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39 同類

今回のお話は楓くんがメインです。

 

 陽達と合流した後は5人で遊ぶことにした。遊ぶと言っても何をするのだろうか。潜水大会でもするのだろうか。そのあたりの感覚が疎いことは楓自身も自覚している。


 ただ水中で突っ立ったまま壁を背に陽と話していた。女性陣3人はきゃっきゃと楽しそうなのであまり離れないようにして静観している。響がいればさほど心配する必要もないだろうが。


「楓ってさ。実は今日ウキウキしてるよな? 夕月さんに腕組まれても拒んでなかったし。なんかわかるようになってきた」

「……見てたのかよ」

「いや、目立つから不可抗力だって」


 睨んでみるが陽はどこ吹く風。おまえが悪いと言いたそうな様子だ。


「まあ、浮き足立ってたのは本当だ。……今日ジムに同い年の奴が来るんだよ。月刊雑誌でも載ってる奴だ。期待の新星で階級は俺と同じ、プロになったら間違いなく競い合うことになる」

「マジで!? スパーリングするのか? わざわざ楓に会いに?」


 首を縦に振り肯定する。考えると身体が震えてくる。勿論恐怖などではない。自分と同格もしくはそれ以上。期待からくる武者震い。


 戦闘体勢の心と身体は鎮まらない。泳いで頭を冷やせば丁度いいと思っていた。


(ダメだな。鎮まるわけねえ)


 泳がなかったのはかえってよかったのかもしれない。万全の状態で相手の力量を計れる。


「でもさ、楓も雑誌の取材来てたんだろ? 全て断っているだけで」

「ああ。そうだ断った。それが相手にはカチンときたみたいだぞ」


 楓にはわかる。その自尊心の高さ。だから相手の頭の中を想像する。




『俺より強い奴がいる? 同年代で同じ階級、しかも取材拒否だと? ふざけやがって……俺のほうが強いに決まってる』


(なら直接その芽を摘んでやる。こうだろう?)


 自然と笑みが溢れる。プライドの高さは自信の表れだ。間違いなく強いだろう。楽しみで仕方がない。


(久しぶりだこの感覚! 早く戦りたい! おまえは同類だ。俺と同じでボクシングに命懸けてんだろ?)


 そんな楓の様子を見て、陽も興奮から身体が震えている。


「あ、あれ。なんだこれ。俺がやるわけじゃないのに」

「その感覚を10倍ぐらいにしたのが今の俺だ。わかるだろ?」

「なあ、今日俺も行っていいか!? 陽凪を家まで送った後に。話せばきっと響も来ると思うけど」

「好きにしろよ……ってか是が非でも見る、って顔してるぞ」

「はは。そりゃバレるよな」


 拳に力を込める。ミシミシと骨が軋む音が響く。その音は楓の体内に染み渡るように伝わり、沸騰しそうなほど熱い血は心臓の鼓動を早める。早く戦らせろと急かすように。




 ――倒れるのは俺か? おまえか?




(決まってるだろうが! 勝つのは俺。倒れるのはおまえだ!! 返り討ちだよ馬鹿野郎が!!)


 静かに闘志を燃やし不敵に笑う。







 ◇ ◇ ◇



 着替え終えた一行はプールの入り口前に集合した。妙にそわそわした楓の様子を見て夕月はクスリと笑う。


「……楓……先に……行って」

「……悪い。じゃあ先行くわ。陽、夕月を頼む」

「おっけー! 任せとけ!」


 夕月達に背を向けると走り出す。一度も振り返らずに目をキラキラと少年のように輝かせて。


 その様子を見て不審に思ったのは響。


「なによあいつ。夕月ちゃん置いてくとか何考えてるの?」

「……いいの……あの楓が……いい」

「今日は許してやってくれ。というかちょっと今日は面白いぞ? 楓は強い奴と戦るらしい。俺見に行くけど響も来るだろ?」

「え!? なにそれ超楽しそう!! 行く行く!!」


 夕月はなんとなくだがわかっていた。楓が目を輝かせているのはボクシング絡み。自分を好きだと言った時の目とはまた違う。


 少し悔しい、でもそれ以上に嬉しい。


 目標に向かって真っ直ぐ進む楓は夕月には眩しく映る。自分が持っていないものを見せつけられているようで。

 でもそれは嫌ではなくて、むしろ応援したくなるのが不思議だ。


「陽凪も行くー!!」

「おまえはまだダメ! さすがに刺激が強いよ」

「おにいちゃんのケチ! 変態!」

「はははっ! なんとでも言え! むしろもっと言え!」


 皆が、うわあと陽を見つめる。妹にまで侮蔑の視線を向けられてもノーダメージ。それどころか本人は嬉しそうだから始末が悪い。





 ◇ ◇ ◇



 一度家に帰りジャージに着替えるとジムに向かって走り出す。

 だが途中でペースを緩め、最後には歩き始めた。


(落ち着け。ここで体力を使ってどうする。溜めるんだよ。溜めて溜めて全力をぶつけろ!)


 震える右拳を無理矢理左手で抑えつける。

 今の楓には夕月どころではない。まだ見ぬ好敵手。期待と不安、そして僅かな恐怖。




 ジムの前に立つ。大きく深呼吸をすると一気にドアを開けた。


「お、楓! 来たか! あちらさんも来てるぞ」


(……やっぱりな。強いぞあいつ)


 相手は楓に気が付くと愛想のよさそうな笑顔を作って近付いてきた。

 身長は同じかちょっと小さいか。身体の線は楓と比べても細い。サラサラとした黒髪を靡かせている。女性ウケの良さそうな中性的な顔立ち。


 だが目が笑っていない。肉食獣のような眼光。目の前の敵を舐めるように観察している。


「やあ! 始めまして! 僕は駿河慧するがけい。君が神代楓くんだね」


 よろしく! と手を差し出してくる。その手を握りながら答えた。


「よろしく頼む。神代楓だ」


 慧は楓をじっと見つめると納得したように口を開いた。


「……やっぱりね。君は()()()()()?」

「ああ。そうだろうな。強いなおまえ」

「光栄だね。ねえわかる?」


 握っている手は微かに震えている。無論楓も同様だ。


「ああ。おまえもか」

「いいよね。この高揚感。相手が弱いと得られそうにもない。ねえ君は取材拒否してるんだって? 気に入らないなあ……僕の情報だけ筒抜け?」


 苦笑いしながら楓を見る。そんな慧に「安心しろ」と短く一言だけ返した。


「おまえの情報は見ていない。名前だけだ知っているのは」

「はははっ!! 最高だよ君! さあ早く戦ろう! もう待ちきれないよ!」


 お互いリングサイドでアップを始める。たかが練習生同士のスパーリング。だが記者らしき者の姿も見える。将来の日本のエース候補の戦いだ。注目を集めるのも無理はないことであった。


 準備をしていると陽達が遅れて到着した。


「間に合ったー! まだ始まってないよな?」

「応援してやるわよ! 泣いて感謝しなさい!」

「……楓……楽しそう」


 意気揚々と乗り込んできた3人だったが慧の姿を見て息を飲む。

 素人目にもわかるのだ。独特の雰囲気を漂わせている男は明らかに異質。


「……やばそうね。あの男爽やかに見えるけど相当エグそう」

「楓の応援かい? なら気合い入れて応援してやってくれ。強敵だよ」


 ゴングを待ち静かに息を整える。

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