22 前哨戦
登校中はしっかりと手を握って歩いた。夕月という美少女の手を握っているという実感が沸々と湧いてくる。これも楓にとっては初めての体験で、その気持ちをどこにもっていけばいいのかわからずに困惑する。
隣の夕月はというと、そんな楓の考えなど知る由も無く、無邪気で幼さの混じった笑顔を浮かべている。
普段と違う蕩けるようなその表情は登校中の男子生徒達の心を鷲掴みにするには十分な威力を持っていた。
夕月という少女がどれだけ優れた容姿を持っているのか今更ながら思い知らされる。
嬉しいような恥ずかしいような不思議な感情はスポーツとは違った高揚感を感じる。
視線の雨に耐えられず強引に振り解こうとするが、それも夕月は許さない。固く繋いだ手はまるで周りに見せつけるかのような存在感を出している。
(勘弁してくれよマジで。こいつなに考えてんだ)
夕月に引っ張られるようについていく楓。途中あずみの車が横切ったのが見えた。その表情は言うまでもないだろう。後で根掘り葉掘り聞かれるのはこれで確定した。憂鬱にもなる。
「楓! おはよう!」
「おはよう。なんとかしてくれコレ」
繋いだ手を指差して陽に助けを求める。もっと茶化されるかと思ったが意外に落ち着いていた。
「夕月さん。多少進展したんだね。快挙だよ!」
「あ? なんの話だよチャラ男」
夕月は頬を桃色に染めて小さく頷く。口元もほころんでいる。「今日は我慢しろ」と陽にまで突き放されてしまえばもうどうしようもない。四面楚歌とはこのことか。
「はぁ……こうなるのかー。なんかなぁ。なんでよりによって楓」
不満だらけの気持ちを隠そうともせずに言い放つ響は、陽の肩に腕を乗せてムスっとしている。
「響さん。肩重いんだけど」
「鍛えろ少年! 顔だけじゃモテないぞ」
ケラケラと笑う響に陽の顔も引き攣っている。認めたくはないが響も相当な美少女だ。夕月とはベクトルの違う美しさ。特に強気な緑色の瞳は男を虜にするには充分であろう。
実際、陽と響が並んでいると壮観である。美男美女を体現したような二人は、周りの視線をどれだけ集めようがどこ吹く風。慣れた身の振り方はさすがといったところか。
正面玄関に着くとあからさまに響が大きなため息をついた。
「どうしたの? 響さん」
「すぐわかるよ」
下駄箱を開けるとそこには手紙が3通ほど入っていた。ラブレターというやつか。
「ね? 鬱陶しいったらないわ。直接言いに来いって話よね」
楓は理解できないが響に想いを寄せる者は多い。天真爛漫な少女は人を惹きつける魅力に溢れている。
そのラブレターをカバンにしまうと、どうしたものかと狼狽する。
「…………あ」
夕月が下駄箱を開けたら落ちてきたラブレター7通。それを見た響は「さすが」と笑っている。
夕月もそのラブレターを捨てることはせずにカバンにしまう。
「二人とも偉いんだな。俺だったらその場で破り捨てるぞ」
「あんたねぇ……ほんと無駄にブレないわね」
陽は「楓らしいな」と一言。夕月はどこかうれしそうにクスクスと笑っている。
そんな時に事件は起きた。
「あ? なんだこれ?」
一通の手紙が楓の下駄箱に入っていた。
◇ ◇ ◇
「ぷっ! あんたさすがだわ!」
夕月と別れ三人は教室で問題の手紙について話していた。中身はというと
『放課後。屋上に来い』とそれだけ。
明らかにラブレターではない。どちらかというと果たし状に近い雰囲気だろうか。字も女性のそれではないように見える。
「めんどくせえな。無視だな」
「でも夕月さん絡みかもしれないぞ?」
最近、楓と夕月は距離が近かった。当人達にはそのつもりがなくても周りには恋人に見えていても不思議はない。それゆえにこのような手紙が来るのもあり得る話だった。
(そうか夕月が絡んでくる可能性があるのか。厄介だな)
少し前の楓であればこんなものは鼻で笑って無視しただろう。だが今は違う。夕月が関係しているなら見過ごすわけにもいかない。
「ま、ちょっと気になるし構ってやるか」
「素直じゃないなぁ」
「うるせえ」
午前中の授業はどうも頭に入ってこなかった。いや、もともとそれほど真面目に受けているつもりはないが、今日はいつにも増してということで。
自分だけのために動いてきた楓は、誰かのために何かをするということに慣れていない。憎い相手と直接対面した時、自分が何をしてしまうのか。それが恐ろしかった。
グルグルと頭の中を回る負の感情は、止まることなく勝手に流れる。拳に入る力を抑え込んで放課後を待った。
◇ ◇ ◇
屋上のドアを開ける。
爽やかな風が身を包む。面倒なことにならなければいいな、と切に願う。
真正面のフェンスの前。離れているため顔は窺えないが男子生徒が立っているようだ。気持ちを落ち着かせてから近付いていく。
短髪で茶髪。耳が日光に照らされて光っているのはピアスだろう。身長は楓と同じぐらい。性格の悪さが顔に出たような下卑た笑みを浮かべている。
「神代楓。来たか」
「来たかじゃねえよ。何の用だ? 手短に話せ」
楓の傍若無人な態度が男を逆撫でする。
「俺は3年の成瀬進だ。てめえは1年の神代楓だな? ジム行ってるって聞いたからボクサーなんだろ? 年齢的に練習生か」
頼んでもないのにペラペラとよく喋る口だ。心の底から鬱陶しい。
「あぁ、そうだ練習生だ」
「単刀直入に言う。小日向夕月に近付くな。てめえみたいなのが横にいるとイライラすんだよ」
「知るかよ。勝手にイライラしてろ能無し」
予感は的中した。やはり夕月が絡んでいた。狂った嫉妬ってところだろう。
「てめえ1年のくせに生意気すぎるな。俺はボクシング部の主将だ。直接叩き潰して格の違いを教えてやるよ。俺が勝ったら小日向夕月には今後近付くな」
勝手にどんどんと話を進めていく。この手のタイプは妄想が酷いため会話は一方通行。それを悟った楓は呆れるように口を開く。
「断る。俺の拳はそんなくだらないことには使わない。価値が下がる」
そう言い残すと背を向けて屋上を去る。ドアを開ける瞬間に成瀬が大声で挑発してきた。
「てめえみたいな不良はどうせ弱いんだろ? 誰がお前にボクシングを教えたんだ? 不良がちょっと齧ったぐらいで粋がってんじゃねえぞ。どうせ指導者もクソみたいな不良なんだろ?」
反吐が出そうな気持ちの悪い笑みを浮かべてそう言い放った。
「ま、おまえが逃げたって言いふらしてやるよ。小日向夕月もさぞ失望するだろうな。あの女は見た目はいいし、成績もいいが頭は弱そうだ」
背を向けて歩いていた足が止まる。この男は楓の逆鱗に触れてしまった。一番言ってはいけないことを言ってしまった。
「てめえみたいなクズにあの人の何がわかる。夕月の何がわかる。そんなに死にたいか? それならリングを用意しろ。喧嘩はしない」
楓の返事を聞いて成瀬は上機嫌な様子だ。
「今から部室にこいよ。レフェリー付きでスパーリングだ」
「わかった。その前に1ついいか」
「なんだ?」
「俺が勝ったら夕月に土下座しろ。それと着替えを何日分か用意しておけ」
「着替え?」と不思議そうな顔の成瀬。
「入院するんだから必要だろ? このゴミが」
底冷えするような冷たい目で成瀬を見る。二人を侮辱した目の前の男を楓は決して許さない。
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