161 為せば成る
いつも読んでいただきありがとうございます。
投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。
なかなか執筆の時間を確保する事ができませんてした。ようやくペースを戻せそうです。
会場に入って初めて感じたのは、その異様な熱気だった。アイドルのライブなどではなく、殺伐とした雰囲気が充満している。
人同士が殴り合う場面を、しかもお金を払ってわざわざ観戦しにくる――。
字面だけ見ると酷いものだ。だが互いに本気であるから――。だからこそ必死で一心不乱な姿に、観客は心を打たれ、時に涙する。
デビュー戦とは特別な舞台だ。
伝説とまで呼ばれるチャンピオンから、夢半ばで散った者まで。等しく皆が通った道。
緊張しただろうか? それとも出走前の競走馬のように猛々しく、半ば無理矢理己を奮い立たせたのだろうか?
リングへ続く道は楓には輝いて見えた。なぜかは分からないが光ったように見えた。
一歩一歩噛み締めるようにゆっくりとリングへ向かう。この道が帰りは花道に変わっているのを、楓は信じて疑わない。
音が消えた――。
心臓から流れる血が、手に向かい、足に向かい、身体中を循環しているのがよく分かる。それなのに頭だけは、血が足りないと錯覚してしまう程冷え切っている。
(ははは。なんだろうなこれ)
リングサイドに立つと、ロープの間に身体を入れて会長がスペースを作ってくれている。「ここから入れ」ということらしい。楓は吸い込まれるようにリングの中へと足を踏み入れた。
「…………くん」
「…………ろ……くん!」
パンパン! と背中を叩かれて鬱陶しかったので後ろを振り返ると、結が頬を膨らませて仁王立ちでこちらを睨んでいた。
「ん? どうした?」
「どうしたじゃないですよ! 何を話し掛けても無視ですか!」
「聞こえなかったんだから仕方ねえだろ。もっとデカい声出せよ」
「緊張……な訳ありませんね。まったくもう。どれだけ図太いんですか。呆れを通り越して感心します」
「ははは、さすが楓だな!」
ふと見上げたスポットライトがあまり眩しくて、いっそ目を閉じてしまおうかと思ってしまう。
(よう。来たぜおっさん。プロのリングは……とりあえず眩しいな。あんたと同じぐらいうざいぞ)
軽くその場でステップを踏むと、キュッ! と足元で音が鳴った。Tシャツを脱ぐと、ここでようやく相手サイドに目をやった。どうやら奴さんはずっとこちらを睨んでいたらしい。睨み返してやろうと思ったのだが――。
(ははは!)
身体は真逆の反応を示す。軽く微笑んでさえいる楓の様子に、対戦相手は激昂してるのが見て取れた。
そんな楓の態度に結は大きな溜息をついた。「もう好きにしてください」と頭を左右に振っている。
「挑発してどうするんですか」
「いや、だってあの目見ろよ。相手もボクサーで、しかも俺を全力で殺しに来るんだぞ? 嬉しくなるだろうが」
「生粋のバトルジャンキーで何よりです」
軽く観客席を見渡すと、空席を探すのが難しいぐらいだった。夕月達はどこにいるかととりあえず探していたが、それもすぐに判明する。よく知った声が耳に入ってきたからだ。
「楓ー!!!!」
必死に手を振る陽の姿を発見すると、とりあえず見なかった事にして顔を背ける。
「あ!! おい!! 楓ーー!!!!」
(恥ずかしいんだよおまえは!!)
「仕方ねえな」ともう一度そちらを向くと、軽く手を上げた。その姿にクラスメイト達のボルテージも最高潮になる。
(で、なぜあいつは睨んでいる?)
並んで座っている夕月は、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。さらに隣の慧はヒラヒラと手を振っており、ニコニコ楽しそうなのがどうにも癪に触る。
楓と目が合ったのを確認した夕月は、おもむろに何か紙を広げ始めた。その紙は観客席を横につたいながら伸びて開いていく。
『為せば成る! 神代 楓』
不機嫌な顔から一転して、ドヤ顔でこちらを見る夕月に楓は頭を抱えた。
(陽だけでなくおまえもか!! 今日はただのデビュー戦だぞ!? 恥ずかしいんだよクソが!!)
ブンブンと手を振る夕月の姿を見なかった事にして、再び対戦相手に視線を戻す。その表情から察するに、どうやら更に怒らせてしまったようだ。
「さらに相手怒ってますよ?」
「知るかよ。俺のせいじゃねえ」
「それはそうと作戦は覚えてますよね?」
「ああ、分かってるよ。このドS」
「そんなに褒めてくれても何も出ませんよ?」
「褒めてねえよ」
軽く結をあしらうとリング中央へと歩いていく。対戦相手はズカズカと凄い勢いで目の前に来た。今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
至近距離で見つめ合っていると、隣からレフェリーの声が聞こえてきた。
「ローブロー、バッティングに注意するように。反則無しのクリーンなファイトを心掛けて」
両者軽く首を縦に振る。軽く両手を前に突き出して、相手のグローブと合わせたのだが、結構な勢いでグローブを弾かれてしまった。
(おー、いい感じに怒ってんな)
何もなかったように身を翻した楓は、再びコーナーへと戻る。
「さあ! 始まりますよ神代くん!」
「行け楓! 冷静にな!」
軽く頷いてからマウスピースを口に含むと、後はゴングが鳴るのをじっと待つ。
カーン!!
開始のゴングが鳴った。
(さて、相手は全勝で全てがKO勝ちか。映像見た感じだと確かにパワーはある)
ゴングと同時に迫ってくる対戦相手。力で屈服させようという意思がガンガン伝わってくる。
相手の体格は楓とほぼ同じだろう。相手のほうが若干肉付きがいいかな、ぐらいの差だ。
ジャブもなくいきなり伸ばしてきた右ストレートを、楓は冷静に躱した。ブロックすると調子付かせてしまうかもしれないので、強打者こそオープニングは空振りさせてしまうのが吉だろう。
そもそも遅すぎるのだ。研ぎ澄まされた楓には大振りのパンチなど、止まってさえ見える。
(忙しねえ奴だな。ったく、キャリアは俺より上なんだろ? 少し落ち着けよ)
楓は軽く左を振ると、ブロック越しに相手に当てていく。右ストレートも要所で放りこむが、全てブロックされてクリーンヒットがない。
その代わり相手のパンチは触らせもしなかった。ブロックするのではなく、その全てを皮一枚で躱していく。アウトボクサーばりのスウェーは見事の一言で、目の肥えた観客達もその姿に息を飲む。
相手にとってはブロックされたほうがよっぽどマシで、空振りを繰り返すのは体力的にも精神的にも辛いものがあったりする。
開始直後の勢いはどこへやら。相手の表情は「信じられない。本当にこいつ新人か?」と言っている気がした。多少疲れたのか息が上がっているようだ。
そんなこんなで何事もなく1R終了のゴングが鳴った。
楓は軽く肩を回しながらコーナーへと帰る。
「いい感じですね。次Rから行けますか?」
「ああ、問題ねえ。仕留めるのは3Rぐらいになるかもな」
「打つパンチは……分かってますよね?」
「しつけえな! 分かってるって!」
結は満足そうに微笑んでいた。
――――――――
「なんかあいつらしくないわね。地味」
「……確かに……楓……悪巧み?」
「うーん、なんか手を抜いてる? ワンツーもなんか軽く見えた気がする」
てっきり1Rから速攻でのKO劇を予想していた夕月達は、予想外の展開に少々困惑していた。クラスメイト達も同様なようで「神代くん調子悪いの?」、「大丈夫なのか?」などと心配している。
だが近くに座る慧だけは「ふふ」と小さく笑っていた。そんな慧の様子に、たまらず響は声を掛けてしまう。
「あなたは楓が何しようとしているのか分かるの?」
「んー、まあ大体は。それにしても楓くんは肝が座ってるなあ」
「……楓…………調子……悪い?」
「それはないね。むしろ絶好調だよあれは」
「ならどうして!」と食ってかかる陽の姿に、慧は苦笑いを返す。
「楓くんは期待の新人って事で注目されてるからね。見てみなよ。記者の人達が多いんだ」
「それがなんだって言うのよ」
「絶好のアピールの場なんだよ今日は。メインでタイトルマッチがあるから観客の数も多いしね。……姉さんならやりそうだ」
「「「??」」」
夕月達の頭は相変わらず「?」のままだった。
――――――――
インターバルを挟んで2Rのゴングが鳴る。
相手は相変わらず力押しで攻め立ててくるが、1Rと同様に楓はうまくパンチを捌いていく。
(左、左、右。で、ここで俺が左を出したら……だよな? 左が飛んでくるってパターンだろ?)
相手のリズムと得意なパンチ。加えてカウンターのタイミングなども充分に考察できた。
後は倒すだけだ。
相手の大振りの左フックにタイミングを合わせて、右を振り抜いた。
「がはっ!!」
肝臓打ちが深々と相手のボディを抉ると、両腕が力無くダラリと下がった。普通であればノーガードの顔面に追い討ちをかけるところだが、続けて楓は左ボディブローを放つ。
(おら!! これでどうだ!?)
相手は逃げるように楓から距離を取るが、その途中で片足をついて蹲ってしまった。
「コーナーに戻って!」
レフェリーに従って悠々とコーナーに戻る姿は、最早新人のそれではない。観客席も静まり返ってしまった。
結とのやり取りこうだった。
『相手の顔にパンチを当てないで下さい。上に打つ時は……そうですね。三割程度の力で、それもフェイントや牽制に使うだけです』
『は? そんなんでどうやって倒すんだよ』
『ボディブローだけで倒して下さい』
『いや無理だろ。相手も同階級でしかも全勝のインファイターだぞ? 打たれ強さもある相手だろ? それにボディだけ本気で打ってたら普通に警戒されるだろ』
『やれないじゃなくてやるんです。ボクサーはプライドが高いですからね。それで上位ランカーを挑発できるなら安い物です』
(ま、起き上がるだろうな。さてボディ警戒されるぞ。どうするかな)
顔へのパンチを当てたらすぐに終わるのだが、チラッと結を見ると怖い笑みを浮かべていた。言葉は交わさずとも「分かってますよね?」と伝わってくる。
(分かってるよ! ボディだけだろ!? 畜生!!)
「あのドSめ」と心の中で呟く。決して相手を舐めている訳ではないが、それでも負ける気はしなかった。
ゆっくりと起き上がる相手の姿に、なぜか楓は安堵した。
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