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2 無言少女は友達が欲しい

 

 夕月の姿を見つけたがそれは自分に用事があるとは限らない。陽が何を思ったのかは知らないが友達でも待っているんだろう、と目の前を普通に通り過ぎた。


 後ろから右手の裾を引っ張られる。


「……」

「……無言で引っ張るのをやめろ。ホラーかよ」


 首をかしげて不思議そうに見つめてくる。その仕草ひとつ取っても凄まじい破壊力だ。何かを話そうとしているのはわかった。だからとりあえず待ってみることにした。



 ――1分経過。



 ――2分経過。



「……一緒に……帰ろう?」

「おまえと一緒か。無駄に目立つな」


 楓の言葉を聞いて少し考えているようだ。そして何か思い付いたのかポンと手を叩くとおもむろに手荷物を漁り始めた。

 上着のジャージを頭の上からかけて間からヒョコっと顔だけ出す。


「……これ、なら……バレない……よ?」

「いや、それかえって怪しいだろ。変質者かよ」


 なにやら目立ってきたのでジャージを引き抜く。


「…………」

「……なにか言えよ」

「……わ、たし……の……ジャージ」


「欲しいの?」と言われた瞬間「いるかぁ!!」と投げつけた。「あぅ……」とか言ってたけど無視した。


 結局途中まで一緒に帰ることになった。根気強く断っていたが、無視して歩いてもトコトコと付いてくる。なので楓が折れた形だ。とはいっても隣にいるのは超が付く美少女。どこを歩いていても注目の的である。


 こういった視線を受けたことが無いためある意味新鮮だった。世の中のイケメンと呼ばれる人種は常にこの視線にさらされるのか、と哀れに思った。


 まぁそれはいいとしてだ。


 一緒に帰ろうとか提案してきた本人が一言も喋らないのだ。本当にその目的が見えない楓は困惑していた。


(こいつは本当に何考えてるかわかんねぇ……未知の生物かよ)


 会話ゼロもなんかなぁ、と思ったのでとりあえず話しかけてみる。


「んで、おまえは俺をどうしたいんだ?」

「…………」


 無言で見つめ合う。この空気は大概の男子では耐えられないかもしれない。だがそれは夕月を魅力的な女性として強く意識しているからであって、楓に限ってそれはありえない。口を開くのを根気強く待った。


「……とも……だち」

「友達?」

「ともだち……に、なって……ください」


 意外なことを言われた。おまえには興味無いと遠回しに伝えていたつもりだったが。口調と表情からも本気度が伝わる。


 楓は考える。夕月と仮に友人になった場合どうなるのか。すぐに思いつくだけでも面倒事が増えそうだ。


 これはやんわりと断るかなぁと思っていた。


「ほら、あれだ。俺といると厄介事が増えるぞ? この見た目だしな」

「…………いい、よ」

「てかなんでだ? おまえのスペックなら友達なんてすぐできるんじゃねえの?」

「……ともだち……いない」


 性格のせいだろうか。見た目、頭脳は申し分無い。楓から見ても最上級スペックだ。だが人とのコミュニケーションというか、そういった面が若干不足しているのだろう。


「そうか。悪いな変なこと聞いて」

「……いい。気に……しないで。…神代くんは、わたしを……特別扱い、しない……から、だから……」


 たしかに楓は夕月を特別扱いなどしていない。美人だとは思うがそれだけだ。


(断ってもこいつ意外に頑固そうなんだよなぁ)


 大きな瞳で不安そうに見上げてくる夕月を見てため息をついた。覚悟を決めるしかないな、と。


「……わかったよ。友達になる」


 その言葉を聞いた途端、満面の笑みとなる。頬は僅かに上気しピンク色に、瞳は潤んでいる。嬉しさを抑え切れないのか何度も「ほんと?」と確認してくる。予想外にぴょんぴょんと近くに来たため真正面から顔をまじまじと見てしまった。


(おーおー、これはこれはすげえ破壊力だなぁ。世の中の男という男は全て虜にできそうだ)


 小日向夕月という人物は無自覚に人を精神的に殺せる。確信した。まぁ楓には効果はあまり出ていないが。


 なにはともあれ楓と夕月はこの日友達になった。






 ◇ ◇ ◇



「で、おまえついてくるの?」

「………」


 答えはすぐには返ってこない。なるほどこの空気をデフォルトとして慣れる必要がある。


「……おまえって……呼びかた……いや」

「わかった、んじゃ小日向。俺のことは神代でも楓でも好きに呼べ」

「か……神代……くん?」

「おう、そうだぞ」


「名前……友達」と呟くと顔を真っ赤にして黙ってしまった。時折見え隠れする耳まで真っ赤だ。そんなに恥ずかしいのだろうか。


「で、小日向はついてくんの? 俺これからジムだから楽しくはねーぞ?」

「神代くん……が、いいなら……見て……みたい、かも?」


 疑問系にして上を見ながら首を傾げている。正直他人に見せるようなものでもない。知らない人から見たら殴り合うための練習をしてるのだ。耐性が無い人が見たらドン引きである。


 それでも結局は夕月がどうしても見てみたいということだったので、連れていくことにした。


(女連れでジム……戦争が起こりそうだな。いや小日向ならむしろ皆喜びそうだ)


 ジムに向かうまでの道を一緒に歩いていく。時々隣の夕月が視界から消え、かと思ったら早足で隣に並び楓を見て微笑む、ということを繰り返していた。


(あ、やべ。歩くスピード全く考えてなかった)


 身長180cmの楓とおそらく150cmあるかないかぐらいの夕月。歩幅は当然違うため夕月が楓に合わせていた。


「小日向すまん。歩くの早すぎた」

「……だいじょうぶ……ともだち……だから」

「いや、それ使い方間違ってるから」


 がーん、という効果音が出そうな顔をしていて思わず笑ってしまった。


「友達なんだろ? だったら気にせず言えよ。もうちょっとゆっくり歩いて、とか」

「……了解……しました」


 わかりました隊長! ぐらいの感じで敬礼をしてきた。どうやら小日向夕月という人間は多少ズレているらしい。楓も人の事は言えないが。


 だが不思議と一緒にいて気まずいとか疲れるとか、そういった感情が全く湧かないことに驚いた。






 ◇ ◇ ◇



 さて、今はジムの入り口前に着いた。それほど大きなジムでは無いが過去には世界チャンプを輩出している実績がある。


 入門希望者は定期的に来るため人気はある方だと思う。ただ辞めていく人も物凄く多いが。


 隣の夕月は顔をパン! と叩いて気合いを入れている。なぜかはわからない。


「…………いたい」

「一人で何をやっているんだおまえは」


 力を入れすぎたようだ。ほっぺが真っ赤である。


 正直なところ夕月をここに入れるのは心配だ。だがもう来てしまったしなるようになるか、とドアを開けた。


「ちーっす!」

「楓きたか。いつも通り柔軟から……っておい!! なんだよその子は! うおっ!? しかもめちゃくちゃ可愛い子じゃねえか! 彼女か!? 」


 ジムの他の面々もゾロゾロと集まってくる。


「楓に彼女!? いやだめだろ! 許さん」

「てか芸能人的な人?」

「やべえ……どストライクだわ俺」


(まぁこうなるよな。うん予想通り)

 

「いや友達ですよ。ジム見てみたいって言ってたから連れてきました」


 彼女じゃないとわかった途端に男共は歓喜の声をあげて夕月に向かっていく。その光景を見た夕月はサッと楓の背中にしがみついて隠れる。


「楓!! てめー! なんて羨ましい位置に!」

「こいつ小日向夕月って言うんですけど、極度の人見知りみたいなもんなんで、追っても全力で逃げますよ。むしろ嫌われますよ」

「ぐっ……ゆ、夕月ちゃん。俺達怖くないからねぇ」


 後の祭りとはまさにこのことである。夕月は警戒して楓から離れようとしない。まぁ実際は人見知りとも違う気はするが。


「あれじゃないすか? 先輩方のカッコイイ姿を見せれば仲良くなれるかもしれないっすよ」


 それを聞いた途端。ある者はサンドバッグへ、ある者はリングへ、一瞬で全員が練習に戻った。その気合いの入りようはいつもの倍である。脳筋連中ばかりが集まっているから単純で扱いやすい。


 ようやく落ち着いてきたところで会長が近付いてきた。このジムの現在の会長、そして楓の叔父でもある。


「楓が友達連れてくるとか初めてだな。はっはっは! しかもこんな可愛い子とはな! どこで捕まえてきたんだよ」


(捕まえたというよりは捕まった、のほうが意味的に近い気はするが)


「夕月ちゃんって言ったかな? 今日は見学しにきたのかい?」


 夕月はコクンと頷く。


「……神代……くんが……がんばってる……なら……見てみたいな……って」

「そうかそうか! 歓迎しよう! 夕月ちゃんが見てるだけで他の連中も気合いが明らかに違うしな」


 チラチラと夕月のほうを見てるのはバレている。というかガン見してる人までいる。真面目にやれ。


 夕月は会長に案内され部屋の隅の椅子に座った。


「さて、やりますかー」

「楓は昨日のスパーリングでダメージ残ってるだろ? デビュー前の練習生がOPBF(東洋太平洋)元チャンプとスパーはさすがに無謀だったな。しかも階級も上だしな」


 昨日楓は元チャンプとのスパーリングをした。手加減をして、1ラウンドだけという約束で半ば無理矢理やらせてもらったのだ。本物を感じてみたかった。結果は当然惨敗であったが。


「いい経験になりました。元チャンプには感謝です」

「見事に何もさせてもらえなかったな。当然だ! おまえはまだプロですらないからな。だが才能はピカイチだぞ、それは俺が保証する。これからも根気強く頑張れ!」


 早くプロになって眩しいスポットライトを浴びたリング。あそこに立ちたい。それが楓の最大のモチベーションになっていた。十代の青春を犠牲にしてでも辿り着きたい場所。


「とにかくダメージ残ってるから今日は柔軟と、軽くシャドーするぐらいにしとけ。ランニングも禁止だ」

「わかりました」


 確かにダメージは残っている。歩いていてもまだ多少クラクラするし。


 念入りに柔軟を終え鏡の前に立つ。


(さて、やりますか……視線がやべえ。あいつガン見してやがる)


 夕月は好奇心旺盛な目でじっと楓を見つめている。多少やりづらい空気ではあったがシャドーを開始した。

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