31 はぐれ夕月の捕獲法
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人混みが多いと普段起こらないようなことも起こる。
例えばしっかり手を繋いでいたはずなのに、いつの間にか横にはいない、など。
簡単に言うとはぐれた。
はぐれないように手を繋いでいたのにどうしてこうなるのか。それは楓にもわからない。
夕月は背丈も小さめなので探すには苦労するだろう。普通の人であれば。そう普通の人であれば。
だがこの男は普通ではない。
「夕月!!! 聞こえてんだろ!? 手あげろ!!!」
大声で人混みの中を歩き回る。どれだけ周りが自分を見ようが関係ない。所詮他人だ。
大声で駆け回る。5分ぐらいすると夕月を見つけた。
見たこともない男に話しかけられている。夕月の腕を掴んでいるようだ。
(はあ……まーたナンパされてやがる。すげえなあいつ)
首をポキポキ鳴らしながら近付いていく。夕月にちょっかいを出している男の手首を捻り上げた。
「おまえまたナンパされたのか。すげえよマジで」
「痛っ! なんだよおまえ! 離せ!」
「嫌がってんのに無理矢理掴んでんじゃねえよ。そんな腕はこのまま握り潰してやろうか?」
よっぽど痛いのか男は悲痛な顔を隠せない。
「邪魔すんなよ! おまえはこの子のなんだよ!?」
「あ? 彼氏兼おもりだよクソ野郎。文句あんのか?」
「え……彼氏? くそ! せっかく上玉見つけたのに。押さえたホテルも無駄かよ」
やっぱりロクな事を考えていなかったようだ。このまま握り潰してもよかったが、あまりのモブ具合に少し同情する。仕方ないから解放してやった。
「俺の視界からすぐに消えろ。次は捻り潰す」
「わ、わかったよ! 何なんだよくそっ!」
立ち去ろうとした男の首根っこを掴む。耳元に小声で伝えた。
「いいか? 次に夕月に近付いてみろ? わかるよな?」
ブンブンと首を縦に振って逃げるように去っていった。姿が見えなくなったのを確認してから夕月に話しかける。
「よう。大丈夫か? 悪いな。いつの間にかはぐれてた」
「……あの人……怖かった」
ああ失敗したなと思った。1人にするべきではなかった。完全に自分のミスだと。
これだけの容姿の少女が1人で歩いていたなら、こうなることも予想できたはずなのに。
「マジで悪かった。今日は絶対離さねえよ」
夕月の手をしっかりと握る。すると凄い勢いで顔を上げて楓を見つめてきた。
「……楓…………初めて……だよ」
「ん? なにがだ?」
「……楓から……手繋いだの」
「そうだっけか?」
「そうだよ」と微笑む。先ほどまでの暗い表情とは打って変わっていつもの夕月に戻る。
周りからチッという舌打ちが聞こえてきた。どうやら狙っていた者はやはり1人ではなかったらしい。
夕月と一緒にいると舌打ちされてばかりだなと苦笑する。
「さて、んじゃ何で勝負するんだ?」
ひと通り屋台を見たところで、どうやって楽しむかではなく、何で競うか、という発想がいかにも楓らしい。隣でクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「……うむ……では……金魚掬いを」
「俺に勝てると思ってんのか? やったことねえけど」
いざ金魚掬いの屋台へ。小さな網を受け取る。
「これで掬えばいいのか? なんだ簡単じゃねえか」
乱暴に扱ったためすぐに破れてしまった。勿論1匹も取れてはいない。
(なんだこれ。本当に掬えるのか?)
ふと隣の夕月を見る。手元のお椀には既に2匹の金魚がいた。楓のほうを向くと渾身のドヤ顔を見せる。
「くっ! い、いや初めてだから勝手がわからなかっただけだ! 次はいける!」
「……私も……初めて」
(チッ。そのニヤニヤ顔をやめろ)
その後も何度も挑戦するが、結果楓は0匹。夕月は7匹。これがセンスの差なのだろう。
「金魚が悪い」
「……金魚さんは……なにも……してない」
負けず嫌いなこの男は、勝てそうな屋台を物色し始める。次に目をつけたのは型抜き。
「これだな。楽勝だろ。やったことねえけど」
「……ふむ」
お金を払うと板状のお菓子と画鋲を受け取る。楓のものはウサギだろうか。夕月のものは鳥らしき生き物。
楓はワンパンチでお菓子をKOした。割れた。
「いやこれ無理だろ。どうやっても割れるじゃねえか」
隣の夕月を見る。綺麗にくり抜かれた鳥がそこにはいた。今にも飛びそうだ。またもや渾身のドヤ顔である。
「くっ! おまえ手先器用なの忘れてた。そういや料理上手いもんな。しかもその鳥簡単そうじゃねえか」
「……鳥さん……悪くない」
その後も射的や輪投げなど挑戦するも、楓は悉く完敗。ボクシングに能力を全振りした男はこの手の遊びにはめっぽう弱かった。
一方、夕月はほくほく顔。普段見れない楓の表情も見れて一石二鳥だったと喜んでいる。
「おい。これで勝ち逃げとか許さねえからな。来年も。それでダメなら再来年も俺は挑む」
「……来年……再来年」
楓の未来に当然のように自分がいることが夕月はうれしかった。なら絶対に負けられないなと思う。
「……じゃあ…………負けられないや」
「言っとけ。来年は勝つ!」
楓は屋台を出ると先に歩いて行ってしまった。だが途中で引き返して夕月の前に戻ってきた。
「危ねえ。素で忘れてた」
座っている夕月の手を優しく引いて立たせると、照れ臭そうにそっぽ向く。その横顔に夕月はそっと手を伸ばした。
「どうした? なんかついてるか?」
「…………楓……大好き」
「なんだ? 聞こえねえよ」
自分にしか聞こえないような小さな声。祭りの喧騒は夕月の声を掻き消すように割って入る。
聞こえても構わなかった。聞こえていたならきっと楓は自分を好きになってくれるはずだから。
でも聞こえなくてよかった。本当は、何も言わなくても楓が自分の意思で好きになって欲しかったから。
じゃないと少し悔しい。
そんな胸の内はもちろん楓には話さない。
いつになるのかなあと考える。
だが夕月とっては、その考えている時間でさえ幸せの一部だった。
花火の音が鳴り響く。
その音に合わせて夕月はもう一度繰り返した。
「…………大好き!」
その声はやはり楓にはまだ届かない。
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