70 夕月の仕返し【5】
とりあえず勝敗の事は置いておいて、楓達は近くのファミレスに来ている。夏休みも終盤だからなのか学生の姿は思っていたよりも多く、テーブルには教科書を広げている姿がチラホラと視界に入る。
奥のテーブルに案内された四人はテーブルを挟んで分かれて座る。楓の隣には陽が座った。
「随分と必死に勉強してる奴等が多いな」
「課題サボって遊んでたんだろうなー。俺等はその心配は無いけどね」
夏休み中は一緒に勉強していた楓達は、課題を溜める事もなく順調に進めていった。こうして必死になって追い込んでいる者を見ると、少なからず優越感も湧いてくるというものだ。
そこに関しては夕月と陽に感謝しなければいけないのだろう。特に夕月にはなんだかんだで散々世話になっている気がする。 勉強を教えてもらうだけではなく食事の面倒まで見てもらった。楓の知らぬところで私物を増やしていたりもしたが、それを差し引いてもかなり世話になった。
今回の罰ゲームに託ける訳ではないが、何かお礼をするというのは吝かではない。負けた事自体は仕組まれたような気がして納得できないが、「次に勝負する時に纏めて借りは返す」と自分に言い聞かせるとなんとか怒りを鎮めた。
四人はとりあえずドリンクバーだけ注文すると、それぞれ好きな飲み物を持って席に戻る。
すると早速本題に入った。
「で、おまえの要求は?」
その問いに、夕月は指をモジモジさせながらチラチラと楓の顔色を窺っている。そんな様子をじっと見つめていると「……あぅ」と小さく呟いてから俯いてしまった。耳まで赤くするほど恥ずかしい事なのだろうか。さすがに楓の顔も強張る。
そんな様子を見ていた陽が夕月に助け舟を出す。
「まぁまぁ。罰ゲームは二人きりの時でいいだろ! 人前だと恥ずかしい事かもしれないし」
夕月は勢いよく顔を上げると首を何度も縦に振る。
「……何をやらせる気なんだよ。嫌な予感しかしねえぞ」
「…………大丈夫」
夕月の「大丈夫」は大丈夫ではない。それを理解している楓は更に顔が引き攣っていく。
「で、陽は私に何をさせたいわけ? 内容によっては……捻じ切るわよ。色々なところを」
「怖いって!! なんで勝者が脅迫されてるの!?」
「それはあんたが藍原陽だからよ」
「ひどい!!」
陽もすぐには答えられないようだ。というよりは、下手な事を要求して響を怒らせるのはマズイ……そんな事を考えているのだろう。「勝者なのに不憫な奴だ」と憐れみの視線を送る。
結局は罰ゲームは帰ってから二人きりの時に、という事で決着した。
「ま、帰り送ってくからよ。その時まで考えとけ」
「…………考える……というか」
「ん? どうした」
「……決まってる」
「じゃあ今言えばいいだろうが」
「…………」
相変わらず真っ赤な顔の夕月は再び沈黙してしまった。そんな様子を隣で見ていた響は、「ふーん」とニヤニヤしながら眺めている。
「可愛いなぁ夕月ちゃんは……。楓! あんたは幸せ者よ! 死ねばいいのに」
「いきなり何言ってんだゴリラ女。だいたいてめえのせいで負けたんだろうが!」
「は? あんたが脳筋だから負けたんでしょ?」
不毛な争いが始まったところで、陽が間に入って仲裁を試みる。
「いや、俺から見たら二人共同じぐらい下手だったよ?」
「「おまえは黙れ!!」」
「ひどい!!」
それにしても今回は意外であった。
陽は名前の通り陽気な性格であるから、友達と遊んでいる内に上達したのだろう、それはわかる。
なら夕月はなぜボウリングなどやっていたのだろうか。バカにしている訳ではなく純粋な疑問として湧いてくる。読書などであれば万人が納得しそうだが、ボウリングなどと予想できる者は皆無であろう。それほどのギャップがある。
「おまえってさ、なんでボウリング上手くなったんだ?」
「…………いなかった……から」
「ん? なにがだ?」
「……友達……いなかったから……家にも……帰りたくなくて…………それで」
「……もういい! 悪い事聞いたな」
陽と響は眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
夕月の家庭事情はこのメンバーだと楓以外は知らないため、陽と響はもどかしい気持ちもあるのだろう。おそらく薄々は家庭事情がよろしくないのは察しているのだろうが、それを敢えて夕月本人に聞いたりなどと無粋な事は絶対にしない。
「……幸い……お金は……あったから…………通った」
「……夕月ちゃん、私は友達?」
「……う……うん」
「ならさ、これからボウリング行く時は私も誘ってよね? ていうか教えて! 陽をボコボコにしたいの!」
「…………任せて!」
「だったら俺も教えてあげようか? ボウリングデートでもいいよ?」
「は? あんたに教わるとか死んでも無理。覚えてなさいチャラ男! 私が勝ったらとりあえず土下座ね」
「ひぃ」
重くなりかけた空気は霧散して、元の和やかな雰囲気に戻った。幸いにも夕月はもう一人ではない。楓は勿論の事、響や陽だっている。「友達がいない」などと言う事はないだろう。
(そういえば、こいつらが近寄ってくるまでは俺も一人だったんだな)
響は昔から知っているから、友達というよりは戦友が近いだろうか。その印象は今も変わっていない。
夕月という可愛すぎる彼女が出来て、ちょっとウザい時もあるが陽という友人ができて……。高校に入ってからは楓も夕月も一気に環境が変化した。それもいい方向へ向かって。
(まぁ……悪くねえ)
はにかむ姿が可愛らしい。響に抱きつかれたまま頭を撫で回されているが、それを拒否したりせずに嬉しそうに身を委ねている。その様子が響には堪らないのだろうか、「可愛い!! 可愛い!!」と、どんどんヒートアップしていく。
「ほどほどにしとけよ。あまり撫ですぎると夕月禿げるぞ」
「…………大丈夫……私……フサフサ」
通路を挟んで隣の席にいたサラリーマンがビクッ! と反応した気がした。男の頭髪は……。夕月は意図せずに大ダメージを与えてしまったようだ。
居た堪れなくなったのか、そそくさと席を立って店を出て行ってしまった。
「…………ピカピカも……綺麗……お日様……みたい」
「言っておくけどフォローなってねえからなそれ」
なんとも言えない微妙な空気が流れた。
◇ ◇ ◇
陽達と別れると楓と夕月は帰路に就く。
「…………あ」
「チッ」
ポツポツと降り出した雨は、間を置かずに一気に大降りとなった。傘など持っていない二人は、逃げるように近くの公園の東屋に入った。
「夕立か。タイミング悪いな、まぁすぐに止むだろうから待ってようぜ」
「…………うむ」
頷いた夕月はどこか嬉しそうに見える。その様子を不思議に思い楓は口を開く。
「おまえ雨好きなの?」
「…………好きじゃない」
「じゃあなんで笑ってんだ?」
「……一緒に……いられる……から」
「っ! ……そうかよ」
濡れた髪をハンカチで拭き取る姿が美しい。何気ない仕草でも魅力的に思えてしまうのは、惚れた弱みというやつなのだろうか。吸い寄せられるようにその姿を見ていると……気が付いた。
楓は着ていた半袖のTシャツを躊躇なく脱ぐと「ほら」と夕月に手渡す。
「これで拭け」
「……ハンカチ……ある」
「それじゃあ足りねえ。胸元やべえぞ」
濡れた服が肌にひっついて下着が露わになっていた。小柄な体格にしては豊かな胸は、水着とは違った艶かしい雰囲気を出している。
その事に気が付いた夕月は両手で胸元を隠す。
「……み……見ないで!」
「いいから早く拭け、ほら」
おずおずと手を伸ばすとTシャツを受け取って拭き始めた。
東屋の中には丸太をそのまま切ったような椅子が四つ、夕月に背を向けるとそこに腰掛けた。
(いい雨だな)
轟音を立てて降りしきる雨だが、実は楓はそれほど雨が嫌いではない。特に夏の雨は、水の匂いと一緒に草木の香りが流れてくる。
目を瞑ると大自然の中にいるようで、その開放感が昔から好きだった。シャドーの際に時折目を瞑ってしまうのもこれが理由なのだろう。
小学生の時は天候問わずに公園で拳を振っていたのだ。寂しさを紛らわすように降ってくれた雨が好きだった。
目を瞑ったまま心地よい雨音に浸っていると、突然後ろから抱き締められた。濡れている身体からは温かさと柔らかさが同時に伝わってくる。
「いきなりどうした」
「……罰ゲーム」
「ん? 抱き付く事がか? 随分簡単だったな」
「……ち……ちがっ!」
あまりに一生懸命なその様子に楓は苦笑する。
「冗談だよ。で、何をすればいい?」
夕月はゆっくりと楓の背中から離れると正面に立った。
「……まずは……立って」
「ほらよ。これでいいか?」
「……力一杯……抱き締めて…………息が……出来ない……ぐらい」
「…………」
普段であれば問答無用で断るところだが、夕月の瞳があまりに真剣味を帯びていたため、大きく溜息をつくと、その華奢な身体を包み込むように抱き寄せた。ぎゅーっと力を込めると甘い吐息が漏れた。
「……ぁ……ん」
「っ!!」
夕月からも強く抱き締めてくる。重なった身体から心臓の鼓動が伝わってくる気がした。
「ほら、終わりだ! 離せ!」
「……断る」
「離せこら!!」
「……うぎぎぎ」
これ以上密着していたら理性が保たない、そう思った楓は無理矢理引き剥がす。夕月は最後まで抵抗していたが腕力では敵うはずもなく、結局はおとなしく離れた。
「……次に」
「は? 罰ゲームはもう終わりだろうが!」
「……では……次に」
楓の言葉など聞こえていないように話し始める夕月は、ゆっくりと目を閉じると少しだけ上を向き、囁くように話し掛けてきた。
「……どうぞ」
「何がだ?」
「……ちゅー」
「断る」
「……罰ゲーム」
「くっ」
目の前で目を閉じたまま全てを委ねてくる美少女。濡れた髪から覗く白い肌は火照ったように赤みを帯びており、夕月特有の甘い香りが雨の匂いに混じって流れてくる。
あまりに魅力的なその姿は楓にとっては猛毒である。キスなどしてしまったら理性が崩壊してしまう気がした。もっとも楓以外の男ならばここまでは耐えられないだろうが。
だが夕月は退くつもりはないようで、じっと楓を待っている。
(はぁ……どうするかなぁこれ)
観念したように近付いた楓は、少し間を置いた後にゆっくりと唇をつけた。
「…………もっと下」
「よし! 終わりだ!」
「……おでこは……ダメ」
「唇にって指定はなかっただろうが」
「……ぐっ……屁理屈」
「知るか」
気が付くと雨は上がっており、綺麗な夕陽が二人を照らしていた。
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