47 台風一過
「……来るのは構わないけどよ。いきなり来るなよ」
「だって楓スマホ持ってないじゃないか!」
「手紙とか何かあるだろうが」
神代幹。
年齢は38歳。見た目はどちらかというと童顔だろうか。身長は165㎝、楓の長身は母譲りのものだ。
幹は尊敬できる父親なのだが……少々個性的である。
「楓! ところで女性の靴がそこに見えるぞ! 彼女か? 彼女だな!?」
「違うわ! 担任だよ担任!」
「なんだと……教師と付き合うとは。お父さん驚愕! というか羨ましい!! いや、お母さんに怒られるからこれオフレコで」
「はぁ……」
話が通じない。これが通常営業であるため話をしていると疲れる。悪意がない分タチが悪い。
玄関が騒がしくなって気になったのかあずみも来てしまった。面倒な事になった。
「神代。そちらのかたは?」
「父親です」
「初めまして! 神代幹です。楓の父であります! これはなんとお綺麗な……」
「あ、ありがとうございます。藤原あずみです。担任をさせていただいております」
あずみの左手薬指に嵌めている指輪を見て幹は唖然とする。
「か、楓!? 結婚したの?」
「できるか!! 俺の歳は!? あ? どういう思考回路してんだよ!! そもそも付き合ってねえよ!!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか! 反抗期か?」
「うるせえ!」
2人の会話があまりにテンポよく進むため、あずみは堪えきれず声を出して笑い始めた。
「はははっ! なるほどな、家族仲は良好というのは本当だったか」
「ええ。私は妻も楓も愛しています」
「もう好きにしてくれ」
立ち話も目立つのでとりあえず中に入ってもらった。楓、幹、あずみ。3人が揃うと本格的な家庭訪問になって笑えてくる。いや笑えない。
せっかくなので、と前置きをするとあずみは学校での楓の様子を説明していく。当たり障りの無い内容だったので一応気を遣ってくれたようだ。
「赤点はありませんし、最近は友達も増えて学校生活も充実しているように見えます。何よりボクシングに懸ける情熱が物凄いです。微力ながら私も応援しています」
「楓はこの通り無愛想です。ですがボクシングはこの子の全てだと私も理解しています。そうですか……楓に友達ですか」
幹は楓を向くと優しく笑う。慈愛に満ちたその表情は、本当に楓を愛して大事にしていることが嫌でも伝わる。
目を合わせるのも照れ臭いので、あずみを眺めて誤魔化していた。
あずみもニコニコと2人を眺めている。
(なんだよこの空気。苦手なんだよなこういうの)
早く帰らないかなと考えていると……
ピンポーン。
来客のようだ。
というかもう嫌な予感しかしない。ドアを開けなくても誰なのかわかる。悪循環は悪循環を呼ぶとはまさにこの事で……
居留守は勿論通じない。早く玄関に行くように急かされる。
「恐らく勧誘か何かだ。ほっとけばいいだろ」
「知り合いだったらどうするんだ! 楓が行かないならお父さんが出るぞ」
「ぐっ……」
あずみはニヤニヤしている。あれはわかっている顔だ。なんて教師なのだろうか。
目を瞑り大きく溜息をつく。こうなっては仕方が無い。覚悟を決めると玄関へ向かいドアを開いた。
「……やっぱりか。だよな流れ的に」
「……楓? ……どうか……した?」
夕月が立っていた。楓を見てきょとんとしている。今朝は朝食を一緒に食べたのだが財布を部屋に忘れてしまったらしい。最悪のタイミングに来てしまったようだ。
「夕月悪い。ちょっと今立て込んでいてな、財布持ってくるから外で待っていてくれるか」
「…………女物の……靴」
玄関に並べてある靴を見て様子が一変する。頰を膨らませて睨んできた。結構な勢いで胸を叩いてくる。
「……浮気」
「違えよ! アホか!」
「……でも……その靴……響ちゃん…………でもない」
「あー! くっそ! 何でこうなるんだよ!!」
夕月の瞳が潤んできた。どうやら割と本気で心配しているらしい。
(チッ。まあいずれバレるしな……)
頭を撫でる。それでもご機嫌斜めだ。
「はぁ……もういい入れよ。紹介するからよ」
夕月の背中を押して家の中に戻る。
最初に口を開いたのは幹だった。
「か、楓……まさか!」
「紹介する。小日向夕月だ。まぁなんだ……彼女だ。で、夕月。俺の父親だ」
それぞれに紹介する。
「……小日向……夕月です……はじめまして」
「これはどうも。楓の父です、幹と言います。いつも楓がお世話になってます。というか楓、彼女って。いやいやちょっと可愛すぎないか? アイドル的なアレか?」
「夕月。適当に流して聞いておけ。全てを受け止めると疲れるからな」
「酷い!!」
最初は呆気に取られていた夕月であったが、次第に緊張が解けてきたのか少しずつ笑顔が見えてきた。
その様子をあずみも楽しそうに眺めている。
「いやぁ、そっか夕月さんが娘になるのかー! これは楽しくなるなぁ!」
「…………え?」
「そうだな。将来的にはそうなる」
「神代。なかなかやるなおまえも」
夕月は大きく目を見開くと顔を真っ赤にして楓を見る。何か言いたそうに服の裾を引っ張る。
「…………か……楓?」
「ん? どうした?」
「……娘って?」
「いやだって結婚するだろいずれは」
「…………うん……ばか」
下を向いてプルプルと震えている。体調でも悪いのだろうか。
「ははは! 小日向は可愛いな! どうだ私の娘にくるか?」
「…………あぅ」
あずみに捕まったようだ。されるがままに頭を撫でられている。その様子を見ている幹もソワソワしている。どうやら夕月に触れたいらしい。
そっと伸ばした手を叩き落とす。
「痛い!」
「何しようとしてるんだよ」
「ちょっと触れようかと。あまりに可愛くて」
「頼むからやめてくれ。犯罪者顔になってる」
幹は不満そうだ。娘に触れて何が悪い! と見当違いに怒っている。まあ夕月に触れたいという気持ちは分からなくも無いが。
「夕月さん。楓はこの通りボクシングバカですけど、どうか嫌いにならないでやってください」
「……はい……嫌いになんて……なりません……むしろ」
「むしろ?」
「……な……何でも…………ありません」
幹は何かを悟ったように口元を緩める。
「さてと。楓にも夕月さんにも会えたしそろそろ行こうかな! 明日も仕事だから戻らないと。また来るからね楓」
「では私もそろそろお暇しよう。神代、突然すまなかったな。後は2人で仲良くやってくれ。くれぐれも節度のある交際をするように」
2人は帰って行った。台風のようだなと呆れる。
部屋に残った楓と夕月。
何とも言えない微妙な空気が流れる。気まずい訳では無いが何を話したら良いのか分からない。そうこうしていると夕月が口を開いた。
「…………結婚する……の?」
「当たり前だろ。まだビジョンは見えないけどな。不満か?」
頰を桃色に染め、首を横に振る。
「…………幹さんが……義父さん?」
「そうなるな。多少うるさいけど我慢してくれ」
「……違うの…………嬉しいの」
「そうか。それならよかった」
夕月は家族に恵まれなかった。だからこそ幹と夕月の相性はかなり気になっていた。もっとも幹の性格からしてそれほど心配はしていなかったが。
いずれは夕月の事も愛してくれるだろうと思っている。
そうであったらいいなと思う。
「……楓」
「なんだ?」
「……ちゅー……して」
「断る。いきなり何言ってんだおまえは」
「……むー!」
「そんな顔してもダメだ」
「……あの日……から……してない」
楓が告白したあの日のことだろう。確かにあれ以来キスはしていない。
「そのうちな」
「……いつ?」
「そのうちだ」
「……もぅ!」
怒った顔も可愛らしい。
そのうちしてやるよ、と心の中で呟くと優しく頭に手を乗せた。
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