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42 空の上、そのまた上へ

今回は陽くんの中身を少しだけ......

 

 夏とはいえまだ朝は冷える。


 街中から少し走ると明媚な光景が広がる。夏特有の草木の匂い。都会のど真ん中とはまた違った良さがある。


 さて、今日の朝は陽と2人きりだ。


 夕月は身支度やら服やら色々とあるらしく事前に聞いている。

 響はというと地元の実業団チームの朝練に参加するそうだ。


 慧とのスパーリングのダメージは残っていないものの、不測の事態も無いとは言えない、というわけで陽と並走するぐらいのペースが今の楓には丁度いい。


「それにしても凄かったよな駿河さん。あれが天才ってやつだろ? いや楓もそうなんだろうけど、誰が見ても明らかな天才肌というか……」

「あれは本物だな。才能だけじゃないぞあいつ。それ以上に血の滲む鍛錬をしてるはずだ。俺にはわかる」


「そういうもんかあ」と遠くを見つめる陽だったが暫く沈黙した後、少し言いづらそうに告げてきた。


「なあ。楓は俺の夢を知ったら笑うか? 普通であれば笑い飛ばされるような夢」

「笑わねえよ。わかるだろ? 笑うような奴は無視しろ」

「ははは。そっか…………俺な、あの先に行きたいんだ」


 よく晴れた夏空。人差し指でそこを指す。


「ま、まじか? 笑わねえけどビックリした」

「外から地球を見たいんだ。無理すぎて笑えるだろ?」




 ――宇宙飛行士。




 ボクサーでチャンピオンになるのとはまた違った難しさ。確かに笑えるような夢だ。しかしそう話す陽の顔は真剣そのものだった。


「なれるかはわからない。そもそもさ! 楓と会うまでは自分の中で押し殺してきた夢なんだ……おまえのせいだぞ! おまえがそんなに純粋すぎるから……」


 俯きながら話すその表情は、無理だろうと諦めている顔ではない。僅かに笑みを浮かべ、しっかりと先を見据えている。そんな表情。


 そんな陽を見て楓もつられて笑顔になる。誰が笑うものか。むしろいい意味で驚かされた。


「しっかりやれよ。夢なんか力でもぎ取れ! 俺もおまえも止まってる暇ねえぞ」

「ははっ! おっしゃるとおり」


 爽やかな早朝の風は相変わらずだが、今日は特段気持ち良く感じる。


(しかし……こいつが宇宙になあ)


 楓は想像する。


 例えば月。そこに降り立った陽が地球を眺めている光景。自分達の住むこの星、それはどんなに美しいのだろうか。

 考えると歓喜と興奮だろうか、何かが身体の中に湧き上がってくる。


「必ず行けよ宇宙。行けなかったらボディブローだ」

「そりゃあ痛そうだな! 行くしかないか!」


 苦笑いしている陽を横目に心の中で呟く。


(きっとおまえなら成し遂げるんだろうな。いや、おまえみたいな奴に叶えてもらいたい)


 照れくさいセリフは勿論声には出さない。代わりに背中をバン! と1回叩いた。







 ◇ ◇ ◇



 ロードワークから帰った2人は楓の家の前で休憩中。今日の遊園地のことについて相談していた。


「今日夕月さんとデートだっけ? 楽しそうだな!」

「遊園地だぞ? やることねえよ。俺は何と戦ったらいいんだ?」

「なんで戦う前提なんだよ……おまえは観覧車とも戦えるのか? 凄いな」


 その皮肉は体を成していない。なぜなら当の本人が馬鹿正直に受け取ってしまうためだ。陽は呆れるようにため息をつく。


 遊園地といえば、ジェットコースター、観覧車、コーヒーカップ、お化け屋敷などなど。ど定番なデートスポットをチョイスした夕月に落ち度はない。


 ただ、相手が特殊だったというだけで……


「とりあえずアレだ! 楓でもジェットコースターとなら戦える気がする」

「あぁ……あれか。あれは確かに少しだけ面白そうだ」

「だろ? まあ夕月さんを楽しませてやれよ。楓だって夕月さんが笑ってたらそれだけで嬉しくなるだろ?」


 夕月の笑顔、すぐに想像できた。


「まあ……そういうことなら仕方ねえな」

「ツンデレかっ!!」


 遊園地は正直気乗りしない。だが確かに夕月が笑顔になるなら……そう考えると悪くはない。むしろ少しだけ楽しみになってきた。


(人混みは鬱陶しいけどな。ま、それは我慢するか)


 自分でもわからないうちに笑顔になっていた。それをまだ楓は自覚していない。






 ◇ ◇ ◇



 シャワーを浴びて着替えを済ませる。夕月は楓の家に来ると言っていたが


「時間あるし迎えに行くか」

 

 戸締りをすると夕月の家に向かう。


 本当であれば走って行きたかったのだが、汗をかくと服も髪型も台無しとなり夕月に怒られそうだ。なので適度な早足に留めた。


 しばらく歩くと目的地に着く。さすがに正面で堂々と待っているのは恥ずかしすぎるため、少し離れたところの電柱に凭れ掛かる。


 改めて夕月の自宅を眺める。やはり豪邸と言っても言い過ぎではない。この中で夕月は1人寂しく暮らしてきたのか、と考えると怒りが湧き上がってる。

 だがそれは夕月の家庭事情。今のところ他人の自分は深く突っ込んではいけない。本音は全員殴り倒したいところではあるが……それをやってしまうと大事になってしまう。


 そんなことを考えてモヤモヤしていたら門から夕月が出てきた。近付いていく。


「よう。早いな」

「……楓? …………迎えに来て……くれたの?」

「外行きの格好だろ? 心配にもなる」

「…………へへ」


 それを聞いて嬉しそうに微笑む。


 今日の夕月は、デニムのショートパンツ、トップスは少しオーバーサイズ気味の白のロンT。ふわふわしたグレーの帽子を被っている。スラリと伸びた白い脚は嫌でも目を引く。

 動きやすいようにと考えたのだろうが、いつもより露出が多い。


(これはまた……迎えに来て正解だな。色々とやばすぎる)


 押し黙って見つめる楓を夕月は不思議そうに見上げる。


「……どうか……した? 顔……赤い」

「っ!! 何でもねえよ! 近寄んな!」

「…………むー!!」


 体当たりするように腕を組むと指を絡めてしっかりと手を繋ぐ。


「お、おい! 離れろ!」

「……断る」

「色々当たってんだよ!」

「……当ててん……のよ……なんちゃって」

「冗談に聞こえねえよバカ!!」


 楓の言うことなど全く聞こえていないように繋いだ手に力を込める。夕月にとっては待ちに待った2人だけの時間。恋人になって最初のデートは一切妥協しないと心に決めていた。

 それに……表情は満更でもないように見える。最近はそれが少しだけわかるようになってきた。

 本当に嫌がられたら離れるつもりだった。だがその表情では離れる理由としては不足している。


 なので今日は離しません、夕月はそう心に決める。


「……仕方ねえ奴だな本当に。わかったよ! じゃあいっそ絶対離れるな。はぐれたら面倒だ」

「……うむ」


 楓の腕を抱きしめるようにくっついてきた。ここまでされると苦笑するしかない。


(嬉しそうだしいいか。知り合いに見られたら死にたくなるが)


 あずみの車とすれ違ったことを楓はまだ知らない。

面白いと感じていただけましたら、下の評価欄から評価いただけますと幸いです。


私のモチベが上がります!

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