4 TPOは大事です
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基本的に楓は勉強が苦手だ。
頭の中はボクシングでの未来を見据えているため勉学の必要性をあまり感じていない。
高校生というのはまだ精神的に幼い者も多く、明確な将来を思い描いているのは少数派ではなかろうか。とりあえずテストのために勉強する。未来の選択肢を広げるために頑張っている者は多い。
そういう意味では目標が定まっている分、楓は他の人よりはスタートが早いのかもしれない。だからといって勉学を疎かにしていい理由にはならないが。
簡単に言うと楓は寝ていた。
――パンッ!!
頭を叩かれゆっくりと頭を起こす。目の前には現代文の先生、そしてクラスの担任である藤原あずみが立っていた。
「…おはようございます」
「おはよう。私の授業で寝るとはいい度胸だなおまえは」
艶のある黒髪はショートで清潔感があり、切れ長の目はクールな女教師といった空気を出している。派手になりすぎない薄化粧をしているが、化粧などしなくても相当な美人だろう。二十代半ばであり生徒からも人気が高い。だが既婚である。
「…気にせず授業続けてください。では」
「図太すぎだろうおまえは…注意されても寝ようとするんじゃない…放課後生徒指導室にこい」
「気が向いたら」
「必ずこい」
呆れた顔をしたあずみは「寝るなよ?」と再度釘を刺してから教壇へと戻っていった。
隣の陽は笑いを必死に抑えてプルプルしている。その顔を見ていると無性に殴りたくなる。
◇ ◇ ◇
長い午前の授業も終わり昼休みになった。
いつもは陽と食堂に行くのだが、早めに売店に行ってパンと飲み物を買ってきた。陽も同様である。夕月を待っているのだが楓達よりもクラスの男子のほうがソワソワしている。まぁ無理もない。
待っているとおずおずと教室に入ってくる夕月が見えた。本人はなるべく目立たないようにしているみたいだが、まったくの無駄である。
楓の姿を見つけると途端に笑顔になり小走りで近寄ってきた。
「………はぁはぁ……ふぅ」
「急いできたのか? なんで?」
「……………楽しみで…しかたなかった…から」
本当に急いで来たのだろう。額にうっすらと汗が見えた。だが不快感などは皆無であり、むしろ女性特有の香水とシャンプーが混ざったような臭いだろうか、そんな良い香りがした。
「ほら使えよ。それと次からはそんな急がなくていいぞ」
夕月の頭からタオルを被せてガシガシとする。
「………あぅ……や…やめて」
タオルの間から見えた恥じらいの顔があまりにも魅力的でさすがに目を逸らした。目に毒である。
「リア充爆発しろ、って言葉はこんな時に使うんだな。楓…リア充爆発しろ!!」
「あ? 意味わからん」
陽だけではなく周りの男子…いや女子連中も同じようなことを言っている。意味がわからない。
(まぁ夕月がここにいるってだけで注目の的だからな。そういうことだろう)
自分の中で無理矢理完結させた。
夕月はと言うと、教室の隅にある使ってない椅子を手に持ち小走りで近づいてきた。慌てているからだろう。楓の目の前でつまづいて倒れてきた。
「きゃっ!!」
「大丈夫か?」
夕月の身体を正面から抱きしめるような体勢になった。小柄な体格ながら出るところは出ているため、柔らかい感触が楓にも伝わる。夕月は一瞬固まっていたがすぐに我に帰ると楓から離れた。
「……………ごめん…なさい」
「気にすんな。怪我ないか?」
「だいじょうぶ……ありがとう」
顔を朱に染め今にも爆発しそうだ。相当恥ずかしかったのだろう。しかも大勢の前だったし。「うらやましい…」「なんであいつだけ」なんて声が次々と聞こえてきた。
次からは食べる場所を考える必要がありそうだ。視線の数々がやばすぎてどうも落ち着かない。
「次からは俺に飛び込んできていいよ夕月さん」
さぁ来い!みたいなポーズをとる陽を見て夕月は口元をほころばせる。
「…………藍原さん……だと…一緒に…倒れちゃう」
「ははは! 俺だと支えられないっことか! 一理ある! 割と毒吐くんだね夕月さんも」
陽は本当に凄いと思った。誰からも好かれるタイプである。チャラい言葉にも不快感を感じない。人との距離を詰めるのが上手い。まぁだからこそ楓とも仲良くなれたわけであるが。
「んじゃ時間無くなる前に食べようぜ」
「夕月さんも。ほら食べよう」
楓と陽は買ってきたパンを食べ始める。夕月はというと弁当持参だ。中身は特別豪華というわけではないが、冷凍食品などは使っていないのだろう。全て手作りに見えた。
「おぉ。うまそうだな」
「……そんなに……たいしたものは…入ってない…よ?」
「ん? もしかして小日向が作ったのか?」
コクリと小さく肯定する。料理ができるのは意外であった。しかも結構な腕前のようである。楓はまじまじと見つめていた。
「食べて……みる?」
唐揚げを一つ取ると楓の口の前に差し出した。「んじゃ遠慮なく」と躊躇なく食べた。冷めているのを考えて作っているのか薄めの味付け。文句のつけようは無い。薄味は楓の好みでもあった。
「おー、美味い!! すげえなおまえ」
「……お粗末さま……でした」
食事を再開した夕月だったが、その顔はどこかうれしそうだ。ニコニコしながら箸を進めていく。
陽はというと信じられない、みたいな変な顔をしていた。
「楓…マジかよおまえ。いや夕月さんもだけどさ」
「は? なんだよ。早く食わないと時間無くなるぞ?」
「………………無く…なるぞ?」
まったくわかっていない二人を呆れたように見る。
「仲良くなったのはわかるけど時と場所を選ばなきゃ」
不思議そうに首を傾げた夕月はゆっくりと周りを見渡し、自分の行動を思い返した。すると顔は再び真っ赤になりキョロキョロとしている。
「どうした小日向。赤いぞ。風邪か?」
「楓はある意味すごいよ。素でそれなら尊敬するよマジで」
意味がわからず楓は困惑しながら食事を再開した。