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51 周知しましょう

 


「海なんてどうだいお兄さん?」



 気持ちの悪い笑顔を向けてくる陽。引き攣らせながら笑うとはなかなかに器用である。


「クラスの連中、それに加えて他のクラス約10人ぐらいで海行くことになった。響も行くらしいぞ。楓と夕月さんも来るだろ?」

「は? 頭おかしいのかおまえ。行くわけねえだろうが。おまえらは勝手に青春を謳歌してろ」

「はは、だよな。そう言うと思った」


 今部屋にいるのは楓と夕月そして陽。突然の海への誘いに嫌悪感は最高潮に達する。陽と響だけならまだいい。クラスの連中やその他大勢と一緒に行くなどあり得ない。

 終始イライラするのは火を見るよりも明らかだ。

 そんな楓の様子を見て察したのだろう、陽は困ったように頭を掻いている。


「ぶっちゃけるとさ。色々な人から楓と夕月さんは来ないの? って聞かれてるんだよね……」

「何でだよ。夕月はともかく俺が呼ばれるのはおかしいだろうが」

「いや、おまえ女子の間で好感度上がりまくってるみたいだぞ? ほら例のネットで拡散したあれだよ」


 どうやら面倒な事になっているらしい。楓と夕月が恋人関係だという事はまだ広まっていないのだろう。夏祭りの時に見られてはいるだろうが今はまだ夏休み。情報の拡散は遅いようだ。


 楓狙い、そして夕月狙い、それぞれの勢力が動いた結果、陽は少々困った状況になっているらしい。



 心底鬱陶しい。



「チッ。バカ面下げて遊んでる奴らに何で俺が関わる必要があるんだ。お断りだ、反吐が出る」

「……悪かったよ。何とか言い聞かせておく」


 陽には少し悪い事をしたが後悔はしていない。それほど本気で嫌であった。


「……楓……行こう?」

「は? なに言ってんだよ」

「…………ある意味……チャンス」

「?」




 夕月の説明はこうだ。


 交際している事を知らない人が多いのであれば、むしろ分からせてやればいい。学校だとクラスが違うし時間も限られてくる。

 だが今回は都合よく他クラスの連中も参加するのだ。とすれば1発で周知することができるだろう。


 夕月にとってはラブレターの数を減らす絶好の機会でもある。しかも四六時中楓とベタベタしていられるので一石二鳥。むしろそれが目的と言ってもいい。


「なるほどな……確かに。そう考えると都合いいな」

「お!? マジで? 2人とも来てくれるのか?」


 夕月に言い寄る男が減るのならいいのかもしれない。何より陽は本当に困ってるようだ。気乗りはしないが……夕月と陽の為であれば1日ぐらいなら我慢できる。


 それに別に遊ぶ必要は無いのだ。適当に時間を潰せばいい。






 と思っていたがどうやら甘かったらしい。





 ――当日――



 雲ひとつ無い夏空。じりじりと照りつける暑さに気が滅入ってくる。


「はぁ……何だよこの人の量は。くそ! イライラする」


 思っていたより人は多かった。考えてみると当然で、学生など皆考える事は同じなのだ。ぱっと見同年代の学生らしき者が多いように見える。加えて家族連れやその他諸々……


 適当に時間を潰せばいいなんて考えは甘かった。

 

「あんたにとっては地獄ね。ご愁傷様」

「……楓と……海……ふへへ」


 水着に着替えた夕月と響が話しかけてくる。当然のように2人とも注目の的だ。


 夕月は白のビキニ。下はショートパンツのようになっているようだ。髪は緩くポニーテールで纏めている。滑らかで雪のように白い肌は、夏の砂浜には場違いのようにも見える。

 細身でありながら出るところは出ている。小柄で僅かに幼さが残る表情。そのギャップが作り出す破壊力は無差別に男性客を悩殺している。


 もはや楓はどう形容していいのかわからない、ただただ綺麗だった。少なくとも今日海に来ている女性の中ではかなり目立つ。

 まぁ普段から目立ちまくっているのだが。


 あまりの美しさに見惚れてしまうのも無理は無いだろう。それは楓も例外では無い訳で。


「……顔……赤いよ?」

「……暑いんだよ今日は」


 直視できずに思わずそっぽ向いてしまう。それがお気に召さなかったようだ。


 いきなり腕を組んできた。


「お、おい! さすがにやべえって! 色々当たってるぞ!」

「……いい……今日は…………ずっと……こうする」


 一緒に来た連中は2人のその姿を見て絶句する。ギリギリと歯軋りが聞こえてきそうだ。

 少しすると話したこともない女子が寄ってくる。


「夕月さんって神代くんと。えっと、そういう関係なの?」

「……はい…………彼女……です」


 頰を桃色に染めて恥じらう夕月の姿を見て愕然とすると、もう何も言えない。男女共にその表情を見ただけで嫌でもわかってしまったようだ。


「そ、そうなんだ。へぇ、そうなんだ……」


 虚ろな目が少し怖かった。何かを悟ってふらふらと離れて行ってしまった。

 隣の夕月は何故か勝ち誇った表情だ。


「…………渡さない」

「あ? 何か言ったか?」

「……何でも……ない」


 とりあえず目的は達成できただろう。見せつけてやったのだ、ミッションコンプリート。

 もう大丈夫だなと離れようとするものの、夕月は腕に込めた力を緩める気配が無い。周囲の視線も痛いのでそろそろ離れて欲しいところだが。


「もういいだろ。離れろ」

「…………嫌」


 どうやら離れる気は無いという事らしい。胸が当たっているのもお構い無しで更に力を込める。その体温が直に伝わり心臓の鼓動が早まる。


 大きく溜息をつくと気持ちを落ち着かせた。


「わかった、好きにしろ。ただ上に何か着てくれ頼む」

「……むう……どうして?」

「その格好で腕を組むのは俺がキツい。それと他の連中に見られるのは気に入らない」

「……」


 よっぽど余裕が無いようで、普段の楓ならなかなか言わないセリフである。それを聞いた夕月は上機嫌でニコニコしている。


「……わかった……着る」

「せっかくの海なのに悪いな」

「……いい…………私は……楓のもの」

「何言ってんだよおまえは。アホか」

「…………事実」


 2人のやり取りに聞き耳を立てていたクラスメイト達はブツブツと文句を言っている。陽と響も苦笑いだ。


「2人だけの世界もいいけど、他にも来てること忘れるなよ? やりすぎると死人が出るぞ」

「今日は夕月ちゃんの破壊力がヤバいね……同性でも襲っちゃいたくなる」


 彼女が可愛いと良い事ばかりでは無いらしい。刺さる視線の多さに自然と溜息が漏れる。


 1日はまだ始まったばかりだ。

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