46 家庭訪問
昨夜は非常に賑やかな夜となった。
夕月の料理と、途中のスーパーで購入した惣菜やお菓子など。食べ比べると違いは歴然だった。やはり夕月の料理の腕は相当なものである。
響と陽も驚いていた。もっとも楓はその味に慣れてきているのか驚きはなかった。慣れとは恐ろしい。
ワイワイと楽しく話していたのだが、途中から楓と響の討論大会のようになる。バスケにも無駄に精通している楓は忌憚のない意見をぶつける。負けじと響も応戦。
このままだとやばいと判断した陽は、半ば無理矢理響を連れて帰宅。優秀な男である。
その後は夕月を家まで送って行った。響の試合後からかなり上機嫌のようで、ニコニコしながら穏やかな空気であった。征治の件は心配ではあったが、キツめに釘を刺しておいたのでまあ大丈夫であろう。そう思うことにした。
で、今は朝の10時。
いつものロードワークを終えると部屋で歯磨きをしながらテレビを眺めていた。
ピンポーン。
チャイムが鳴る。夕月達ではないだろう、今朝帰ったばかりだ。
(無視だな。面倒な勧誘とかだろう)
居留守を決め込む。テレビを消そうとも音量を下げようともしないあたりが図太い。
だが、どうやら招かれざる客はそれでも諦めない。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン!
(うるせえな! 畜生が!)
一言文句を言ってやろうと玄関へと向かう。鍵を開けると一気にドアを開いた。
「うるせえんだよ!!」
「ほう。教師にうるさいとは言うじゃないか」
そこに立っていたのは私服のあずみ。ジーンズに無地のTシャツと色っぽさは無いが、本人のキツめの雰囲気にはよく似合っている。
そっとドアを閉じて鍵をかける。
「おい!! 開けろ神代!!」
「人違いです」
「おまえと似たようなキャラ他にいないだろう! 濃すぎるのだ!」
「……何の用ですか?」
「まずはドアを開けろ」
その声が若干怒っているように感じたため、仕方ないかとドアを開ける。隙間ができた瞬間に閉じないように足を挟めてきた。邪魔だ。
「おはよう」
「おはようございます。新聞は不要です。お帰りください」
「おまえは……まあいい。ちょうど近くまで来たのでな。男子高校生の1人暮らしは何かと心配でもある。家庭訪問だ」
「いえ、心配はいりませんのでお帰りください」
ドアを閉じようとしてもあずみの足が挟まり閉まらない。当人はニコニコと怖い笑みを浮かべている。
「よし。ではお邪魔します」
「マジかよ……横暴すぎだろうが」
楓を無視して部屋に上がりこむ。これは不法侵入ではなかろうか。
「お! 綺麗にしているのだな。いや……というよりは生活感が無い。おまえ本当に高校生か?」
キョロキョロと部屋の中を見渡している。別に見られて困るものは無いから構わないが。だとしてもだ、他人に部屋を見られるのはいい気はしない。
「あまりジロジロ見ないでくださいよ。面白い物は何もありませんよ」
「整理整頓されすぎてて逆に不安になるぞこれは」
「先生は掃除しなそうですもんね。車の中とか汚部屋でしたし」
「何か言ったか?」
「いえ」
あずみの車の中はそれはもう酷い有様であった。散らかった服や靴、仄かに香る香水は酷く吐き気を煽ってくる。誰が見ても汚部屋であった。家はどうなってるのかと心配にもなる。旦那さんは大変だなと同情した。
2人分のコーヒーを用意するとテーブルに置いた。
「すまないな。気を遣わせて」
「いえ。ただ砂糖はありません。ブラックでよければ」
「構わない。私も砂糖は不要だ」
部屋の中を見ながらコーヒーカップに手を伸ばす。あずみはコーヒーを飲んでいる姿が絵になる。前から思っていたが大人な雰囲気に更に磨きがかかるというか。もっとも楓がまだ高校生だからそう見えるのかもしれない。
「それにしても質素な部屋だな」
「ボクシングするのに最低限必要な物があれば満足ですからね。ゲームとかそういった娯楽は俺には不要です」
「ストイックすぎるだろうがおまえは……だがおまえらしいな。全くブレないか」
呆れたように小さく笑うとコーヒーカップを置いてじっと見つめてくる。
この目が苦手だ。
怒られるわけではないだろう。だが心を覗き込まれるような、思考を読まれるような……こういう時あずみは決まって核心を突いてくる。
「小日向との交際はどうだ?」
「何のことですか?」
「隠そうとしても無駄だぞ。あれだけ仲睦まじく腕を組んでいて何も無いは通らない」
「……チッ。見てたのかよ」
(見られたとすれば昨日か……なんてタイミングの悪さだ)
あれだけくっついていれば嫌でも目立つので、別にバレても構わないとは思っていた。だが翌日とはさすがに早すぎる。というより確信犯であろう。たまたま近くに来たなどは嘘だ、ニヤニヤした顔が如実にそれを表している。
「……そうですね。付き合っていますよ」
「くだらん駆け引きはよせ。私には無駄だ」
大きくため息をつく。そうだった、この人はこういう人だった。
ニヤけた顔から一転真剣な表情となる。
「……小日向の家庭の話は聞いたのか?」
「まあ」
「そうか。私の立場上踏み込んだことはできない。ある程度事情は知っているが」
「そうですか」
「すまないな。どうにかしてやりたいのだが現状手出しができないのだ。ましてや私は担任ですらない。小日向の家族はなかなかに狡猾なのだ。DVなどの手出しは一切無いしな。おまけに財界でも力を持った父親だ。下手に動くとかえって悪化する可能性もある」
同じことを思った。どう動いても結局揉み消されてしまうのではないか、そういった気持ちの悪い予感。
長年夕月を虐げて生活してきたのだ。外部でも薄々勘付いていた者もいただろう。それなのに何も変わっていないという事実。
その狡猾さと裏での権力の強さ。それを暗に示している気がした。
「おまえが支えてやれ。現状だとそれが最善だ」
「言われるまでもない。死ぬまで一緒だと言ったばかりです」
「本当におまえは……古臭い奴だな。だがおまえらしくていいぞ! そうか当然のように結婚まで考えるのか」
結婚までは正直まだ考えられない。それよりも自分の事で手一杯というのもある。それでもずっと一緒にいると決めたことそれ自体は揺るぎない。ただ具体的に将来像が思い浮かばないというだけで。
そういった意味ではやはり歳相応なのだろう。明確な将来ビジョンはやはり自分で稼ぐようになってから分かるものだ。
「親御さんはここに来てるのか?」
「高校入ってからはまだ会ってませんね。2人とも忙しいですし」
「寂しくはないのか?」
「寂しいと思ったことは一度もありません。むしろ感謝してるぐらいです。2人とも俺の意見を尊重してくれて、夢を応援してくれています。この環境も俺が望んだものですし」
「ふふっ、そうか。両親あってのおまえだ。その気持ちを忘れるなよ」
楓の両親。
父は所謂転勤族。日本中を飛び回っている。
母は通訳。海外に滞在することが多い。
すれ違いのような生活ではあるが夫婦仲は良好。グローバルで且つ大らかな考えを持つ2人は、楓の夢を笑わなかった。むしろ積極的に応援してくれた。
期待されていることも知っている。だからこそ一切妥協はしない。迷わず進めるのは2人の協力無くしてあり得ない。
「たまに俺から電話はしてますよ。2人とも元気すぎて逆に心配になるぐらいです」
「家族仲が良好なのはいいことだな。これからもしっかり頑張れ!」
「まあ2人とも変わった性格ではありますが」
あずみと話していると唐突にチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「ん? 来客みたいだぞ。行ってこい」
「何で今日はこんなに忙しいんだよ……」
さすがにあずみの前で居留守をする訳にもいかない。渋々玄関へと向かうとドアを開ける。
「よ! 楓。元気そうだな!」
静かにドアを閉めて鍵をかける。
「おい! 父だぞー! 忘れちゃったのか? 泣くぞー?」
「……何でよりによって今日だよ」
「ねえ開けて! 泣くよ? 泣いちゃうよ?」
ドアをゆっくりと開けるとそこには楓の父、神代幹が立っていた。
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