20 夕月の活用法
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結局泊まることは了承した。夕食はおかゆの他に玉子スープなど体調を気遣ってくれた料理を作ってくれた。夕月も同じものを食べて夕食は済ませる。
さてこの男。習慣というか食後にはどうしても筋トレをしないとおさまらない。風邪で体調は芳しくないものの、熱は下がったためどうしても日課だけはこなしておきたい。
夕月には反対されたものの、ボクサーの習性なのか、はたまた楓という人間の性格なのか、反対されるとどうしてもやりたくなる。
「風邪程度に俺が負けると思ってんだろ?」
「……楓がわからない」
結局は筋トレは敢行。それはいいのだがせっかく夕月がいるため上手い活用法はないかと思索していた。腕組みをしてしばし考える。
(よし。あれやるか)
楓は腕立て伏せの体勢を取ると夕月を一瞥。不敵に笑う。
「乗れ。夕月程度の重さなら余裕だな」
力強く頷いた夕月は楓の背中によじ登っていく。すると背中の上でうつ伏せになり背後からしっかり楓にしがみつく。
「なにやってんだおまえは! 乗るだけでいいんだよ! なんでしがみついてんだ!」
「…………大丈夫……さあ」
「さあじゃねえ!」と振り落とすと「……わがまま」と不満そうに楓の背中に座った。
「よし、んじゃとりあえず50だな。落ちるなよ」
「……うむ」
腕立て伏せを始める。夕月は軽いがそれでも人間1人分の重しはなかなかいい鍛錬になる。腕からは血管が浮き出て筋肉は膨張する。楓も乗ってきたのかペースを上げていく。
「…………お馬さん」
夕月は目をキラキラさせて楽しそうだ。その余裕そうな様子がどうも気に入らない。
(くそ。楽しそうにしやがって。見てろよ? 振り落としてやる)
さらにペースを早める。もはやロデオマシーン。遊園地に似たような遊具があったはずだ。
「……わっ……おぉ…………おぉ」
「チッ」
夕月は大満足。振り落とせなかったのが悔しかったがいい腕立て伏せにはなった。
次のメニューに移る。
立ち上がると夕月に背を向けてしゃがむ。夕月という重しをつけたスクワットだ。不敵に笑う。
「乗れ。その余裕そうな顔。いつまでもそうしていられると思うなよ?」
力強く頷く夕月。楓の背中をよじ登っていくと肩車の体勢。
「…………おぉ……高い」
「なんで肩車してんだよ! おんぶでいいんだよ!」
「…………大丈夫……さあ」
「いいから降りろ」
不満そうな顔で再び楓の背中をよじ登る。おんぶするとスクワットを開始した。だがただのスクワットではない。ジャンプを混ぜたハードなスクワットだ。
「…………おぉ……楽しい」
「チッ」
ペースを上げるが一向に夕月は楽しそうだ。むしろ動けば動くほど喜ばせているまである。
「はぁはぁ……くっそ!」
「…………もう終わり?」
(もう終わり? だと? その余裕そうな顔。凍りつかせてやる)
その一言で楓にスイッチが入る。より激しくハードに。自分を追い込んでいく。
「…………おぉ……おぉ!」
「くそ!」
今回は夕月の勝利。存分に楽しめたのだろう。大満足といった表情だ。力を使い果たした楓は息を整えながら悔しそうな表情だ。
「楓と夕月さんはほんと見てて楽しいな」
「楓には勿体無いけどね」
玄関の扉が開いておりそこには陽と響が立っていた。
◇ ◇ ◇
二人は学校を休んだ楓のためにプリントと、若干の栄養補助食品を届けにきたらしい。陽はそれが本心だろうが響は明らかに興味本位で付いてきた様子が見て取れる。
「へぇ。ここがあんたの家ねえ。何もないね、つまらない男」
「あ? いきなり喧嘩売ってんのかゴリラ女」
まあまあと二人をなだめながら口を開く。
「それで体調どうだ? あずみ先生も心配してたぞ」
「熱は下がったな。だいぶ回復したから明日は行く」
そうかよかったなと肩を叩く。陽は本当に心配してくれていたようだ。根がいい奴なのだろう。これで幼女属性さえ無ければ完璧なのだが。
響はというと夕月をじっと見つめてニヤニヤしていた。
「ねえ夕月ちゃん。学校終わってすぐに走って行ったのが見えたけど、これが理由?」
「…………あ……あう」
顔を真っ赤にして沈黙してしまった。響はそんな夕月に抱きつくと頭を撫でながら愛でる。
「健気だなぁ。ほんっとに可愛い! ちっ。なんでこんな男に」
「なんだよ。文句あんのか?」
「文句しか無いわよ!」
苦笑しながら陽がフォローするが響の勢いに圧されて何も言えない。仮にこの二人が結婚したら間違いなく響の独壇場になるだろう。
用事は一通り済んだようで、夕月に気を遣ったのだろう。二人とも帰る支度を始めた。
「あ、そうだ夕月ちゃん! 連絡先教えてよ」
「…………うん!」
スマホを取り出し操作を始めた。が、すぐにその画面が見えないように隠してしまった。
「スマホの待ち受け。見えちゃったー!」
「…………い……言わないで」
あわあわと響の口を押さえようとしている。いいぞ息の根を止めろ。と楓は応援する。
「待ち受け……あぁ! 俺が送ったアレか」
「なんだよアレって」
それはさすがに言えない、と困った顔を見せる。
二人は夕月に背中を押されながら出て行った。帰り際まで響はニヤニヤしていた。
「嵐のような奴らだったな」
「……心臓に……悪い」
まだ動揺を隠せない夕月は、部屋で盛大に転ぶと頭をおさえて蹲っていた。
◇ ◇ ◇
明日も学校なので夜更かししているわけにもいかない。明日の朝のロードワークはさすがに夕月に止められた。構わず走ろうと思っていたが、あまりに真剣な表情だったため大人しく従うことにした。
浴室で楓は鏡と向かい合う。夕月がいて、陽と響もいた。こんなに人が家に来たのは初めてだった。
精神的に疲れたが嫌な疲れというわけではない。嬉しいような、少し恥ずかしくなるような、初めて湧いた感情をどう扱っていいのかわからない。
きっとあずみなら自分で考えろ、と言いそうだなと苦笑する。この感情はまだどういうものかはわからない。でも切って捨てていいものではない気がした。
(何考えてんだろうな。風邪のせいだなこれは)
頭からタオルを被り夕月のもとに向かう。
部屋に戻ると小さな寝息が聞こえてきた。楓を待っている間に寝てしまったんだろう。困ったように笑うと、抱き上げてベッドに移す。寝顔はため息が出るほど美しかった。天使っていうのはこういうことなのだろう。
頭に手を触れる。サラサラとした髪はよく手入れされているのだろう、ずっと触れていたくなる。引き寄せられるように少しだけピンク色の頬に触れ、そして小さな唇をそっと触った。
(……何やってんだ俺は。なんかおかしいぞ今日)
自分の頭を軽く殴ると電気を消して全て忘れるように布団に入った。
ゆっくりと目を開けた夕月は、胸に手を置いて気持ちを落ち着けようとしている。このままでは眠れそうもないな、と困ったように笑う。
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