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175 理想の姿

真夜中に

更新などを

してみたり


いつも読んでいただきありがとうございます。

 病室の前でじっと待っていたあずみは、火のついていないタバコをくわえたまま足をタンタンと鳴らしていた。


「あの、申し訳ありませんが禁煙で――」

「あ、あぁ! すみません! 癖でつい!」


 少し湿ってしまったタバコを箱に戻そうとしたが、結局はそのまま握り潰してポケットに押し込む。イライラしているつもりはないのだが、身体は思っていたより正直だったようだ。


 ガラスに反射した自分の顔を見ると、眉間にシワが寄った酷い顔で、我ながら疲れているなと感じてしまう程だった。


 ガラ――。


 ゆっくりと病室のドアが開く音が聞こえると、楓達が中から出てくる。皆一様に表情は優れない。


「話は終わったのか?」

「……とりあえずは。ただ、()()()()と話してみないと、まだなんとも」

「そうか」


 ”夕月本人”という言い方から、楓達は夕月の第二人格と話をしたのだろう。皆、思っていたより冷静なようで少し安心した。だが、よく考えてみると元々メンタルが強い人間の集まりだ。楓などはあずみよりも精神的にタフかもしれない。


「話は後だ。とりあえず病院を出るぞ。小日向の家族がもうすぐ来るしな」

「……はい」


 夕月の両親と鉢合わせしてしまうと、かえって面倒が増える気がした。前は夕月が目を覚ましていない時に話をしたが、目を覚ましてから来るのは初めてだ。


 ()()()()()。あずみ達がいると聞こえてくるのは後者だけだろう。変に刺激をしてしまい、夕月の被害が増えるのは避けたいところだ。


(長居は無用だな)


 とりあえず夕月の身体に大きな怪我がないことは確認できた。今日のところはそれでよしとするしかない。


 あずみは響の肩を軽く叩く。


「送っていく。夏目も藍原も今日は帰れ」

「で、でも先生!」

「いいから今日は皆帰れ。駿河もだ。おまえら酷い顔しているぞ」

「……」


 反論しようとした響だったが、結局はそのまま言葉を飲み込んだ。少し間を置いて首を縦に振ると、皆も同様に俯いたまま押し黙ってしまう。


 先導するあずみの後ろをゾロゾロと歩きながら、楓達は病院を後にした。





 ◇ ◇ ◇





「着いたぞ。おまえで最後だったな」

「ありがとうございます」


 楓は助手席のドアに手をかけると、ゆっくりとドアを開けて車から降りた。もう時間も遅くなってしまったせいか、アパート全体が静まり返っている。


 あずみはなぜか車のエンジンを切った。楓と同じように車から降りると、ボンネットに腰掛けながらポケットに手を突っ込む。慣れた様子でタバコを咥えると、左手で覆うようにして火をつけた。


「ふー」

「帰らないんですか?」

「ん? 病院内はずっと禁煙だったんだ。一服ぐらいさせろ」


 楓は共有スペースの階段に腰掛けると、なんとなく視線を上に向ける。気分はこれ以上ないぐらいに最悪なのだが、そんなことはおかまいなしで星空はただただ美しかった。


 星空を見ていると夕月の顔が思い浮かぶ。楓が綺麗だと思った夜空は、思えばいつも夕月と一緒だった気がする。一緒に歩いた夜道も、一緒に見た花火も――。


 暗いはずだった光景には、優しく温かい記憶も同時に刷り込まれていた。


「どうした神代?」

「え?」

「いや、なぜ笑っている?」


 夕月のことを考えていると自然と笑顔になってしまっていた。それを指摘されて少々とまどってしまい、慌てたように急いで表情を戻す。そんな楓の様子が微笑ましく、あずみも半ば釣られたように優しく笑う。


 決して馬鹿にするような笑みではなく、どこか親目線のような視線だった。そんな顔でじっと見つめられると色々とやり辛く、敢えて視線を合わせることはしなかった。


「……」


 何も答えようとしない楓だったが、あずみもそれ以上は何も聞かない。というよりは、聞かなくても楓の表情が全てを物語っている。


「……じゃ、俺は明日も朝早いんで。送ってくれてありがとうございます」

「おいおい、大変なことがあったのに練習して大丈夫なのか?」

「夕月のことは気になりますよ。でも――」


 多分、夕月が今この場にいたのなら「練習しろ」と言うと思った。


(つーか、自分のせいで俺の練習時間なくなったとかなったら、あいつ余計な罪悪感感じるだろうしな)


 楓も今は大事な時期だ。これからは新人王戦もあるし、逆指名されるような話もチラついている。万が一にも負けるようなことはないが、不安要素を夕月のせいなどにする訳にはいかない。


「俺が万が一にも弱体化したらどうなると思いますか?」

「いや、多少弱くなっても充分強いだろおまえは……。しかし、あぁ、たしかに小日向は怒るかもしれないな」

「そうです。だから練習します」

「……なるほどな」


 今の夕月は精神的に参っていて、実際は楓の練習にまで口を出す余裕などないかもしれない。だが、すぐに夕月は回復してくれるはずだ。


 そんな夕月に見せる姿は――。やはりいつも通り、普段通りの強い”神代楓”であるべきだと思う。だからへこたれてなどいられないし、弱音を吐いている暇などない。


「まぁ程々にな。がんばりすぎておまえが潰れたら意味ないぞ?」

「俺がそんな弱いと?」

「いいや、言ってみただけだ。一応教師だからな」


 あずみは楓の肩をバシバシと強めに叩くと、携帯灰皿にタバコを押し込む。そのまま車に向かっていくと運転席のドアを開けて中に入った。窓も開けずに軽く手を上げるとあっさりと帰っていった。


 呆気ないというか素っ気ないというか。あずみなりの「おまえのことは心配してない」といったメッセージなのかもしれない。


(先生はあいつ(夕月)のことだけ心配してくれていればいい)


 今一番辛いのは夕月と、そして光なのだろう。周囲がどれだけ心配していようと、やはり一番精神的にキツイのは当事者に決まっている。楓や友達が支えになれる部分はかなり大きいだろうが、それだけで夕月を救うのには無理がある。


 ある程度は夕月自身の中で解決してもらった方がいいのかもしれない。だからあえて踏み込まずに聞かなかったこともあった。いつか夕月から話してくれるだろうと。


 ――きっとそれが間違っていた。


 夕月は、きっと綱渡りのような日々の中で、なんとか自分が壊れないように頑張ってきた。頼るのが下手で優しい性格なので、内に溜め込んだものは発散せずに蓄積されてしまう。虐げられてきたのだから話すのが苦手なのは当たり前なのかもしれない。


 だから光が産まれた。まるで夕月自身の理想の自分をなぞったかのような性格で――。


「後手、後手でこの結果か。ざまぁねぇな」


 楓は呆れたように笑う。


 だからもう不介入なんて糞食らえだと思った。夕月の家族、婚約者、世間体――。全ては夕月自身の命と比べるべくもない。


 ――助けて。


 確かにそう言われた。だから全てを掻っ攫う、そう心に決める。


「子供は親を選べない、だっけか? 本当にその通りだよクソが」


 ぼそりと出た独り言は、静かに闇夜の中へ溶けて消えた。





 ◇ ◇ ◇





「おはよ」

「おう」


 翌朝。


 教室の入り口の前で声を掛けてきた響は、気怠そうに壁に寄りかかりながら欠伸をしている。隣には陽の姿もあり、響と同様に欠伸をしていた。昨夜は時間も遅かったので無理もない。


「眠そうだな、おまえら」

「眠そう、じゃなくて眠いのよ! ていうか寝れなかったのよ!」

「ははは、俺も」


 どうやら二人ともよく眠れなかったらしく、目の下には薄らとクマが見えた。


「なんであんたはいつも通りなのよ! 納得いかない! 夕月ちゃんの彼氏でしょ!? あんたも寝不足でなきゃおかしいでしょ!」

「んなこと言われてもな。いつも通りだ」

「は? あんたまさか……今朝もロードワーク行ったの!?」

「当たり前だろボケ」

「それが当たり前じゃないのよハゲ!」


 寝不足のせいか響も相当カリカリしているようで、いつにも増して楓への言葉に刺がある。あまりに普段通りの楓の姿が余計に腹立たしいのだろう。陽は必死に響を宥めていた。


「……まぁいいわ。陽、例のアレは?」

「バッチリ! 予想通りすぎて」

「そうか。じゃあ結にも連絡しといてくれ」

「それはいいけど――。あんたいい加減スマホ買いなさいよ」

「断る。面倒臭ぇ」

「今回みたいな緊急事態あったら不便でしょ? 夕月ちゃんにまた何かあった時どうするの?」

「……」


 携帯電話という物が心底嫌いなのだが、最近は持っていないことの不便さを痛感している。かと言って、人から「持て!」と言われるとどうもその気が失せてしまう。その相手が響だから尚更だ。


 だが、確かに正論だと思った。親元から離れて暮らしている高校生なのだから、本来持っていないとおかしいぐらいなのだ。楓の性格上ここまでなんとか回避してきたが、夕月のことも考えるとそうも言っていられないらしい。


「俺も楓がスマホ持ってくれると色々助かるなぁ。夕月さんも結さんも喜んでくれると思うよ」

「響はどうでもいいとして、おまえがそう言うんなら。夕月は……あいつエグい量のメールとかしてきそうじゃないか?」

「私はどうでもいいってどういうことよ!! それに今はメールなんてほぼ使わないわよ。専らSNSよ」

「まぁ、ひと段落したら付き合えよ陽。何買えばいいかもさっぱりだしな」

「俺じゃなくて夕月さんに付き合ってもらいなよ。めっちゃ喜ぶよ?」

「ちょっと!! 聞きなさいよ!!」


 避けていたスマホデビューは、どうにも避けられない状況になってしまった。


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