33 少女の価値は
些か落ち着いてきたのか、ようやく普段の夕月に戻ってきた。
考えてみると普通に笑っていること自体が奇跡的だったのかもしれない。一度は自殺を決意した少女なのだ。理由は考えている以上に重いのだろう。
突然泣き出したのは驚いた。コロコロと表情が変わるのは知っていた。だが、これだけ負の方面へ振れたのは、やはり精神的にまだ安定していないということなのだろう。
正直気になる。だが踏み込んでしまうとどこか遠くへ行ってしまうんではないか、などと思ってしまう。それほどに今の夕月は儚く見える。
自分で思っている以上に夕月の存在は大きなものになっていた。そのことに驚き苦笑する。
「大丈夫か?」
「……うん……大丈夫」
言葉に嘘は無さそうだ。明るさもある。なら自分もいつも通りに振る舞うべきだ。
「まあ気にすんな。おまえも色々あるだろうけど、俺は無条件で味方になってやるよ。だから迷惑かけてもいいぞ」
「…………ツンデレ」
「うるせえ」
クスクスと笑っている。気持ちの整理がついたら話す、そう交換日記には書いていた。
今がそうなのかどうか。それは夕月にしかわからない。だったらその時が来るまでは自分が守る。夕月を傷付ける全てから。
「……楓……ごめんね……私……面倒くさくて」
「いまさら何言ってんだよ。それ言うならもっと前に言え」
もう夕月のいない日常など考えられないのだ。面倒くさいなんて地点などとうに過ぎている。
「さて、帰って何するんだ? ていうか今から響のとこ行ってもいいぞ? もう大丈夫だろ?」
ムスっとして背中を叩いてきた。ジャブを教えてしまったため地味に痛い。やめておけばよかった。
「……今日は……楓と……寝る」
「いや、なんで一緒に寝るのが当たり前になってんだよ。離れて寝ろ」
「……安心する」
安心。その言葉に僅かに違和感を覚える。
「ダメだからな?」
「…………うむ」
これはわかっていない顔だ。朝起きると隣にいるんだろうなあと呆れる。
「前も言ったけどよ。そのうち襲われるぞおまえ。無防備すぎるだろ」
「……楓なら……いい」
その表情は真剣そのものだった。冗談などではなく本気だ、と瞳が訴えてくる。
「よくねえよ。そういうのは大事に取っとけ」
「…………ばか」
少し変わっているとはいえ楓も男。そんなことを言われると嫌でも想像してしまう。夕月とそうなることを。
(何考えてんだ俺は! バカか!)
心の中で自らを戒める。まるで弱味につけ込む男のそれだと。そんなものはナンパしてた奴らと何も変わらないと。
「最低だな俺は。よし夕月、俺を殴れ」
夕月の前でしゃがみこむ。夕月は最初困惑していたが、楽しそうに笑みを浮かべた。
目を瞑りじっと待つ。
「……うむ……歯を……食い縛れ」
瞬間顔に触れた柔らかな感触。
目を開けると目の前に夕月の顔があった。
頬と唇の中間。なんとも言えない位置にキスをしていた。唇でもない、頬でもない、非常に反応に困る位置。
顔を真っ赤にして唖然としている楓を見て、満足そうに微笑んだ。
「…………へへ」
「悪戯が過ぎるぞ」
「……隙だらけな……楓が……悪い」
そうかよ。と短く返す。その蕩けるような笑顔は目に毒だ。自然と視線を外した。
先ほどのやり取りで一度離した手。ゆっくりと指を絡めて再度握られる。細くて柔らかいその指は、なぜかいつもより楓にその存在感を意識させる。
繋いだ手を見つめていると、不思議そうに夕月が聞いてくる。
「……楓? ……顔赤いよ?」
「うるせえ!!」
不思議そうに首を傾げる。
(待て待て。なんで俺はこんなに意識してる!? 夕月だぞ!?)
口に手を当てて平静を装うが、朱に染まった顔は隠しきれない。
そんな楓を見て夕月は少しうれしそうだ。
繋いだ手をそのままに、反対側の手を腕に回してきた。楓の腕を胸元で抱えるように密着してくる。まるで大事な物を抱えるように優しく。
「お、おい!!」
「……うむ……よい」
「よい、じゃねえよ離せ!」
「……今日は……離さないって……言ってた」
「ぐっ!」
ブンブンと振り回してみるが、しがみついたまま離れようとしない。こんな虫がいた気がする。
問題は他にもある。嫌ではないのだ。むしろうれしいと思ってしまう。
「……楓」
「なんだ?」
「……楓は……私が……大事? ………………小日向夕月は……必要?」
「当たり前だ。言っただろうが。一緒にいろって」
「……そっか」
そこからはずっと無言だった。夕月が何か考え事をしているのがわかった。だからそっとしておいた。
ようやく口を開いたのはアパートの前に着いた時。
「……聞いて……くれる?」
「おう。いいぞ」
「……楓は……私が……大事?」
「大事だし、必要だ」
「……私は……生きていて……いい?」
その瞳を見てぞっとした。あの瞳だった。初めて会った時のそれだった。
何もかも諦めて、感情をどこかに置いてきたかのような無機質な瞳。
だが今の楓はそれを正面から受け止める。その覚悟はとうにできている。
「バカなこと言ってんじゃねえ。死なせねえよ。あの日みたいに引き上げてやる。何度でもだ。諦めろ」
「……うん…………うんっ!」
潤んだ瞳を向けてくる。うれしそうに何度も頷いている。これ以上無いぐらい密着した夕月の身体はその体温を楓に伝えてくる。その暖かさはやはり生きている人のそれであった。
◇ ◇ ◇
部屋に入ると楓はコーヒーを淹れたカップを夕月に手渡す。少しだけ砂糖を入れるとゆっくりと口にした。
「……楓がくれた……あのコーヒー…………あの暖かさが……引き止めて、くれたの」
ゆっくりと話し出す夕月。その話をじっと聞く。目は絶対に逸らさない。
「……私は……いらない子、だった……死ねばいい……って……言われ続けた」
「……誕生日も……クリスマスも……お正月も……毎日のご飯も……風邪の日も……入院した時も……1人だった」
「……お父さん、お母さんは……お兄ちゃんしか……必要じゃ……なかった……」
「……おまえは……いらないって……喋るなって…………産まれなければ……よかったのに……って」
目を背けたくなるような過去を夕月はゆっくりと語りだす。
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