言うな! おまえと私の仲だろう!?」
――どんな仲だっただろうか。
「残念で仕方ないよ私は。あの駿河慧がやられる様なんてレア中のレアだろう!」
「慧はそんなに有名なんですか?」
「有名なんてもんじゃない。異常な強さと整った容姿だ。最近はテレビで特集組まれていたぞ! "まもなく天才がデビュー! 一直線に世界へ" などと大袈裟にな」
メディアはこぞって慧を持ち上げている。近年の日本ボクシング界は一気に力をつけており、最強と言われた天童明を皮切りに次々と世界戦へと進んでいる。
本来は楓も大々的に取り上げられてもおかしくない立ち位置であるが、楓はメディアを邪魔者として切って捨てている。とすれば、その矛先が慧に集まるのも当然といえば当然の事であった。
それでも楓のジムには記者連中が度々訪れるようになった。彼等のしつこさは異常である。
(ま、面倒なのは慧が纏めて相手してくれてるからな。そういう点では感謝するべきか)
この後は生徒指導などは一切なく、慧との一戦について根掘り葉掘り質問をされた。あずみは見れなかったのが余程悔しかったのだろうか、終始眉間に皺を寄せて狼狽していた。
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