53 曇り空
いつも読んでいただいてありがとうございます!
ちょっと考えていたら更新遅れてしまいました。申し訳ございません。
海から出た2人は真っ赤な顔のままだ。とりあえず陽達のところへ戻ることにした。
それにしても……
いきなりキスとは正直驚いた。柔らかな感触が消えてくれない。夕月の方へ視線を移してみるものの、やはり吸い寄せられるように唇を見つめてしまう。
(だめだ……最近気が緩んでるぞ。しっかりしろバカが!!)
必死に心を鎮めようと努めるものの、簡単に落ち着けるのなら苦労はしない。
最近の楓は心を乱されてばかりだ。
人としては間違いなく成長しているし、歳相応の振る舞いも増えてきてはいる。それは本来好ましい事であるのだが、楓自身は言い知れぬ焦りのようなものを感じていた。
元来、器用な男では無い。目標へ向かって不要な物は何もかも犠牲にする姿勢は、見ていて気持ちのいい生き方なのかもしれない。少なくとも陽や響には好ましく映る。
だが、そんな生き方しか知らないから不安にもなるのだ。
夕月達と一緒にいると、毒気を抜かれるというか。心の中に暗雲がかかり常にモヤモヤしている。
常日頃、臨戦体勢で構えている心と身体は、いつ試合が始まっても戦えるように備えている。
たが今の自分はどうだろうか。もしかして弱くなっているのではないか。そんなことを考えると、じわりと焦燥感に駆られるのだ。
焦る気持ちは悪循環へと陥る。そんな自分に反吐が出る。いつからこんなに堕落したのだろうか、自分自身がどうしようもなく許せない。
――こんなものは神代楓では無い。
天童明の背中をひたすら追いかけてここまで来た。迷い無く突き進んできたその道に後悔などあろうはずも無い。
明は今の自分を見たらどう思うのだろうか。失望するのだろうか。
口の中に鉄の味が広がる。噛み切ってしまった唇から流れる血、不甲斐無い自分に腹が立つ。
楓の異変に気付いたのか夕月は心配そうに見上げてきた。
「……楓?」
「……なんでもねえ」
「…………」
夕月のせいでは無いのだ。それは断じて違うと、隣の少女を見ながら心の中で呟く。何より自分で強く望んでいることなのだ。他の誰にも渡す気など無いし、そんな場面は想像したくもない。
だからきっとこれは自分自身で処理しなければいけない事だと言い聞かせる。
大きく息を吸うと、ゆっくりと時間をかけて吐き出した。
(よし。落ち着いた。しっかりしろ! ブレてどうすんだ。夕月とは一生一緒だと誓っただろうが。男なら言ったことは守れよ)
楓の深刻そうな様子を気遣っているのか、無言で押し黙っている。
「悪い。ちょっと考え事してた。戻るか」
「……うん!」
空いている方の手で頭をそっと撫でる。海水で濡れた髪からは、何時にも増してにその体温が伝わってくる。じっと見つめてくる瞳には信頼の色が濃い。
危うくなりかけた空気は、霧散し元の鞘へと戻った。
◇ ◇ ◇
陽達のところへ戻るとちょうど何やら騒がしくなっていた。有名人でも来ているのだろうか。不思議に思い陽に尋ねる。
「なんか騒がしいな。芸能人でも来てるのか?」
「人混みで見えないからわからないんだよ。でも有名人っぽいよな」
ふーん、と興味無さそうに返事を返すとビニールシートに腰掛ける。夕月や陽、響も隣に腰掛ける。
話すのも億劫になりそうな暑さなのに、自分以外のメンバーは皆元気である。海は別腹みたいなものなのだろうか。
「それにしても本当に暑いわね……この中で走ったらいい練習になりそう」
「珍しく気が合うな」
「……2人とも練習の虫だよね」
娯楽の場であるのにどうしてもそんなことを考えてしまう、走りたいのを堪えて自重しているのは評価すべきところではあるが。
「楓。あんた何か飲み物ない?」
「ほらよ。飲んだらそのまま捨てとけ」
「さんきゅ」
「…………あわわわ」
受け取ったペットボトルに躊躇いなく口をつける。楓と響は昔からこういった事をしているため、勿論特別な意味など無い。
陽は呆れたように笑っていた。
夕月はそんな2人を指差しながら、陽の肩をバシバシ叩いて抗議している。
「ん? 夕月ちゃん、そんなに慌ててどうしたの?」
「……か……かか…………間接キス」
「は? こんなもん普通じゃねえのか?」
「私もそう思うけど」
「まぁまぁ」となだめる陽の姿が不思議だった。何か問題でもあるのだろうか。そもそも先ほどはそれ以上の事をしている。
「間接も何も、直接さっきしたじゃね、むぐっ!」
言い切る前に口を押さえられた。言うまでもなく夕月である。あわあわと慌てており、顔からは火が出そうな勢いだ。
「え!? うそー!! なになに、ちゅーしたの夕月ちゃん!!」
「…………」
下を向いたまま固まっているが、その沈黙がそのまま肯定の意となる。
「楓……いつの間にそんなリア充に。俺は嬉しいよ、母の心境だ」
「無理矢理されたんだよ」
「嫌だったのか?」
「それは……別に嫌とは言ってねえよ」
もう見ていられないと響は思わず視線をそらす。
だが、その会話を聞いていたのは陽達だけではなかったようで……
気が付いたら他のクラスメイト達も周りにいた。一種の見せ物になっていたようだ。
「神代くんと夕月さん……す、凄いね色々」
「心折れる……」
「キスって。え? 夕月さんとキス? はい?」
嫉妬や羨望など、様々な感情が渦巻くカオスな場になってしまった。阿鼻叫喚と言い換えても間違ってはいない。
若干呆れながら見ていると、前方の人集りから誰かが近付いてくるのが見えた。芸能人的な誰かなのだろうか。
しかし、それは意外な人物であった。
「や! 奇遇だね楓くん」
そこにいたのは駿河慧。
隣に立っているのはトレーナーか何かだろうか。真夏の唸るような暑さの中で、慧は長袖のジャージを羽織っている。滝のような汗が額から流れ落ち上着の色を変えていた。
汗が滴るその姿は、女性に見えてもおかしくないほど妖艶な雰囲気を出している。
(なるほどな。人集りの中心はこいつだったか)
「遊びに来た……って様子じゃないな」
「海って練習するところでしょ?」
当然のようにそう言い放つ姿には、勿論迷いなど無い。
息を整えると、腕組みをしながら値踏みするように楓を見つめる。鼻で笑うと口を開いた。
「高校生らしく遊びに来たのかい? 君らしくないなぁ。残念で仕方無いよ」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
「売ってもいいけどさ、今の君にその価値はあるのかな」
「……」
慧は上着を脱ぐと足元に置いた。
「ねえ、マス(寸止め)ボクシングやらない? 今から。どっか人気の無いところで。目立つのも面倒だしね」
「……上等だよ」
その返答にくすりと笑うと背を向けて歩き出す。
上着を脱ぐと、夕月達にはついてこないように言葉を残し慧を追った。
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