5 勉強会
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――放課後。
楓は生徒指導室で担任のあずみと向かい合っていた。悪びれもせずめんどくさそうな様子を見てため息をついている。
「まぁ事情はわかった。おまえはプロを目指しているんだな?」
「はい。俺はプロになります。テストは赤点取らないぐらいには勉強していますよ。もう帰っていいですか?」
「待て待て待て」と引き止められる。
「…俺の目標には学校での勉強は必要ありません。はっきり言わせてもらいますが時間の無駄です。そんな時間あるなら寝るか走ります」
実際のところ楓は本気でそう思っていた。学校は夢を叶えるために努力するところ。だが自分の夢を叶えるために勉強など必要無い。最低限の常識と計算ができれば十分なのだ。
赤点は取らない、と言っているのに引き止める目の前の女性は心底邪魔だと思った。迷惑はかけない。俺の邪魔をするな、とまで。
楓がそう考えているのを察したのか、眉間に指を当て考え込んでいる。勉強について説教でもされるのかと構えていたら意外なことを言われた。
「…おまえは高校生だろ? 友達と遊んだり、彼女作ったり、興味無いのか?」
「興味が無いと言えば嘘になります。ですが優先順位が遥かに下ってことですよ。俺は最短距離を行きます」
「…おまえの考えはわかった。目標が定まっているというのはむしろ立派なことだ。私がおまえぐらいの歳の時は何も考えずに流されて勉強していたよ」
思い出すように上を向きながら話す。
「私はおまえを応援する。とりあえず赤点は取らない程度に勉強しろ。最低限で構わない、私の授業では寝るのは許す。知らないふりをしてやるから。だが他の教師の授業はとりあえず起きていろ。話は聞かなくてもいい」
もっと長々と勉強の大切さを説教されるかと思っていたから拍子抜けだった。あずみは一人の人間として楓ときちんと向き合ってくれた。楓は素直にうれしく思った。自分の進む道は間違っていないと少し認めてくれたようで。
「…ありがとうございます。ですが意外でした、もっと長々と説教されると思っていたので」
「おまえは説教なんてしても聞かないだろ? 無駄だと思ってるんならいくら話してもそれは中身の無い話だ。それにな」
「私もボクシング好きなんだ」と笑顔で語りかける。旦那と一緒に会場まで見に行くほど好きらしい。だから応援する、と言った言葉も本心からのものなのだろう。
「試合は必ず見に行ってやるよ、自慢させてくれ。あいつは私の教え子なんだぞー!ってな」
「必ず俺はチャンピオンになります。見てて下さい」
その顔を見てあずみは頷いた。言い切った楓には一切の迷いは無い。「だがな」と付け足す。
「人ってのは変わっていくんだ。今はそうでも他の人と関わっていけば良くも悪くも変わる。おまえを大事に思ってくれる人も増えるだろう。がむしゃらに頑張るのを止めはしない。だが他の人も気遣えるような大人になれ」
「そんないい男になれ」と肩を叩かれた。
教師というのはもっと融通の利かない目の上のタンコブみたいな存在だと思っていた。だが少なくとも目の前の女性は本気で自分の事を考えてくれている。
正直なところ、あまりに煩わしい環境であれば学校など辞めてしまおうとまで思っていた。その覚悟もあった。
だがその考えを全て見透かしているかのようにあずみはスルスルと楓の懐に入ってきた。こういう形で応援するなどと言われてはやめるにもやめられなくなる。
「さぁこれで終いだ。ほれ早く行け」
「…ありがとうございます。失礼します」
一礼すると部屋を出た。やる気がより一層漲ってきた。
正面玄関に向かって歩く。途中には茶髪の友人が待っていた。その横には夕月も。
「よっ! 不良少年。おつとめご苦労」
「……………ご苦労」
気をつけをして敬礼している二人。思わず吹き出した。
二人とも楓を待っていたようだ。不良っていうなら平気で茶髪にしている陽のほうではないか、と思ったがそれは伏せる。
それにしても改めて二人を見るとお似合いである。美男美女の組み合わせは凄まじい。
「おまえらすげー似合ってんな。付き合ったら?」
「おまえはまたそういうことを…」
その言葉を聞いた夕月は片手にタオルを持ちタタタタと楓の背後へと回る。
ペシっ! ペシっ!
背中をしばき始めた。地味に痛痒い。楓は不思議そうな顔で陽に聞いた。
「なぁ、なんで俺攻撃されてんだ?」
「さすがに全面的におまえが悪い。甘んじて受けろ」
「もっとだ! もっと勢いよく手を振れ!」などと指導している。夕月も頷いている。もはや意味がわからない。
背後からの攻撃を無視しつつ正面玄関へと向かう。今日はジムは休養日だ。練習は禁止されているからどうしたものか。めんどくさいが少し早めのテスト勉強でもするかと考えていた。
ペシっ! ペシっ!
「楓は今日ジム行くの?」
「今週は休養かな。ダメージ抜けてないみたいで練習禁止された」
「マジか!? んじゃ暇か? いやむしろ暇だろ」
「時間はあるけど勉強でもするかなぁと。やりたくないが」
ペシっ!…不意に攻撃が止まった。夕月は楓達の正面に回ってきた。
「………勉強……するの?」
「あぁ、嫌々だけどな」
すると自分を指差して口を開いた。
「……わたし…一応……1位…だから……役に立てる…かも?」
「おー! それいいな! 夕月さんから教えてもらったらいいじゃん! てか俺にも教えてお願い」
(そうか。こいつめちゃくちゃ頭良いんだった。普段の行動とのギャップが酷くて忘れてた)
しっかりと勉強しないと赤点まっしぐらである。テストの直前期間は基本的に楓も気合いを入れて勉強している。もともと頭は良い方なのだ。勉強しないだけであって。
仮に夕月から勉強を見てもらえるとすればそれは願ったりかなったりだ。効率良く覚えるに越したことは無いのだから。
「お願いしてもいいか?」
「…………任せて」
渾身のドヤ顔である。こんな顔もするんだなぁと微笑ましく見ていた。ちょっと前まで自殺しようとしていた人と同一人物とは思えないぐらい。理由は気になるがそこに踏み込むのは違うだろ、と一線引いている。
自分の影響があったのかは知る由もないが、ひとまず今のところは早まった行動は取らないだろう。
若干の心配を込めた目でじっと夕月を眺めていた。
「………わたしの……顔…何か…ついてる?」
「いや、何も付いてない。いつも通りの美人だ」
「………ふぇ?」
軽くピンク色に顔を染め、キョロキョロと視線が定まらない。陽の腕を引っ張ると「あいつが!あいつがぁ!」みたいな感じで楓を指差している。
「おまえなぁ。夕月さんこのままだと精神的に死ぬぞ」
夕月は首を激しく縦に振っている。なんかこんな人形あった気がする。
「…よくわからんがすまんな」
「おう! 猛省しろ。なんちゃって天然男め」
まぁ別に怒ってるわけじゃなさそうだしいいか、と当然のように反省などしない楓であった。
◇ ◇ ◇
一緒に勉強する。と決めたのはいいものの問題は場所である。楓としては学校は避けたい。夕月と一緒にいると視線の数がすごいのだ。無視すればいいのだが、終始見張られているような感じが煩わしい。
さて、どうしたものかと考えていたところ陽が何か思い付いたようだ。
「いい場所がある。俺に任せてくれ!」
「おっ。さすがチャラ男。色んな場所知ってそうだもんな」
「ついてこい野郎ども」と張り切っているので任せてみた。楓と夕月は後をついていく。
「小日向は時間大丈夫なのか?」
「…………大丈夫。門限…とか……無いし。…遅くなる…連絡は……しておくから」
「なら大丈夫だな」と再び歩き出す。
15分ほど歩いたところで陽の足は止まった。
「とうちゃーく! な? いい考えだろ?」
「おまえ…正気か?」
大きなため息をついて額に手を当てた。そこは楓が住むアパートであった。