69 夕月の仕返し【4】
築年数は二十年ぐらいだろうか。
某大型アミューズメントパークに組み込まれたボウリング場とは違い、目の前の建物は純粋にボウリングをするためだけの施設である。古い建物とはいえ、こまめに改修しているため外観は綺麗なものだ。
近年はボウリング場そのものが激減している。国内ではプロも存在するが、それ一本で生計を立てるのは難しい時代になった。そんな中でもこのボウリング場の経営が成り立っているのは、地元の支えによるところが大きいだろう。
昼夜問わずに割と混み合っており、シニアや社会人、学生など年齢層は広い。休日は大会なども開かれており客の入りも上々だ。
楓達は受付を済ませると早速レーンへと案内される。
「で、なんでおまえら二人はフル装備なんだ?」
陽も夕月も持参したグローブと靴を身につけている。陽に至っては手荷物からボールまで取り出す始末だ。
「てめえら……最初からこのつもりだったな?」
「何の事かな楓くん」
「…………楓くん」
聞くと夕月もマイボールを持っているらしいが、重くて荷物になるため自宅に置いてきたらしい。ここに来る途中で家に寄ったのだが、その時に持ってきたのはグローブと靴だけのようだ。
なんにせよこの二人はグルである。上手く嵌められた事に楓と響はようやく気が付いた。
「やってられるか。帰るぞ」
「……ここまで来て……逃げるの?」
「……なんだと?」
強気な夕月は挑発を繰り返している。あからさまなドヤ顔は普段は可愛らしいものであるが、今日に限っては楓の感情を上手く逆撫でしてくる。
「やってやろうじゃねえか! てめえらのそのグローブもどうせ見せかけだろうが」
「形から入るタイプだもんね陽。ボコボコにしてあげるわ」
その言葉を聞いて、陽と夕月は楽しそうに笑っている。
◇ ◇ ◇
ニコニコうさぎさんチーム VS ピクピクライオンチームの戦いが始まる。
「で、あんたボウリングやった事あるの?」
「ない」
「は!? 嘘でしょ!?」
「嘘付いてどうすんだよ。興味すら無かったからな」
「やばいやばいやばい!!」
「大丈夫だろ。あのピンを全部壊せばいいだけだろ? 楽勝だ」
「…………」
響は絶句している。
だがここまで来た以上退路など無いのだ。進むしかない。
「いい? 無理にストライクを狙うのはダメよ。真ん中に投げてスプリットなんて目も当てられないわ。狙うのはスペア。これで行くわよ!」
「は? 一投で全部壊したら終いだろうが。馬鹿なのかおまえは」
「そうだった……あんたはそういう奴だったわ……」
敗色濃厚な未来に響は絶望する。だがやってみないとわからないという微かな希望はある。並の運動神経ではない楓であるから、やらせてみたら案外ストライクを量産するかもしれない。
「いいわ。好きにしなさい!」
「おう! 任せとけ!」
細かいルールなどは無い。一投ごとに交代しての3ゲーム勝負だ。つまり2ゲームを先に取ってしまえばその時点で勝利が確定する。
先行は夕月・陽ペア。
陽はボールを両手で持つと構えて集中する。投げたボールの行方は……。
「ま、こんなもんかな?」
フックがかかったボールはエグい角度でピン全てを倒す。初っ端からストライクを出した陽は、どうやら容赦するつもりなどないようだ。「わーい」とはしゃぐ夕月とハイタッチしている。
「「チッ!」」
楓と響は同時に舌打ちをした。陽は「怖くないもんね」と、どこ吹く風である。響は腕を組みながら指を小刻みに動かしており、相当イライラしているようだ。
グローブや靴を揃えているのは伊達じゃなかったらしい。フォームもしっかりと安定しているのを見ると、かなりやり込んでいるようだ。この調子だと夕月も警戒しなくてはならない。
対する楓・響ペアの第一投は当然のように楓である。「粉々にしてやる」と息巻いている。
大きなフォームでボールを投げる。
凄まじいスピードのかかったボールは、レーンの中央より少し右、フックはかかっていないもののスピードとパワーで全てのピンをなぎ倒す。そのピンの弾け方の異常さに、周りで見ていた他の客も唖然としていた。
「や、やるぅ!!」
「チッ、倒れただけか。なかなか砕けねぇんだなアレ」
「目的変わってるわよ……」
「パン!」と響と手を合わせるとベンチに座った。
予想外だったのは夕月と陽。正直楓がここまでやるとは思っていなかったらしく、口を開けたまま硬直している。
「ゆ、夕月さん! 楓初めてなのにアレだって!」
「…………くっ」
「負ける訳にはいかない」と気合いを入れると夕月は立ち上がる。構えると、静かに流れるようなフォームでボールを放った。力を抜いて投げているのか、スピードはそれほど無いもののコースがいい。陽と同じようにピンの手前でフックがかかり、綺麗に全てのピンが倒れた。
「…………まず一つ」
「よ、よし! 夕月さんやるね!!」
「「チッ!」」
夕月がこれほど上手いとは完全に誤算である。運動は苦手だと高を括っていたが、ボウリングに関してはどうやらやり込んでいるようだ。
「よし、響行け。ストライク取れなかったら自決しろ」
「なんで命懸けなきゃいけないのよ!!」
文句を言いながらボールを持った響は、陽を一瞥してから構える。楓と同じように大きなフォームでボールを放った。
楓が余計なプレッシャーをかけたせいだろうか、倒れたピンは8本。しかもスプリットで両端が1本ずつ綺麗に残ってしまった。苦手だという自己申告はどうやら本当だったらしい。
「よし、死ね」
「うーん、後はよろしく楓」
所謂7―10スプリット。最奥の両端が一本ずつ残るという最悪の状況。プロでさえ取るのは難しい。
「アレどうやって取るんだ?」
「片方に当てて飛ばしてぶつければいいんじゃない?」
「いや、無理だろ」
ぶつぶつと文句を言いながら楓はボールを持った。
(ぶつけて飛ばす、か)
凄まじいスピードのかかったボールは、残されたピンに触れる事なく綺麗に中央を素通りした。
「あんたねえ!! せめてどっちかは取りなさいよ!!
「うるせえ!! てめえがストライク取らねえのが悪いんだろうが!!」
当然のように仲間割れが始まった。こうなってくると夕月と陽の思う壺である。
その後は一方的な展開が続いていく――。
夕月・陽ペアは、お互いが取りこぼしたピンを丁寧に取っていく。合間にストライクを挟み理想的な展開である。
一方で楓・響ペアは、単発でストライクが出るもののスペアがなかなか取れない。大雑把な性格の二人は、狙ったピンを倒すなどという芸当はできないのだ。
終わってみると夕月・陽ペアが275。楓・響ペアが140。大差がついた。
「その顔をやめろ!」
「…………どの顔?」
夕月はニヤニヤしながら楓を見つめている。陽も同様に響を見つめている。
「いやー、大差がついちゃったなぁ。はっはっは!」
(ち、調子に乗りやがって!!)
「汚ねえぞおまえら! どう見ても素人じゃねえだろうが!」
「…………ふっ……何の……事か」
「ぐっ!」
「え? まさか楓ともあろう男が言い訳か? 違うよな?」
「……チッ!」
怒りが治まらない楓と響は、2ゲーム目も鬼の形相でボールを投げるが……それでスコアが上がったら苦労はしない。
終わってみると夕月・陽ペアが2ゲーム先取。早々に勝敗は決した。
ちなみに余談ではあるが、楓は二本ほどピンを破壊する事には成功した。
◇ ◇ ◇
「さーて、お楽しみの罰ゲームの時間だ二人とも!」
「……いえす!」
「「チッ!」」
顔が引き攣ったままの楓と響は、悔しそうにお互いの恋人を睨んでいた。
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