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44 望まぬ偶然

 

「なんで隣に座るんだよ。対面空いてるだろうが。どけ」


 フードコートに来たわけだが、時間をズラしたにも関わらず人混みで溢れている。やっとの思いで確保した席だったがそれほど広いテーブルでもない。

 椅子を隣に持ってきて座った夕月はニコニコと上機嫌だ。


「おい。歩いてる時あんだけくっついてたろ? おとなしくどけ」

「……断る」

「真似すんじゃねえ」


 無理矢理背中を押して移動させようと試みるも断固として動かない。手をおでこ近くに持っていくと指に力を込める。


 ペシッ!


 デコピンをくれてやった。割と本気で力を込めたので結構痛いだろう。

 なにすんだよ! と言いたそうな表情だが譲らない。だいたい夕月と一緒というだけで針の筵なのだ。昼食ぐらいは安堵の時間が必要だ。


「…………うぐぐ」

「ほらどけ。対面へ行け」

「……むう」


 椅子を持つと渋々席を移動する。最初からそうすればよいのだ。


 楓はカレーとサラダ。夕月はサンドイッチとサラダをそれぞれ注文した。


「じゃあ俺飲み物買ってくるわ。おまえ何飲む?」

「……では……たまには……紅茶的な……何かを」

「了解。あれだけくっついてたらナンパしてくるバカはいねえだろ。もしいたら適当に対応しとけ。すぐ戻る」


 コクリと頷いたのを確認してから背を向ける。なるべく急ぐかと早足で向かう。


 自動販売機まで行く途中ですれ違った男が妙に気になった。


(どっかで見たような……ムカつく目つきだ)


 一瞬目が合った気がしたが、気にすることもないだろうと目をそらす。パッと見た印象ではあるが整った顔をしていた。だがその目はナチュラルに人を見下しているというか……そんな不快な淀みが伺える。


 俺には関係無いな、と飲み物を買うと夕月の元へ戻る。

 すると先程すれ違った男が夕月の前に立っている。隣には遊園地には似つかわしくないような派手な格好の女。


 夕月はずっと下を向いたまま男を見ようとしていない。


(なんだあいつら)


 近寄る楓の姿に気付くと、夕月はすぐに駆け寄って来た。背中に隠れるようにしがみつく。


「……あんたら夕月に何か用か?」


 男は楓の顔を見ると歪んだ笑みを浮かべる。


「へー。君は夕月の彼氏か? 物好きなもんだな」

「知るかよ。おまえは誰だ? その目……胸糞悪い」

「はは! 野蛮な猿が何言ってるんだか。僕は兄だよ。そこの出来損ないの」


 夕月の兄。たしか名前は小日向征治だっただろうか。


 どこかで見た顔だと思ったのは夕月の面影が残っているからだ。整った顔だか若干童顔というか幼さが残る。

 そして目。人を見下して生きてきた、そしてこれからもそうして生きていく。そんな人間の目だった。


 夕月はずっと震えている。見なくても背中から伝わってくる。


「夕月が出来損ないか。ならてめえは塵だな。ゴミですら上等になるな」

「なんだと?」


 左肩をドン! と押しながら睨み付けてきた。


「おい……俺の腕に触るな。捻り潰すぞクソが」


 一瞬で楓の空気が変わる。征治の胸ぐらを掴むと一気に引き寄せた。


「いいかよく聞け。俺に触れるな。わかったら黙って頷け」


 あまりの豹変ぶりに征治も面食らったのだろう。コクコクと頷く。隣の女が楓の腕を掴んできた。


「征治に何するのよ!! 離しなさいよバカ!! あなたみたいなクズが何してるのよ!!」

「……聞いてなかったのか? 俺に触るな。聞こえてんのかバカ女が」

「な、なによ! 女にも暴力を振るうの!?」

「関係ねえな。いいか? この腕はな、おまえみたいな奴が触れていいもんじゃねえんだよ。それと俺は悪人だぞ? 女だろうと差別せずに扱ってやるよ感謝しろ」


 女は目を見開くと静かに後ろへ1歩下がる。それを確認してからぱっと手を開いた。征治は尻餅をつきながら見上げてきた。その瞳には若干の恐怖の色が見える。


 後ろを見ると夕月は下を向いたまま無言で震えている。


(家の中でもなるべく会わないように……気を遣っているんだろうな。兄だけではなく両親もか)



 どれだけ気を遣って生活しているのか。楓達と一緒にいる時は辛そうな素振りはなかなか見せない。愚痴でも言ってくれればわかりやすいのだが……


 ずっと1人で閉じこもってきた夕月は頼り方がわからない。手を伸ばしても全て叩き落とされてきたから。心を押し殺して、邪魔にならないように、小さく蹲って生きてきた。



 帽子の上から優しく手を乗せる。腰を折ると見上げるようにその顔を覗き込む。


 大きな瞳からは今にも涙が溢れそうだ。口元を歪ませ震えながら何かに耐えている。そんな表情。


「そんな顔するな。大丈夫だからちょっと待ってろ」


 頭を軽くポンポンすると、地面に座ったままの征治に近寄る。

 しゃがみ込み目線の高さを合わせると小さく耳打ちをする。


「おい。夕月から聞いてるぞ。てめえらがどんな風にあいつを扱ってきたか。止めろと言っても無駄なんだろおまえら家族は。だから……」


 低く腹の底から絞り出すように続ける。


「無視するぐらいならまだいい。だがあいつを今以上に傷付けてみろ? 俺はてめえを許さねえ」


 冷たい目で睨まれた征治は一瞬怯んだものの、連れの女の前で醜態を晒すのは避けたかったのだろう。強気の態度を崩さない。


「俺が誰かわかってるのか!?」

「は? 小日向征治だっけか? それがどうした?」

「俺の親父が誰か分かってるのか?」

「父親の名前を出すのか笑えるな、七光りって奴か。まあそんなことはどうでもいい……報復の対象に夕月を選ぶなよ? 来るなら直接俺に来い」

「チッ! 不良が……あの出来損ないにはピッタリだな。せいぜい楽しくやれよ」


 ゆっくりと立ち上がると、連れの女に声を掛けて立ち去ろうと背を向ける。


「おい待てよ」

「なんだよ?」


 再度楓のほうに振り向いた刹那、征治に向かって鋭く踏み込む。

 左ジャブを3発顔面へ、続けて右ストレート。寸止めで繰り出した。


「いいか……約束は守れよ? 破ったら次は拳を振り切る」

「わ、わかったよ!! しつこいな!!」


 尋常ではない様子を見て悟ったのか、逃げるように去っていった。




「まったく。碌でもねえ奴だな、まあ人のこと言えねえけどよ」

「…………」


 夕月はまだ震えたままだ。その様子が家族との関係をそのまま表しているような気がした。痛々しい姿は楓の知っている少女ではない。


 何かないかと辺りを見回していると……思い浮かんだ。手を握ると引っ張るように歩き出す。無言の夕月はされるがままに連れて行かれる。





「お二人ですか?」

「はい」

「では中へどうぞ! 扉を閉めますのでお気をつけください」


 静かなところであればどこでもよかった。たまたま目に入ったのがこの観覧車だったというだけで。座ってじっとしていれば少しは落ち着くのではないかと考えた。


 向かい合うように座ると黙って外の景色を見る。下手に話し掛けないほうがいいと思った。そんな楓の気遣いを察したのだろう、ようやく夕月は口を開く。


「……ありがとう」

「気にすんな。というか俺は何もしてねえ」

「…………」

「ま、せっかく乗ったんだし見ろよ。割と綺麗に遠く見えるぞ」


 景色を眺めていたらいきなり抱きつかれた。いつの間にか隣に来ていたようだ。普段であれば振り払うのだが……好きにさせた。


 優しく背中を撫でると小さな泣き声が聞こえてきた。聞こえないふりをして、何も言わずにずっと外を眺めていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人のラブラブイチャイチャみてにやけさせてもらってます [気になる点] お昼を注文して食べていない… お金も払っていない… 後、飲み物は買ったの? 上記3つが気になってもやってしました。…
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