36 ボクサーは欲張りです
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今回の話は......ではどうぞ。
店に着くと陽は手元に小説だろうか。口元にコーヒーを運びつつ読み進めている。落ち着きのあるその様子はいつもより大人びて見えた。
店内に入ってきた楓の姿を見つけると本を閉じて軽く手を振る。
この男やはり容姿が整っている。周りは同年代ぐらいの学生だろうか。黄色い視線を集めている。もっとも本人はまるで気にしていない様子であるが。
「よう。見られてんぞおまえ」
「ははは。モテるんだぞ俺! ま! 響しかいらないけど」
「そうかよ」と苦笑する。屈託のない笑顔見ると何故か安心する。
テーブルを挟んで対面の席に座るとコーヒーを注文した。
店内は夏休みということもあり学生の客が多い。あとはカウンターに座っているスーツ姿のサラリーマンだろうか。新聞を片手にくつろいでいる。
「それで。相談って?」
笑顔から一転真剣な表情になる。楓からの相談、それだけで真面目な内容だということは陽も重々承知している。
楓は目を瞑ると少し考える。何をどこから話したらいいものか。だが陽相手に遠慮しても仕方がない。思っていることを話していくことにした。
「なあ陽。俺は夕月が好きなのか?」
「うん。そうだよ。わかってるだろうけど夕月さんも楓のことが好きだよ多分。もちろん異性として」
「……そうか」
言い切った陽の表情には迷いがない。
わかっていた。夕月に惹かれていること。誰にも渡したくないと思うこと。それはもう友達の領域ではない。
夏祭りの後からだろうか。夕月の気持ちもわかっていた。あの手で触れられて。あの瞳で見つめられて。気がつかないはずがなかった。全身から好きだ! と伝えてくる。
見ないふりをするのは眩しいからではない。意図的に自分が避けている。だがそれももう限界で。
「なあ陽。ボクサーの選手としての寿命って知ってるか?」
「うーん。わからないな」
「ボクサーの選手生命って他のスポーツより短いんだ。多分プロになってから15、6年」
ボクサーの選手生命は他のスポーツに比べても短い。しかもケガのリスクがおそろしく高い。その影響で命を落としても不思議ではない。
必ず世界チャンピオンになる。その意思は固く揺るぎない。だがその道の途中でケガをしたらどうなる。引退を余儀無くされたらどうなる。実際にそんな人もジムにはいた。
日本のボクシング界はプロであっても甘くは無い。日本チャンプですら収入はそれほど高くない。収入は常に不安定だ。
夕月と付き合うことになったら、おそらく絶対に離さない。というか離すつもりもない。
だが自分が夕月を幸せにできるのか。そこには不安しかなかった。
辛かった人生なのだ。楽しく笑って幸せになって欲しい。そうなるのであれば相手は自分でなくても構わない。夕月が心から笑えるなら感情など殺せる。
理想と現実の狭間で楓はどうしていいのかわからなくなった。普通の男子高校生であればここまでは深くは考えないかもしれない。だがそれが神代楓だった。
「俺はあいつを幸せにする自信がない。仮に俺が道半ばで障がいを負ったらどうする? 寝たきりになったらどうする? その可能性があるのがボクシングなんだよ。今までは自分だけでよかった。周りなんか関係ねえからな。だが夕月が……あいつがいると」
「なら、夕月さんは邪魔なのか?」
「違う!!」
陽はただ優しく笑う。
「俺おまえのそういうところ大好きだ。一本気で夕月さんしか見えていないところ。恋人になったら当然のように結婚まで考えるところ。がさつでぶっきらぼうだけど大事なことには真摯に向き合う。いい男だよおまえ。本当に高校生か?」
口元にカップを運びながら楓をじっと見つめる。少し間を置いてから再度口を開いた。
「なあ楓。夕月さんの気持ちは無視なんだな」
「…………」
「楓が考えていることはわかったよ。たしかに怖いよな、そう思う。でも夕月さんはどう思っているんだろうな」
「……それは」
「俺に聞いても答えは出ないぞ。逃げるなよボクサーだろ。きちんと夕月さんと話したのか? 違うよな? 話していないからここにいるんだろ?」
その通りだった。痛いところを容赦無く突かれて反論ができない。結局のところ逃げていた。陽に縋りついて……なんてみっともない。
「夕月さんはおまえがいなくなったらどうなるんだろうな。なんとなくだけど俺は想像したくないな」
陽がいてよかったと思う。きっと1人だとダメだった。これ以上ないぐらい夕月を傷付けていたかもしれない。
ニコニコしている目の前の男。何もかもわかったようなその顔が気に入らない。おまえに俺の何がわかる。だけど……
(ありがとうな陽)
心の中で感謝する。面と向かって言うのは照れ臭い。死にたくなる。
「悪かったな陽。帰る」
「呼び出してとおいて一方的に帰るとか。ははは! おまえらしい! 行けよ。夕月さんのところだろ?」
陽の言葉を背に店を出る。気が付くと外は雨だった。
早く夕月に会いたい。
心臓の音がうるさい。雨など関係無いと家まで走る。途中でつまづいて転んだ。腕から血が出た。自分らしくない行動に思わず笑みが溢れる。
息を乱しながら走り続け玄関の前まで来た。
酷い格好だ。全身雨でぐちゃぐちゃ、腕からは流血。まるで喧嘩帰りのやんちゃ坊主。
(ま、いいか。陽と喧嘩したことにしとくか)
転んだなんて恥ずかしくて言えるか。と心の中で呟いた。
大きく息を吸い、吐く。息を整えると玄関の扉を開けた。
「夕月!!」
名前を呼ぶと少女は目の前に現れた。楓の全身を見て心配そうに駆け寄ってくる。
腕を強引に引き抱きしめる。ぐちゃぐちゃになってしまうがそんなことは関係無い。きつくきつく抱きしめる。
「……か……楓?」
「夕月。おまえは俺が好き。そうだな?」
「…………うん……大好き」
「俺がいなくなったらおまえ死ぬだろ?」
「……うん……生きてる……意味……無い」
身体を離すと夕月を見つめる。縋るような瞳からは涙が溢れている。
「いいか。1回しか言わねえからな……おまえが好きだ。1人の女性としてだ。だからずっと側にいろ。死ぬまで一緒にいろ。で、俺より先に死ね」
「……死ねって……ふふっ」
「俺は必ず世界の頂点に立つ。だが、もしかしたらケガでボクシングはできない、そんなことになるかもわかんねえ。でもそんなこと知るか。おまえは誰にも渡さねえ」
「……うん……うん!」
涙は止まらない。何度も手で擦るがポタポタと床に落ちる。その音に合わせるように何度も小さく頷く。
「……楓……もう1回……好きって……聞かせて」
「断る」
「……いじわる」
「知るかよ」
「…………むう」
頰をリスみたいに膨らませて睨んでくる。ちょいちょいと手招きをされた。耳を貸せということらしい。
顔を近づけた瞬間。両手で顔を掴まれそのままキスをしてきた。
何秒経っただろうか。何時間にも思えてくる。名残惜しそうに唇が離れる。
「……2回目」
「あ? まじかよ? 最初は別か」
顔を真っ赤に染めて楓を指差す。
「…………最初も……おまえ……なのだ」
夕月は胸を張りながら楓を見ると、クスクスと嬉しそうに笑って見せた。
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