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49 その石の意味は

 

 自宅玄関前に着くと外にまで良い匂いが溢れてきた。

 どうやら昼食を用意してくれているらしい。なんとありがたい事だろうか。


 実際夕月に度々食事を作ってもらってから体調はかなりいい感じだ。練習した分がそのまま血肉になっているような気がする。食事に手を抜いてきたつもりは無かったが、自分でもわからないうちに妥協していた事は否めない。


(カレーだな)


 匂いですぐにわかる。しかし短時間で用意できたのだろうか……謎である。何にせよ自宅からカレーの香りがするのは初めてのことだ。料理は全くしないため当然ではあるが。


 玄関を開けると小さなスニーカーが見えた。楓の手と同じぐらいの大きさなので見る度に笑ってしまう。


「……おかえり……なさい」

「ただいま」

「……ご飯に……する? お風呂に……する? それとも……」

「飯」

「……それとも……」

「飯」

「……むう」


 お決まりパターンに付き合うつもりは無い。だいたい風呂を用意してないのだから言いたいだけなのだ。

 隙あらば抱きつこうとするのを片手で阻止しつつ部屋に入る。


「…………なぜ……拒む」

「暑いだろうが」

「……私は……大丈夫」

「俺が大丈夫じゃねえんだよ! 離れろ!」

「……うぐぐぐ」


 結局は背中に抱きついてきた。引き離しても磁石のように戻ってくるので諦める。「……楓の……匂い」などと呟くのは構わないのだが、聞こえないように心の中で留めて欲しいものだ。


 紛れも無い特上の美少女なのだ。正直体温が伝わるだけでも間違いを犯しそうになる。最近の夕月は前にも増してスキンシップが増えた。好きだ! と強く伝わってくるのは嬉しいのだが、何事もやり過ぎは毒となる。しかも……


(……こいつ。もしかして)


 最近は少し気になっていた。だが敢えて触れることでも無いからスルーしていたのだが、こうも密着されるとさすがに気になってくる。


「なあ夕月。おまえ太った?」

「…………変わらない……よ?」

「いや、なんか前より大きくなってないか?」

「……何が?」

「ほら、あれだよあれ。胸」


 勢いよく離れると顔を真っ赤に染めてわなわなと震える。リスのように頰を膨らませ、眉を上げて睨んでくる。


「……えっち」

「無防備にくっつくおまえが悪い。俺にデリカシーを求めるな」

「……でも……たしかに…………最近胸元……きつい」

「そうか。おまえ美人だもんな。鬼に金棒ってやつか」

「……不意打ち……ずるい」

「は? 意味わからん」


 夕月は困ったように笑うと正面で向かい合うように立つ。両腕を広げると少し恥ずかしそうに見上げてきた。抱きしめてと言いたいらしい。


 恥じらう仕草すら可愛らしい。いや何をしてても魅力的に映るのは理解しているが。それにしても……目に毒である、それも猛毒の類。


 潤んだ大きな瞳に引き寄せられるように身体は勝手に動く。



 気が付くと正面から思いきり抱きしめていた。



 細くて柔らかくて、そして女性特有の甘い香りがした。いや女性特有ではない、夕月特有の優しい香り。


「……か……楓?」


 突然強く抱きしめられ、甘い声と同時に吐息が漏れる。それでも身体を震わせながら力強く抱き返してきた。


 この状況になって初めて楓は我に返った。慌てて両手を上げて万歳の体勢。


「わ、悪い!」

「……んーん……うれしい」

「おまえ可愛すぎるんだよ。あんまり無防備すぎると……わかっただろ? 俺だって一応男なんだ。マジで何するかわからねえ」

「……いいよ……何……しても……楓なら……全部……受け入れる」

「そういうところだよ!! 離れろ!!」

「……楓から……抱き締めた……くせに」

「ぐっ!」


 ぐうの音も出ない正論である。今回に関しては完全に楓の過失、夕月の言うことももっともだ。


 だがこのままの状態は非常によろしくない。気を抜くとベッドに押し倒してしまいそうになる。今の夕月はそれほどに妖艶な魅力を醸し出している。


 濡れた唇。潤んだ大きな瞳。至近距離で下から見つめてくる。


(いやいやダメだろうが! 落ち着け!)


 目を瞑ると深呼吸をする。まだそういうのは早いと自分に言い聞かせる、何度も何度も。

 まだ自分は何も成していないのだ。それなのに本能に任せて無責任に動くなどあり得ない。万が一があった時責任は取れるのだろうか。そう考えると……



 ダメに決まっている。



 夕月の両肩を掴むとゆっくりと引き離していく。悲しそうな表情に胸が少し痛むがぐっと堪える。

 大きく息を吐くと頭に手を乗せて話しかける。


「まだそういうのは早いな。俺じゃなければ押し倒されてたぞおまえ。男子高校生なんて後先考えないで動いてる奴多いだろうしな」

「……私は……構わない……よ?」

「焦るなよ。俺はおまえだけだ。おまえも俺だけだろ? だったら今はまだ違う」


 じっと見つめてくる。時計が刻む音がやけに大きく聞こえる。それからどのぐらい経っただろうか、1分かそれとも5分か。


 夕月は小さく溜息をつくとゆっくりと口を開いた。


「……真面目」

「あ? 当然の事だろうが」

「……ふふっ……でも……楓らしい」

「なんだよ俺らしいって、知るかよ。そんなことより腹減った。飯くれ」


 口元に指を当てながらクスクスと笑う。小さく頷くと台所に行った。


(あ、そうだ忘れてた。てか忘れる前に渡しておくか)


 台所で作業を始めようとしたところにストップをかける。こっちに来いと手招きすると不思議そうな顔をして近寄ってきた。


「後ろ向け。で、目瞑ってろ」

「……どうして?」

「いいから。頼む」


 少し間を置いて後ろを向くと静かに目を閉じた。

 小さな箱からそれを取り出すと、金具を外して夕月の首にかけてやる。


「目開けろ」

「……これ」


 鮮やかなオリーブグリーンが胸元で控えめに光る。デザインは至ってシンプルなものだ。

 夕月自身が強く輝いているのであまり主張するようなものは似合わない気がした。



 ネックレス。



 店員に指輪を勧められたがそれはきっとまだ早い。だからこのぐらいが今は丁度良い。


「誕生日おめでとう。まぁなんだ……俺が祝いたかったんだよ。余計なお節介かもしれねえが」

「…………」


 胸元の宝石を見つめたまま夕月は動かない。少しするとぽたぽたと水滴が床に落ちる音がした。


「泣くなよ。ほら笑えよ、笑え」

「……初めて……なの」

「あ? 何がだ?」

「……誕生日……祝って……もらうの」

「そうか。なら覚悟しとけよ? これからは毎年だ。死ぬまでお節介してやるよ」

「…………うん……うん!」


 涙は一向に止まらない。だがそれは嬉し涙なのだろう、それは楓にもわかる。


 少し困ったように

 でもとても嬉しそうに

 泣きながら、幸せそうに笑っていた。


 落ち着くまで頭を撫でていた。

 こわれものを扱うように優しく優しく撫でた。


「……これ……ペリドット?」

「ああ。おまえの誕生石らしいぞ。意味は"安心・幸福"らしい。今まで散々辛い思いしてきたんだ。だから夕月にピッタリだな。それに負けねえように幸せになれ」

「…………綺麗」


 胸元を見ながら小さく呟く。


 嬉しそうな姿を見ていると、お節介して正解だったなと思った。


 1発目から随分とハードルを上げてしまったものだ。来年はどうしようかなぁと楓は苦笑した。





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