19 弱った男に美少女は毒です
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
感想や誤字報告など感謝に堪えません。
皆様あっての私なのだなぁと痛感しております。
未熟な私ですがどうぞこれからもよろしくお願いいたします。
空気中に漂うウイルスが鼻や喉に入り粘膜で増殖し炎症を起こす。その炎症が広がると咳などの症状が起きる。
ウイルスを排除するための体の防御反応のひとつが発熱だ。
簡潔に言うと楓は風邪をひいた。
朝起きてすぐに風邪をひいたことは察していた。しかしこの男は構わずに日課のロードワークを敢行。当然の成り行きとして死にかけている。
風邪程度なら右ストレート1発でKOと思っていたが、カウンターを食らってKOされた形だ。
(くそ、まじかよ)
楓はスマホを持っていない。しかも家には固定電話すらついていない。学校に連絡をするためには公衆電話まで行く必要がある。最寄りの公衆電話は200m先の商店の脇だ。
壁を支えにしてズルズルと立ち上がると、ノロノロと玄関に向かい外に出る。公衆電話に向かって歩き出した。ちなみに夕月が来るのを期待するのは無駄だ。今朝は学校で用事があるらしい。
まるで自分の物ではないような身体を引きずりながら、それでもこの男はボクシングのことを考えている。
(逆に動きまくれば治るんじゃね?)
何の逆なのかは分からないが治る訳は無い。むしろ悪化するに決まっている。
結論から言うと悪化した。
只今の体温は38.9℃。動いた影響なのか頭が割れそうなほど痛い。
(まだ10カウントは入ってねえぞ)
重い身体を気力で動かすとなんとか公衆電話まで辿り着いた。早速学校へと連絡を入れる。
「藤原先生をお願いしたいのですが」
保留音のメロディーが流れてくる。その音ですら頭にガンガン響いて鬱陶しい。
「お電話代わりました藤原です」
「丁寧な口調似合わないですね」
「……神代だな? その発言は後で説教するとして、どうした?」
「ウイルスをKOするの失敗しました」
「なるほど風邪か」
「はい。だから今日休みます」
「わかった。おまえが風邪ってのは意外だな。体調管理はしっかりできていそうだったが。まあとりあえずしっかり休め。何かあったら連絡しろ。暇だったら助けてやろう」
「ありがとうございます。では」
あずみの返事を待たずに切った。本格的に余裕が無くなってきたのか話す気力すらない。ギリギリ家に辿り着くとそのままベッドへ。意識を失った。
◇ ◇ ◇
(ん? 暖かい)
ゆっくりと目を開ける。目の前に少女の顔があった。鼻と鼻がくっついている。そんな距離。両腕でしっかりと抱きしめられていた。
普通の男子高校生であればここで慌てるのが王道なのだろう。だが神代楓なのだ。
少女は穏やかな顔で寝息を立てている。安心しきって蕩けたその表情を見ていると、普通であれば邪な感情が頭を過るものだろう。
起こさないようにゆっくりと起き上がる。少女のおでこに手を近付けるとギリギリと指に力を入れる。
パチーン!
「……いたい」
「いたいじゃねえ。なにしてんだおまえは」
「……来たら……楓寝てた……だから……寝た」
夕月はどうやら見舞いで訪ねてきたようだ。玄関の施錠をする余裕さえ無かったため、そのまま入ってきたらしい。
楓が寝ているのを見ると一緒の布団に入ってきたというわけだ。夕月翻訳が間違っていなければこういうことだろう。
「おまえな。俺だから何もしねえけど、他の奴だと襲われても文句言えねえぞ」
まだ完全に目が覚めていないのだろう。若干目が虚ろだ。
「……楓だけ……だから…………大丈夫だよ?」
「そういう問題じゃねえ。襲うぞコラ」
夕月はじっと楓を見つめた。両腕を楓に向けて広げる。
「……どうぞ」
「どうぞじゃねえよバカ。さっさと起きろ」
そっぽ向いた楓だったが、さすがに夕月の破壊力にKO寸前の様相。風邪で弱っているからか夕月がいつもより魅力的に見えてくる。口元に手を当て平静を装うが顔の赤さは隠せない。
夕月は不満そうに起き上がると台所へ行った。少し待っていると両手で蓋をした鍋を持ってきた。
「……おかゆ…………作った」
「まじか。それは素直にありがたい。朝から何も食べてねえんだわ」
受け取ろうと手を伸ばしたが夕月は両手を引っ込める。
「……食べさせる」
「は?」
「いいから寄越せ」ともう一度手を伸ばすが頑なに渡そうとはしない。夕月の顔を見るとどうやら本気だ。
しばらく見つめ合ったままの膠着状態。空腹であることも手伝い、不本意ながら夕月の要求を認めることとした。
「くそ……わかったよ!! 好きにしろ」
「…………うむ」
おかゆを一口分掬うとそのレンゲを楓の口元へ。甘い空気に耐えられないのか乱雑にそれを口に含む。
「悔しいけど美味い」
「……よかった」
夕月は終始ニコニコしていた。目一杯時間をかけて完食すると大満足といった表情だ。楓はというと精神的にドッと疲れがきた。
食器を片付けようとしていたので「それは俺が後でやっとく」と言っても無視して片付けていた。
(あいつ変なところが頑固なんだよな。まあそれも魅力なんだろうけどよ)
手持ち無沙汰でぼーっとしていると視界に入ってきたのが交換日記。手に取ると少し躊躇したがゆっくりと開く。
『あなたはどんな女性が好きですか?』
「……」
その返事を書こうとした、が。
「おまえはなにをしている」
「……大丈夫……続けて」
開いた日記を凝視している夕月が目の前にいた。絶対に見逃さないといった様子だろうか。瞬きもせずにじっと見つめている。
「…………さあ」
「書けるかぁ!!」
日記を閉じたのを見ると頰を膨らませて猛抗議してくる。背中をポカポカと叩いてくるが、まったく痛くはないので無視した。
「あ……」
何か思い付いたような声。この場合は声のトーンからもロクなことではない。気付かないふりをしていた。
すると正面に回り込んできて一言。
「……聞いて」
「断る」
「…………むう」
するとテーブルに置いてある日記を開くと物凄い勢いで何かを書き始めた。
(絶対面倒臭いやつだろこれ……)
『お見舞いに来たからそのお礼が必要だと思う』
目の前で開いた日記からわざと視線を外した。だがぴょんぴょん跳ねてアピールしてくる。あっちでぴょんぴょん、こっちでぴょんぴょん、非常に鬱陶しい。
あまりにしつこいため根負けした楓は夕月の話を聞くことにした。
「で、要求はなんだ?」
「……泊まる」
「ダメだ」
「……楓の……看病」
家族が心配するだろ、と言ってしまうところであった。外泊の許可がそんなに簡単に取れるものなのだろうか。まして美少女の夕月だ。普通であれば心配で外泊などさせないはずだ。
家族との関係。その一端が見えた気がした。
楓は頭をガシガシと掻くと観念したように口を開く。
「今日だけだぞ。それと当然だが布団は別々だ。おまえはベッド。俺は床。これが必須条件だ」
夕月と一緒の布団など考えたくもない。何かの拍子に襲ってしまう気がした。本音では泊まることさえ危ういのだ。だからそこはしっかりと線引きをする。
「…………わかった……かも?」
こいつわかってないなと狼狽する楓であった。
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