60 ウサギさんです
読者の皆様は絵を描くのは得意ですか?
私は苦手です......。
夕月をおぶったまま家へ向かって歩く。
問題の怪我人は、痛みがあるに決まっているのにうれしそうに背中にひっついている。怪我を心配されている事に加えて、先ほどのナンパしてきた男を追い返した事もあり、鼻歌交じりで上機嫌な様子だ。
そんな雰囲気に敢えて水を差すのも心苦しいものがある。「仕方ねえな」と若干渋い顔をするものの、その顔は夕月には見えていない。
楓や夕月が住むこの街は、お世辞にも都会とは言えない。途中通る商店街も時流には勝てなかったのか、常にシャッターが下がっている商店などが目立つ。夕陽がアーケードの屋根に反射して、キラキラと煌めく様はとても綺麗に見える一方で、言いようのない寂寥感を感じるのも事実だ。
とはいえ楓はこの街が気に入っている。
しぶとく生き残った昔ながらの商店は、都会の機械的なそれとは趣が異なる。積極的に自分から関わる事はないが、最近はロードワーク中に顔を覚えてくれる人もいるようで、店の中から「おはよう! 今日もがんばってるな!」などと声を掛けられることも増えてきた。
楓は軽く会釈をするだけだが、それでも相手に不快感は与えていないのだろう、ニコニコと手を振ってくれる。
高校入学当初はそんな声も煩わしいだけであった。一応礼儀として会釈していたものの、内心は「やめてくれ、面倒臭え」などとボヤいていたものだ。
夕月達と関わるようになってからだろうか、楓は相変わらず他者を寄せ付けない雰囲気を持っているものの、少しだけ角が取れて接しやすい雰囲気も出てきた。
毎日人を相手にしている商売人達は、楓のそのような変化にも敏感だ。ここぞとばかりに距離を詰めてくる。無論本業の商売も兼ねている訳ではあるが。
美少女を背負って歩いているとやはり目立ってしまうのだろう。当然のように声を掛けられた。
「よ! 楓くん! 彼女かい?」
初老で白髪混じりの短髪の男。筋骨隆々で黒く日焼けした肌、恰幅のいいその姿には活力が漲っている。魚屋の店主であるこの男は、隙を見ては楓に話し掛けてくる。
一人暮らしの学生である旨を説明すると、調理済みの煮付けや焼き魚など、旬なものを手渡してくる。代金を支払おうとしても「はっはっは! 余り物だし金なんかいらねえよ!」と、代金は受け取ってくれない。
度々そのような事があるものだから、ロードワークの途中で立ち止まって世間話をする時間も増えた。内容は専らボクシングの事であるが。
格闘技が好きな店主とはウマが合ったようで、思った以上に話が合う。その豪気な性格は楓とも相性が良かったのかもしれない。
「ま、そんなもんですよ」
「ほー!! 凄え美人じゃねえか!!」
店主はギョロっとした目で夕月を見ると、夕月は少し怯えるように楓の背にしがみつく。
「夕月、怖がらなくていいぞ。この人見た目はこんなだけど悪い人じゃねえから」
「はっはっは!! そうだぞ! だいたいこんな可愛い子に手出したら嫁さんに殴られるわ!!」
「誰が殴るって?」
「ひっ!」
店の奥から女性が出てくる。店主の妻であるこの人物も楓とは顔見知りだ。煮付けなど惣菜はこの人が調理してくれているらしい。ニヤニヤしながら楓達に近付いてくる。
「へぇ!! なんだい! 楓くんにもついに彼女かぁ! いいねお似合いだよ! なんだかんだで楓くんはイケメンの部類だからねえ」
「それはどうも」
「相変わらずクールだねえ」
クスクスと笑っている仕草にも、どことなく品を感じる。元はどこかのお嬢様なのかもしれない。
「このバカが怖がらせてごめんなさいね。今度ゆっくり買い物にでもきておくれ。サービスしちゃうから!」
「……は……はい!」
「その嬢ちゃんを送っていくんだろ? 足止めして悪かったな! また今度ゆっくり二人で来てくれや!! 魚の捌き方ぐらいは教えてやるよ!!」
「いや、遠慮します。料理しないですし」
「おまえなぁ。そこは黙って頷くところだろうが」
騒がしい夫婦に見送られながら店を後にする。最初は怯えていた夕月も手を振り返していた。
「……いい人達……だね」
「あぁ、そうだな」
楓がいい方向へと変わっていくのも、こういった人付き合いが影響しているのかもしれない。クラスメイトと話すのは億劫になるが、この商店街の人達は気を遣わなくていいから楽だ。
楓のデビュー戦は臨時休業にして応援に行く事も計画しているらしい。ありがたいとは思うが、どうにもむず痒い。
その後も色々な人達に話し掛けられながら夕月の家へと向かった。
――――――――
「じゃあ、俺はついでに走って帰るからよ。明日迎えにくる」
「……了解」
真面目な顔で小さく敬礼している姿を見ると笑えてくる。ふざけてるのか本気なのか……。まぁそれでも笑顔が見えたので良しとする。
「……あ」
何かを思い出したように夕月は手荷物を漁り始めた。
「……これ」
「あぁ。わかった」
交換日記はなんだかんだで続けている。
日常会話の延長のようなものだが、書くのが習慣化してくるとそれなりに楽しい。可愛い顔に似合わず達筆な字は読んでいて感心さえする。整ったその字で天然ボケをされた日には笑いを堪えるのが難しい。
ノートを受け取ると軽く手を振り背を向ける。
すると服の袖を引っ張られた。
「なんだ?」
「……読むと……いい」
お姫様はどうやらその場で読め、と言いたいらしい。十秒ほど無言で見つめ合った後、溜息をつきながらノートを開いた。
中にはお世辞にも上手いとは言えないクマの絵が描いてある。「元気出して!」と吹き出しでコメントまで付いていた。
上手いとは言えない……。
訂正。物凄く下手糞である。夕月は基本的に可愛いものが好きであるのだから、当然のように絵心もあるものと思っていた。どうやらそれは間違っていたようだ。
だが妙な愛らしさがあり癖になりそうではある。
予想外の内容に硬直していた楓だったが、じっとその絵を眺めると声を出して笑い始めた。
「ぷっ! おまえ何これ! いや嫌いじゃねえけどよ。クマって!」
「…………ウサギさん」
どうやらウサギだったようだ。
楓の反応が不満だったようで、頰を膨らませながら胸を叩いてくる。
「……ふんだ」
「怒るなよ。だから嫌いじゃねえってこの絵」
「……ほんと?」
「あぁ…………くっ! ぷっ!」
ノートの中のクマ……ウサギと目が合う。「こっち見んな」と言われているようで、どうやら楓のツボに嵌ってしまったらしい。必死に笑いを堪えるものの、我慢すれば逆に笑いたくなるのが人間の性である。
「……もう!」
「だっておまえ! いやこれ! くっ!」
「……納得……いかない」
この後、夕月の機嫌が回復するまで二十分ほど要した。完全に楓の自業自得である。
力技ではあるがそれなりに元気も出た。
◇ ◇ ◇
――翌日。
何度も鳴る玄関のチャイムの音で目を醒ました。
チャイムが鳴るのは構わないのだが、連打するのは止めて欲しいものだ。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン――。
耳に指を突っ込みながら、寝汗で不快感のある身体を起こす。大きく息を吐くと気怠げに玄関へと向かった。
「朝っぱらからうるせえんだよ!!!!」
「おっはよう楓!! 何度もチャイム鳴らしたんだよ! 無視されるとお父さん泣いちゃうよ!?」
予想通りというか、来客は幹であった。それにしても聞いていた時間より一時間半ほど早い。
遠足を待ちきれない小学生……そんな表現が良く似合う。幹の満面の笑みは、寝起きにはなかなかくるものがある。
(はぁ……そんなに楽しそうな顔するなよ)
「まだ時間早いだろ? じゃあ一時間後にまた来てくれ」
静かにドアを閉めて鍵をかけた。チェーンも忘れない。
「楓! 楓! かーえーでー!!」
ドアを隔てて聞こえてくるその声に楓は狼狽した。
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