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173 月と光

いつも読んでいただきありがとうございます。

感想やレビューなどもいただきまして感謝しかございません。

 

 陶器のようなシミ一つない白い肌、鮮やかな黒髪がより際立って美しく映える。パッチリとした瞳に長い睫毛、すっと通った鼻筋に程良い厚みの唇。


 よく見慣れた夕月の表情だが、話し方一つでさえここまで印象が変わるものか。楓は暫く呆気にとられたようにその場で固まってしまった。目の前のゆづきはニコニコと楽しそうに楓を眺めている。


(…………)


 夕月はこんなに()()()会話はできないはずで、本人がそれを苦にしていたことは楓自身が一番良く分かっているところだ。だとすれば目の前にいるのはーー。


「……二重人格ってやつか?」

「はーいせいかーい! えーとねぇ、これは初めましてでいいのかなぁ? でもねでもね! 私からすると初めてじゃなかったり?」

「神代楓だ」

「おぉー! 知ってるぞぉ! 知ってるぞぉ!」


 少しだけ首を傾げながら饒舌にそう話すゆづきは、楓からすると違和感しかない。とはいえ、不快感などは全く感じられなかった。まだ混乱はしているがこれは一つの事実だ。何より夕月が奥底に隠していた秘密に触れたということに、少しだけ安心感のようなものまで感じてしまう。


 きっと打ち明けられなかったのだ。知られたら楓に気を遣わせてしまうと思ってーー。いや、それどころか嫌われてしまうとまで考えていたのかもしれない。ネガティブな思考は確かに夕月らしい。


(……そうか。そういうことだったのか)


 楓は病室の隅に置かれていた椅子をベッドの横まで引っ張ってくると、わざとらしくドスッと腰を下ろした。


「で、あいつが隠していた一番大きな秘密がこれか」

「お、怒らないであげてね? 泣いちゃうからね? 優しくナデナデしてくれると凄く喜びます。もう一人の私も、私自身も」

「別に怒ってねえよ」

「やっぱり怒ってるじゃん!! そのお顔は!!」

「もともとこういう顔なんだよ」

「知ってるぜぃ!!」

「……めんどくせぇ」


 コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。右手の親指を立てたままドヤァとしている姿を見ると、やはり夕月だなとは思うが。


 昨日の星座占いの話だの、ラッキーアイテムの話だの、果てはどうでもいい世界情勢の話まで。よくまぁそこまで話すことがあるものだと思ってしまう。


「って感じでさぁーー」

「待て待て。そんな話をしている場合じゃねぇんだ」


 会話を遮るような楓の言葉に、ゆづきはピタリと口を止めて少し下の方に視線を移す。白い掛け布団を握った小さな手は微かに震えていた。


「……ごめんね。()()止められなかった」


 夕月が身投げをしようとしたことを言っているのだろう、悲痛な表情は見ていて痛々しい。


『また止められなかった』


 その言葉だけで、目の前のゆづきがもう一人の自分を大切にしているのが伝わってくる。でなければこんな表情を見せるはずがないのだ。


 夕月一人では抱えられない痛みを分かち合うために、苦し紛れの回避行動が生み出したもう一人の人格ーー。そんなことはいくら鈍感な楓だってすぐに理解できる。


 そんな夕月の感情が背後に透けて見えるようで、どう話していいか居た堪れない気持ちになった。だがそれでも、もう一人のゆづきがこうして頭を下げるのは違う。それは絶対に違うはずだ。


「なんで謝るんだよ。むしろ俺はお前に感謝してるぐらいだ」

「……でも、もう少しで取り返しのつかないことにーー」

「それはお前のせいじゃねぇだろうが。ったく! 自分のことより誰かのことーー。まぁそれはお前自身のことになるかもしれねぇけどよ。そんなところは二人とも同じなんだな」

「それでもごめん! このとーりですわぁ!!」

「やめろそれ。俺が悪いみたいになるだろうが」

「ふはは! ならば謝れぃ!」

「なんでだよ」


「ごめんごめん」と肩をバシバシ叩いてくるのもある意味新鮮な感じだ。スルリと距離を詰めてくるのはどちらも同じではあるが。


「はぁ……ってことは今までもちょくちょくお前と夕月入れ替わってたのか?」

「んー、楓と一緒にいるときはあっちの夕月ちゃんだよ? まぁ……たまには私だったこともあったりなかったり?」

「…………もしかして、妙に夕月らしくない積極性を見せた時はお前だったのか?」

「てへっ! あー、でもちゅーとかはしてないから安心してね!」

「てへっ! じゃねえよバカ……」

「いやぁ、そんなに褒めてくれなくてもぉ」

「褒めてもいねぇよ……」


 考えてみると思い当たる節が数々あった。突然人が変わったように積極的に迫ってきたり、声色が異常に明るめに変化したりーー。それでもキスはしていないと言うのだから、もう夕月本人に聞かないと真相は分からないだろう。


 こんなに明るい性格なのも、ある種の反動みたいなものなのだろうか。あるいは夕月自身の憧れからくるものなのか。


 きっと損な役割を担ってきたはずなのだ。それでもこうして笑っている。


 楓は座ったまま頭を下げた。


「ありがとう。お前も夕月を守ってくれていたんだろ?」

「にゃはは。まぁワタクシは鋼のメンタルだからねぇ。お父様とか皆に何を言われようとどこ吹く風な訳ですよぉ。左耳から入って右耳から出ていくー的な? あ、昔こんな芸人いたよね?」


 そんなはずはない。辛くない訳ないし、傷付いたに決まっている。それでもこの少女はなんでもない顔をして笑っていたのだろう。


 夕月は一人ではなかった。決して良いこととは言えないが、一番近くに理解者がいた。だからこそ楓と出会うまで耐えてこられたのだろう。そう考えると色々と辻褄が合っていく。


 勿論夕月の命を繋ぎ止めたのは楓の力が大きい。仮に夕月が楓に出会っていなかったのなら、今こうして話をしていることすらなかっただろう。


 だが、それまでずっと支えてきたのがもう一人のゆづきであり、あるいはあのメイドだった。


 だからやはり”ありがとう“だと思う。


「解離性同一性障害ってやつか」

「うむうむ。それよそれ!」

「なんで楽しそうなんだよ」

「えー、だって私はその障害で産まれたんでしょ? なら悲しむのは違うでしょー的な?」

「……ははっ! バカだなおまえ!」

「そりゃー夕月ちゃんは天才で私は凡人だしねぇ。これからに期待して! 伸び代ですねぇ!」


「バカだこいつ」と心の中で繰り返したが、無論本心からではない。色々と問題は山積みだが、この少女の笑顔を見ているとどうにかなる気がする。そんな気にさせる不思議な雰囲気があった。


 とはいえ、本題はこれからだ。


「で、俺の彼女の方の夕月とは話せるか?」

「グサッ!! 私も楓が好きなんですけどぉ!?」

「おぅ。俺もおまえ好きだぞ」

「違うよお兄さん! それなんか違うよ! ……と、冗談はこのぐらいにして」


 ゆづきはコホンとわざとらしく咳払いをすると、真剣な表情を見せた。


「どうもね……奥底で眠ったまま、って感じなのかな? 表現が難しいんだけど、出てきてくれないのよねぇ」

「……そうか」

「夕月ちゃんが強いショックを受けた時ってこんな感じになるのよねぇ。時間が解決する……って言ったら無責任かもしれないけど、それしかない気はするかなぁ」

「……そうか」

「あ。でもそんなに時間はかからないと思うよ? 大丈夫大丈夫! 楓と会ってから夕月ちゃんもだいぶ精神的に強くなってるから!」


 根拠などなにもないが、それでも少女はキッパリと言い切った。実際のところ、くやしいがこれに関しては楓にできることはないのだろう。


 だが、他にやるべきことははっきりしている。その時に元の夕月が笑顔でいられるように……。だから落ち込んでいる暇などない。


「で、今後もおまえとは付き合っていくと思うが、なんて呼んだらいいんだ? まさか()()()はないだろ?」

「あー、それならねぇ。夕月ちゃんとメイドさんは私の人格をひかりって呼ぶよ? いい名前でしょ? 小日向光。気に入ってるのですよ?」

「そうか。光、だな。分かった。俺もそう呼ぶ」

「月と光が合わされば最強よ! あ、陽くんもいれば敵なしな明るさに仕上がるねぇ!」

「いや、それはどうだろうな」


「このツンツンツンデレさんめぇ!」と光はしばらく楓を指で突つきながら笑っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここで「乖離性人格」をぶっ込んで来ますか。 でもこれでDV確定ですね。
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