6 少女は意外に教鞭が似合う
閲覧数を見てビックリしてしまいました。
読んでいただいてありがとうございます(人´∀`)
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三人は楓の部屋でテーブルを挟んで向かい合って座っていた。夕月も陽も興味深そうに部屋を見回している。
楓の部屋は簡素なものであった。最低限必要な家具があるだけで何かを飾っているわけでもない。掃除はこまめにしているため散らかってもいない。世間一般でいうところの男子高校生の部屋とはかけ離れていた。
悪く言うと生活感が無い。料理をするわけでもないため調理器具も無い。生活の拠点というよりは一時滞在所という表現が近い。
「これが男子高校生の部屋か?」
「散らかってるわけじゃないしいいだろ」
「そういうことじゃないんだよなぁ」と陽は納得いかないと言いたいような顔をしている。
夕月はと言うと、「…ともだちの…お家」と目をキラキラさせて興味津々の様子だ。
「緑茶とウーロン茶と水。どれがいい?」
「健康すぎだよおまえは…ウーロン茶」
「…………緑茶を」
飲み物を用意するとすぐに勉強を始めた。一緒に勉強してて思ったのだが夕月は教え方が上手い。口数はやはり少ないが、わからない箇所は順を追ってヒントだけを上手く伝えてくる。基本的には自力で解かせるスタイルだ。自力で解いたという印象が残るため忘れにくい。教師とかもしかしたら向いているのかもしれない。口数さえどうにかできればだが。
「夕月さんって教えるの上手いよね。先生になれるよ」
「…………でも……話すの……苦手」
楓や陽と話すぶんには、割と早く受け答えができるようになってきた。あの精神を抉られるような絶妙な間が無くなっただけでも大きな進歩だ。
勉強がひと段落したところで休憩することにした。
「そういえば夕月さん。せっかくだから連絡先交換しようよ」
「…………うん…いいよ?」
夕月は大きな瞳でじっと楓を見つめる。その意図が分かった楓は先に口を開いた。
「悪いが俺はスマホもガラケーも持ってないんだ。必要無くてな」
「…………」
夕月はこの世の終わりのような顔をしている。なんて失礼な奴だろうか。
楓がスマホを持っていないのは単純に使わないからである。前は持っていたがほとんど使わなかった。ゲームをやるわけでもないし、ネットも見ない。SNSなんてその単語を聞いたことがあるぐらいの認識だ。
(走る時にも邪魔になるしなあれ)
携帯できないなら携帯電話の意味は無い。これが楓の結論。
「楓はあれだなぁ。仮にメッセ飛ばしても確認すらしないような気がする」
「メッセージは飛ぶのか?」
夕月はプルプルと震えている。笑いを堪えているのか変な顔になっていた。それでも美人というのが恐ろしい。
落ち着こうとしているのだろう。緑茶を口に含むと下を向き沈黙した。
(なんかやり返したくなるよな)
下を向いた夕月の顔をさらに下から覗き込む。予想外の楓の行動に驚いた表情を作る。
「…メッセージは飛ぶのか?」
夕月は緑茶を盛大に吹き出した。
◇ ◇ ◇
現在夕月は布巾で床を拭いている。時折「……あれは…卑怯」と聞こえてくる。楓の心はしてやった達成感で満ちた。
「ボクサーは負けず嫌いなんだよ」
「……………むう」
ぷくっと頰を膨らませて睨んでくるが、楓はというとどこ吹く風だ。
「楓と夕月さんって全然タイプ違うのに妙に波長合ってるよな。不思議だよ」
「まぁ会話しなくても変な空気にならないのが不思議ではある」
「…………そう言われて…みると……不思議…かも?」
楓としては気を遣わなくていいから夕月とのやり取りはストレスは溜まらない。会話はゆっくりすればいいだけだし、そもそも急かす理由も無い。本人のペースに任せればいいと思っていた。一生懸命言葉を選んでいる様子は可愛いし微笑ましいとも思っている。
夕月としても一生懸命考えて話そうとしているのを、じっと待ってくれる楓がありがたかった。人によってはイライラしたり、会話自体を諦めてしまう場合もあったから。楓なりの思いやりが伝わってくるので自然と笑顔になる。
そんな二人だから偶然噛み合ったのだろう。
見つめ合う二人を見て陽はジト目で口を開く。
「…もしもーし? 俺いるの忘れないでね? 二人の世界もいいけど俺にも構って? 泣いちゃうよ?」
はっと我にかえった夕月は恥ずかしそうに顔を伏せた。指で髪をクルクルと弄っている。
「あ? 同じ場所にいるんだから忘れてるわけねえだろうが。バカなのか?」
「…………………神代…くん…」
「…こいつはほんとに」
肝心な時に空気が読めない楓に陽は呆れて何も言えない。夕月はどこか諦めているような表情だ。楓としては心外である。
色々あったが勉強会は無事終わった。楓も陽も一人で勉強するよりは遥かに捗った。夕月のおかげである。
「夕月さん、今日は本当にありがとう! またお願いしてもいい? いやどうかお願いします!」
両手を合わせて拝むように頭を下げる。夕月その様子を見てクスッと笑う。
「…………もちろん。わたしも……楽しかった…し」
「ありがとうございます先生!」
「…………任せ……たまえ」
両手を腰に当てて笑顔でそう返す。
「俺もいいか?」
「………え?……神代くんも…いるんじゃ…ないの?」
当たり前でしょ、とでも言いたいように下から見つめてくる。
(そうか。当たり前なのか)
「そうだな。陽もいるなら俺もいないとな」
動揺から僅かに胸が痛んだのを楓は「気のせいだ」と目を背けた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ俺は一人寂しく帰るからよ! 楓は夕月さんを送って行けよ」
「リア充爆発しろ」と一言残して陽は帰った。リア充を体現しているような奴が言うセリフではないな、と思った。
楓は夕月の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。すれ違う人はみんな隣の少女を見ているようだ。そしてその横の楓を見て諦めの表情である。
イケメンというほどの容姿ではないが楓の顔も整っている。しかも身体も大きく、睨んでいるわけではないが眼光は鋭い。楓が隣にいる間は間違っても声を掛けられることは無いだろう。
時折隣を見る。視線に気付いた夕月は屈託のない笑顔を見せる。会話は無いが暖かい空気の中歩いていった。
「………………あ」
何かを思い出したように手荷物を漁りだした。取り出したのは一冊のノート。表紙には綺麗な字で「交換日記」と書かれている。
「……スマホ……なくても…これなら」
あまりに予想外すぎて吹き出してしまった。
「ぷっ、交換日記って!」
「………………心外」
こんな発想ができるのが夕月なのだ。その純粋な心は楓と繋がるために交換日記を選んだ。
(子供っぽい…いや違うな純粋なだけなんだこいつ)
「いいぜ。少し面倒くさそうだが面白そうだ」
「…………やったぜ」
小さくガッツポーズを作るその姿はうれしくてしかたないのが嫌でも伝わってくる。
二人の間だけのやり取りが今日から始まった。